第8話 売られてゆくよ
「ハヅキ。お前は今からバーリック様から市井の奴隷商人に下げ渡される」
椅子からの拘束は解かれ、風呂場に連れて行かれた。アクセサリーや薄絹は外された。そして、隷属の首輪も。
「売り物だから、傷も治さないとね。精々高く買ってもらえたらいいけど」
メーオが歌う様に小さく呟くと指の脈打つような痛みは感じなくなり、傷の跡形も無くなった。一瞬だった。
「治癒魔法。すごーい」
切り傷が、跡形も無くなっていた。両手を目の前にかざしながら、素直に魔法のすごさに感嘆した。するとそこにいたメーオや監視役の兵士が可哀想な人を見る目で見てくる。売られて行くのに、はしゃいでしまった事を反省する。普通の人みたいにしなければ、異世界に来てもやっぱり葉月は異物のままだ。せっかく人生をリセットして「普通の人」になるために異世界転移したのだから。
衝立の前で監視されながら、渡された服に着替える。毛玉だらけのスウェットは処分されたらしい。桶の水で手や首の血液を洗う。置いてあった手ぬぐいを使い、厚化粧も落とす。やっと皮膚呼吸できる様に感じて詰めていた息を吐き出した。
のろのろと着ていた服を脱ぎ、脱衣籠に入れた。下着は元の世界のものをそのままつけている。太っているのにAカップといった奇跡の体形のため、胸元に隠していた手鏡は見つかっていない。そのままそっと胸元に戻した。息長足姫からの連絡もまだ無い。
古着の生成りの麻の貫頭衣が葉月には短かったので、綿の黒のペチコートを渡されて重ねて着た。膝を出すのは、奴隷でもNGのようだ。編み上げの革のサンダルを履くと、なんかオシャレなナチュラル系
土佐犬とバッファローに挟まれ街の奴隷商まで歩いて移動する。どうせ売られて行くなら荷馬車が良かった。もう兵士様とかは呼ばない事にしようと葉月は頭の中で毒づいた。
ナチュラルなサンダルでは舗装されていない道は砂や小石が入り込み歩きにくい。度々「早く歩け」とバッファローに小突かれる。お屋敷から出るまで十分、出てから二十分程歩く。ごく緩やかな下り坂が続いている。
中央街は街道に沿って店が沢山並んでいる。華麗な彫刻の入った大きな柱や、透かしの入った木戸は高級店であることを示している。
路地は意外に広く二十五メートルはありそうだ。行き交う馬車は二頭立てで、人力車に御者台を付け大きなパラソルが付いている様な物だった。その他の荷物を運ぶのはロバや牛車や手押しの一輪車が使用されているようだ。
広場では市の後片付けがされていた。片付けている商人達だけでも、なかなかな人数だ。すれ違う時にさりげなく観察されている。人族が兵士に連れられているのだ。犯罪者と思われているかも知れない。行き交う人々の視線が痛い。
高級商店街、住宅街を通り抜けると田園風景が広がる。道や水路は領主さまのお屋敷から放射線状に広がっている。葉月は詳しくはないが治水もされているようで、ため池や人工の用水路が見られた。農業婦人会で見学に行った治水資料館で観た治水・利水の映像によく似ていた。
靴擦れの痛みが強くなり、徐々に歩みが遅くなる。バッファローが舌打ちをしている。急に目線が高くなった。土佐犬が、葉月を子どもの様に担いだのだ。
「すみません。私重いので降ろしてください。歩きます。ゆっくりなら歩けます。逃げたりしないから降ろしてください」
「担いだほうが早い。あと少しで奴隷商の所に着く。担がれていれば良い」
「……ありがとうございます」
思いの外、土佐犬は親切だった。奴隷商に向かうというのに葉月はなんだかほっこりしながら土佐犬の厚い肩に身を預けた。
葉月のペースで歩かなくて良くなったからか、その後五分程で遠くに見えていた城門前に着いた。城門の周りにはまた商店街があった。お城の近くの中央街は貴族やお屋敷勤めの人達向けの高級店なのだろう。今ここを道行く獣人達の会話や恰好から、こちらは冒険者向けの宿屋や武具屋、酒場に食事処等があるようだ。ごちゃごちゃした感じだが活気があり、葉月には下町の商店街が親しみが持てた。
奴隷商は繁華街の奥まった路地の角地に建っていた。テレビの映画で見た
格子窓の下にはバストアップの姿絵に「剣術が得意」だとか「旧王立学園卒」などのアピールポイントが書いてある。姿絵は成人だが「強気でプライドが高い。主にはデレデレの甘えん坊」「やんちゃで活発。たくさん遊んであげて」「穏やかでおっとり。甘えん坊でお話大好き」など不安になるPR文もあった。愛玩動物の扱いなのだろうか。
奴隷商は狐獣人だった。土佐犬とバッファローは書類一式を渡し「よろしく」とあっさり葉月を渡していった。
別れ際、土佐犬は葉月に言った。
「貴女は去年亡くなった俺の母上にそっくりだ。だから放っておけなかった。貴女は人族だが、私は人族が全員ひどい奴だとは思ってはいない。ほとんどの獣人がそう思っている。しかし、この地に住んでいて兵士であればバーリック様の命令は絶対なのだ。許してくれ。
奴隷は財産だ。そして、奴隷を養えるのは豪族か裕福な商家だ。飢えることは無い。勤勉に働けば自由民になれることもある。よっぽどのことがなければひどい扱いはされない。その年では閨の相手の心配も無いだろう。もし危害を加えられそうになったら、法で守られているので神殿や自警団に助けを求めるのだ。困った時は私を頼ってバーリック様の御屋敷の兵士詰所に来れば良い。貴女が良い主に出会える事を祈っている」
土佐犬は紳士だった。
「兵士様!お名前は?」
「あぁ。ポームメーレニアンだ」
「は?」
「人族には発音が難しいか?ポメラニアンだ。ポメで良い」
「……はい。ポメさま……」
土佐犬はまさかのポメラニアンだった。
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