第5話 青き輝ける絶望

ドナウは無限に続く暗闇の中を歩き続けていた。時間の感覚は既に失われ、どれだけの間、闇の中を彷徨っているのかもわからない。足音すらも闇に吸い込まれ、彼の存在すらも虚ろなものとなりつつあった。


「僕は……ここで終わるのか……?」


彼の心に残っているのは、ほんのわずかな希望の欠片だけだった。それは冷たく鋭く、彼の心を痛めつけるものであったが、それでも彼はその欠片にすがりつくしかなかった。


「希望を……希望を取り戻さなければ……」


ドナウは自分に言い聞かせるように呟いたが、その言葉は虚しく闇に消えた。足元には何も見えず、彼はただ無意識に前へと歩みを進めるしかなかった。


その時、彼の耳にかすかな音が届いた。それは、まるで遠くから聞こえてくる音楽のようだった。ドナウはその音に驚き、立ち止まった。


「この音は……?」


耳を澄ませば、確かにその音楽は少しずつ大きくなり、彼の心に何かを呼び覚ますかのようだった。その音楽は、美しくも哀しい旋律を奏でていた。


「これは……『美しく青きドナウ』の旋律?」


ドナウはその音楽に導かれるように再び歩き出した。音楽は彼の周りを包み込み、闇の中に一筋の光を生み出したかのようだった。


その光は微かではあったが、確かに彼の足元を照らし始めた。ドナウはその光に向かって歩み続けた。光が強くなるにつれ、周囲の闇も少しずつ薄れていった。


「光が……戻ってきた……」


ドナウは自分の胸の中に再び希望が灯るのを感じた。しかし、その希望はあまりにも儚く、今にも消え去りそうだった。それでも、彼はその光を追い求めた。


やがて、彼の目の前に一筋の道が現れた。その道は光に照らされ、青い花々が再び咲き誇っていた。ドナウは驚きと喜びを感じながら、その道を進んでいった。


道の先には、青い川が流れていた。その川の水は澄み渡り、青い空を映していた。ドナウは川のほとりに立ち、しばらくその美しさに見とれていた。


「この川は……」


彼はその川が『美しく青きドナウ』の旋律と共鳴していることに気づいた。川の流れが音楽となり、彼の心に希望を取り戻させるかのようだった。


「ここが……僕の目的地なのか?」


ドナウは川に足を踏み入れ、その水の冷たさを感じた。だが、その冷たさは彼を苦しめるものではなく、むしろ彼の疲れを癒やしてくれるものであった。


彼は川を渡り始めた。水は腰のあたりまで上がり、彼の体を包み込んでいった。だが、不思議と恐怖は感じなかった。むしろ、その水の中で彼は安らぎを感じていた。


「スワン……僕は……」


ドナウは川の向こう岸を目指し、歩みを続けた。水の中で感じる安らぎは、彼の心の中に希望を再び宿らせた。それは、まるで新たな旅の始まりを告げるかのようだった。


やがて、ドナウは川の向こう岸にたどり着いた。そこには、かつて見た青い世界が広がっていた。だが、その世界は以前とは違い、さらに輝きを増していた。


「これは……」


ドナウは言葉を失い、ただその美しさに圧倒された。青い花々は風に揺れ、青い木々が空に向かって伸びていた。空は再び青く澄み渡り、雲ひとつない青空が広がっていた。


「これが……本当の希望の世界なのか……?」


ドナウは信じられない思いでその光景を見つめた。彼の心は安堵と喜びで満たされ、彼の目には涙が浮かんでいた。


だが、その時、再び彼の頭の中に声が響いた。


「希望は……儚いものだ……」


その声は以前とは違い、どこか哀しげであった。ドナウはその声に耳を傾けたが、その意味を理解することはできなかった。


「希望は……儚いものだ……」


声は繰り返し囁き続けた。それと同時に、ドナウの目の前の美しい世界が少しずつ変わり始めた。青い花々がしおれ、青い空が再び暗くなっていった。


「これは……どうして……?」


ドナウは混乱し、足元が揺らぐのを感じた。彼の目の前にあった希望の光が再び失われていく。


「これは……これは夢なのか……?」


彼は目を疑い、自分自身を問いただしたが、答えは見つからなかった。目の前の世界が次第に崩れ落ちていく。


「どうして……どうしてなんだ……!」


ドナウは叫びながら、崩れ落ちる世界に手を伸ばした。しかし、その手は虚しくも何も掴めなかった。希望の光は次第に薄れ、再び闇が彼を包み込もうとしていた。


「これは……夢じゃない……夢じゃないんだ……」


ドナウは再び闇の中に飲み込まれそうになる中、必死に自分自身を奮い立たせた。絶望に打ちひしがれる中で、彼は何かを見つけようと必死だった。


その時、ふと彼の足元に一輪の青い花が残っていることに気づいた。それは微かに光を放ち、彼の心に再び希望を灯すかのようだった。


「この花は……」


ドナウはその花を手に取り、優しく抱きしめた。彼はその花の香りを嗅ぎ、安らぎを感じた。


「これは……僕の希望……」


彼はその言葉を口にしながら、花を胸に抱いて立ち上がった。目の前の世界は崩れ去ろうとしていたが、その中でも彼は歩みを止めなかった。


「僕は……希望を信じる……」


ドナウはその言葉を胸に刻み、再び闇の中へと進んでいった。彼の心には、たった一輪の青い花が灯してくれた希望が残っていた。


やがて、ドナウの前に再び光が現れた。その光は彼の足元を照らし、彼に進むべき道を示していた。


「この道が……僕の希望への道だ……」


ドナウはその道を進んだ。光が彼を導き、彼は再び歩みを続けた。目の前に広がるのは、かつての青い世界とは違う、新たな光に包まれた世界だった。


「これが……僕の探していた希望なのか……?」


彼はその新たな世界に足を踏み入れた。その世界は青く輝き、かつて見たことのない美しさで彼を包み込んでいた。


「これは……僕の新たな旅の始まりなのか……」


ドナウはその世界に希望を見出し、再び歩みを進めた。彼の心には、たった一輪の青い花が灯してくれた希望が宿っていた。


だが、その希望がどこまで続くのかは、誰にもわからなかった。ドナウの旅は、まだ始まったばかりだった。

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