ひい、と別水彦は叫んだ。頭を振って立ち上がりかける。

 しかし腰が浮いたところでまた座り込んでしまった。

 三度立とうとして、三度とも座り込んだ。驚愕と恐怖と痛みが、まだ抜けていないのだ。

 座り込んだまま、足で砂利を蹴って遠ざかった。

 遠ざかった分、小太郎が迫る。距離は変わらない。さらには弥二郎と喜三郎も、小太郎の背後に寄ってきた。

 三人の少年を見あげつつ、別水彦は叫んだ。

「儂を殺すつもりか」

「だとしたら、どうするんだい」

 三人の真ん中にいる小太郎が、訊き返した。

「もし儂が殺されたら平邑を攻めろと、邑人に命じてから儂はここへ来た。それでも儂を殺せるかな」

 小太郎は口を開いたが、何も言わずにその口を閉じた。両脇の二人も、それぞれ表情を険しくする。しかし言葉は発さなかった。

 黙り込むということは、殺せないのだろう。

 心に余裕が生まれ、やっと立ち上がることができた。

 同時に――。

 雛若も立ちあがっていた。

 ずっときざはしに座っていた雛若は、横並びになっている弥二郎、喜三郎、小太郎の背後一尺ほどまで近づいて足を止めた。

 三人の少年の頭越しに言う。

「殺す気はないよ。腐れ縁とはいえ、幼馴染おさななじみを殺してしまうほど私は無慈悲じゃないからね」

 ただし――と声にすごみをかせる。

「もし攻めてきたとしたら私たちも手加減はしない。攻めるなら別兄たちも大打撃を受ける。その覚悟をしてから、攻めるなら攻めるんだね」

 む、と別水彦はうなった。反論ができない。その分、にらみを利かせる。

 雛若の視線とかち合った。

 緊張の糸が張り詰める。

 その糸を切ったのは、雛若だった。

「さ、もうお仕舞しまい、お仕舞い」

 軽く二度、手を打ち鳴らす。

「水の放流は、やめることはできないけど待つことはできる。期限は川がこおっちまわないうちだ。だからその間に、もう少しそっちの邑で話し合うことだね。いつ、どの川へ、どのくらいの量だったら流していいかをね。期限を越えそうなら、勝手に放流するからね。解ったら帰った帰った」

 両手の裏を上にして、前後に振る。

「ええい、覚えておれ」

 別水彦は雛若と三人の少年に背を向け、境内から駆け去った。


 境内に残った雛若は、少年三人と互いに顔を見合わせた。視線を交わした。

「勝ったかな」

 小太郎が言った。

「逃げたふりをして、まだそこらにひそんでるんじゃないか?」

 喜三郎が疑念を抱く。

「見てこよう」

 弥二郎が駆け出した。別水彦が立ち去った方へ、足音を忍ばせて移動する。

 しばらくして、弥二郎が戻ってきた。

「奴はもういないぞ」

 弥二郎の報告を聞いた小太郎が、雄叫びをあげた。

「勝ったあああ」

 両手を頭上に掲げる。弥二郎も興奮気味に叫びながら手をあげ、頭上で小太郎と手を打ち合わせる。

 二人は両手を繋いでその場でくるくると回りはじめた。

 ひとり静かにたたずんでいた喜三郎が言った。

「さすがは弥二郎だ。おまえの釘投げはなかなかだったぞ」

 弥二郎は小太郎から手を離して喜三郎に近づき、

「何を言う喜三郎。おまえの鎌さばきもいい切れ味だったぞ」

「そうでもねえよ」

 喜三郎は顔の前で手を横に振って謙遜けんそんした。

 騒ぐ二人と静かな一人。

 その三人の様子を、雛若は少し離れたところから眺めている。戦っているときの真剣な面持ちは、今の三人にはなかった。小太郎と弥二郎は他の子供たちと同じようにはしゃぎ、喜三郎は冷静に微笑ほほえんでいる。落ち着きがあるように見えるが、そうではない。喜三郎は照れ屋なのだ。感情を出すことを恥ずかしがっている。それを雛若は理解している。

 三人とも、はやり子どもなのだなとあらためて雛若は思った。

「しかしいちばん功績をあげたのは、俺でも喜三郎でもない」

 弥二郎は一歩引いた。すうっと腕を水平にあげ、その指先をもっとも小柄な少年に人差し指を向ける。

「いちばん活躍したのは――」

 勿体もったいぶった間を持たせる。そして言った。


「小太郎だ」


 小太郎は、足を開いて両手を腰に当てる。

「おうよ。なにしろおいらは、この邑いちばんの力持ちだからな」

 小さな拳で薄い胸を叩く。

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