4
影はまたも少年だった。痩せていて背も低い。丸顔で、頬が赤い。
少年は武器を持っていなかった。しかも構えていない。武芸を知らないのだろうと別水彦は見抜いた。少年の姿勢からは、別水彦の知るどんな技も繰り出すことができないからだ。
別水彦はそこに漬け込んだ。
武器を持たず、武芸の心得もない少年を別水彦は人質にとった。
素早く少年の背後に回り込み、左腕を首に巻き付け、右手に持った鉈をその細い首に突きつける。
「動くな。動いたらこいつの首が胴から離れるぞ」
動こうとする者はいなかった。雛若は
別水彦はじりじりと
「おっさん」
人質に取っている少年が口を開いた。
「なんだ」
想像に反して強気な
「この腕、邪魔だな」
少年の首に巻き付けている別水彦の左腕を、少年が片手で掴んだ。
「ええい、余計な動きをするでないわ」
別水彦は左腕に力を込めた。首を締め上げるつもりだった。
できなかった。
鍛え上げてきた腕が、少年の小さな手で引き
「なに」
何かの間違いだ、と別水彦は思った。
腕にいっそう力を込める。
ならばと振り払おうと思ったが、それもできなかった。
今や立場は逆転していた。別水彦が少年を捕まえているのではなく、別水彦が少年に捕まえられている。
別水彦は慌てふためき、今度は鉈を見せて
「う、動くな」
しかし脅しも通用しなかった。
「その鉈も邪魔だな」
少年は、もう片方の手で鉈の刃を
鉈が動かなくなった。
振ろうが引こうが、鉈は少年の指に挟まれたまま微動だにしない。
腕に、全身の力を込める。
それでも少年の指を振り払うことはできかった。
別水彦はなおも踏ん張った。
体が熱くなり、息が切れた。
その汗で、手が
抜けた鉈は、少年の指の間に残っていた。
少年は、鉈を遠くに放り投げた。
「鉈は木を切るためのもんだ。それを人に向けるなんて
少年が別水彦の左腕に両手をかける。
「そういう奴は、こうしてやらァ」
少年が上半身を前傾させた。
別水彦は体から重みが消えるのを感じた。
途端に景色が回転した。正面に地面が見え、次に、鳥居が見えた。鳥居は上下が逆転していた。
投げられた――瞬時に別水彦はそれを理解した。
頭の芯が
眩みつつも、別水彦は瞬時に次の展開を読んだ。投げられたのなら、背中から地面に叩きつけられる。受け身を取るべきだったが、間に合いそうになかった。
なす
背中に激痛が走った。
しばらく耐えた。
全身が
わずかに痛みが引いた。
目を開けた。
真正面に、晴れ渡った秋空が見えた。青天は、境内を囲む木々の枝によって細かく切り分けられていた。
少年の、力のみによる応戦だった。そこに技はない。少年に武芸の心得がないという別水彦の読みは、その意味では当たっていた。
「おいらがちびだからって甘く見たんだろ。でも、それが失敗だったな」
少年は
「真逆だぜ。おいらはこの
少年はその場で
「
大声でそう名乗りをあげた。両手を腰に当てる。
その後ろに弥二郎と喜三郎が集まった。釘と鎌をそれぞれ構える。それから三人で声を
「俺たち、仲良し泉三兄弟」
「まだやるかい、おっさん」
ざくり。
仰向けに倒れている別水彦の頭の横の砂利を、小太郎が踏んだ。腰を折り曲げて別水彦の顔を見下ろしてくる。
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