しかし雛若はまだ答えない。階の一番上に座り、目を閉じて黙る。目を瞑っていても、返答を待つ別水彦が顔を赤くしているだろうことが、雛若には容易に想像できた。

 木枯らしが吹いた。

「仕方がない。答えよう」

 雛若は目を開けた。そして断言した。


「放流はする」


 ほう、と別水彦は顔をやや上向かせた。

「本当にその答えでいいのだな?」

「良くも悪くも、こっちにはそれしか手がないんだよ」

「思ったとおりだ。そう答えるだろうと、長老も言っていた」

「やっぱり自分で考えてないんじゃないか」

 うるああああい、と別水彦は喚く。

「そう答えたときのために、こっちも用意をしてきたのだ」

 別水彦は懐に手を差し入れた。

 手を出す。

 なたが握られていた。


「覚悟せい」

 別水彦は取り出した鉈を振りかざした。と同時に――。

 影が降ってきた。本殿の屋根からだ。

 影は人だった。少年だ。別水彦の正面に落ちて、うずくまる。

 すぐに立ちあがった。

 少年は両手の指の間に三本ずつ、くぎはさんでいた。

 別水彦は危険を察知した。今まさに駆け出そうとしていたその足を止める。すぐさま横にんだ。着地した。

 もともと立っていた場所に目をやった。

 釘が突き立っていた。

 少年の手に視線を移す。右手にあった三本の釘の一本が、なくなっていた。

何奴なにやつ

 別水彦の問いに、少年は答えた。


泉弥二郎いずみやじろう


 背が高く、痩せた少年だった。瓜実顔うりざねがおで、目尻がやや釣り上がっている。年齢は十を少し越えたくらいか。まだ幼い。幼いながらに、投擲とうてきの技は素早く正確だった。

 その技の練度れんどに、別水彦は驚愕きょうがくした。息を吐くほどのわずかな時間だったが、別水彦は放心ほうしんした。

 その僅かなすきを狙ったかのように――。

 また影が降ってきた。境内を囲む巨木の枝が揺れる音がした。そこにあらかじめ潜んでいたのだろうと別水彦は察した。

 影は別水彦の左、およそ一尺の至近距離に着地した。


泉喜三郎いずみきさぶろう


 影はそう名乗った。背は低いが体に厚みがある。腕もやや太めだ。目はわっている。

 喜三郎もまた、十歳ほどの幼い少年だった。手に鎌を持っている。

 斬りつけてきた。

 別水彦は体を無理やり右に曲げることで、すんでのところでそれをかわした。

 しかし、躱す動作が大きすぎた。体勢が大きく崩れる。その隙を襲わせないために、別水彦は距離を取りつつ体勢を持ち直した。

 鉈を構える。

 が、構えた先から、三つ目の影が降ってきた。今度もやはり枝からだった。

 別水彦の右脇に着地する。

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