「じゅうななさい」はクラゲさんの夢を見る

音無 雪

じゅうななさいはクラゲさんの夢を見る

『知ってましたか。人の目の高さから見える水平線までの距離は約4キロメートルなんですよ』


海を見ながらなぜかドヤ顔で語る私


ここは神奈川県にある七里ヶ浜 実際には一里もない七里ヶ浜

遠くには江の島が見える良い景色が広がっています。

まさに『海』ですね。 海のない地域に住まう身としましては羨ましい限りでございます。


「お嬢はそのセリフ言うために来たんだよね」


隣ですこしあきれ顔をしているのは親友の爆乳姫子さん (仮名)


当然です。 憧れの場面ですからね。 先程の言の葉も作中でヒロインが口にしたものです。推しの為なら日本全国どこだって参ります。

そう私たちは推しの作品に登場した舞台を巡る旅をしております。聖地巡礼と呼ばれる旅ですね。


§


七里ヶ浜に来てかれこれ一時間以上 ふたりで日傘を差して波を眺めています。飽きませんね。 ずっと眺めていられます。この海 お持ち帰り出来ないでしょうか


いえ お持ち帰りしなければいけません。


海岸を見るとペットボトルがいくつか流れ着いています。

聞くところによると海岸に落ちているペットボトルの8割は川から流れてきたものだそうです。海を汚しているのは海に来ている人だけではないのですよね。


さてゴミになってしまったペットボトルさん もう一度活躍して頂きましょう。

拾ってきたのは2リットルサイズのボトルをみっつ 合計6リットルの海をお持ち帰りです。


姫子さんも手伝ってくださいよ。この大きめの空き瓶に砂を詰めてくださいな。


「どうするの 甲子園の砂みたいに想い出にするにはちょっと多いでしょ」


こんなに大きな海をお持ち帰りするんですよ。少ないくらいです。

それにしても波があるのでペットボトルにはなかなか入りませんね。困りました。


§


「お姉さん 水入れるの 手伝ってあげよっか」


小学生の男の子三人が協力してくれるそうです。嬉しいですね。

お願いできますか


ボトルを渡すと胸に抱いて走って海に入って行きました。波打ち際では無くかなり沖まで行って海水で満たしてくれました。こだわりがあるようです。

三人とも良い笑顔で戻ってきてくれました。


「出来るだけ綺麗な水入れたからね」


その心遣いに感謝します。あななたちきっとモテますよ。

姫子さんも砂を集め終わったようです。これで良いですね。さてと家まで持ち歩くには少しかさばりますし重いですね。


「お嬢 何も考えずに集めたとは言わないよね」


そ そんなことはございませんよ。あれですよ。そのですね。

近くにあるコンビニから箱に詰めて家に送ってしまいましょう。


「コンビニまで持ってくよ」


優しい男子くんたちですね。

ペットボトルの他に姫子さんの持っていた砂入り容器まで持って頂きましてありがたいことです。


海岸から扇形に広がった階段を上ると道を挟んだ目の前にコンビニがあります。

道を渡りたいのですがなかなか信号が変わりませんね。


信号を待っている間、三人の目は姫子さんのお胸に吸い寄せられております。階段を上る度にばるんばるんとしておりました。気になりますよね。男子くんですから仕方の無いことです。

でも私の方にも視線を頂けませんでしょうか お姉さん拗ねてしまいますよ。


§


男子くんにはあまり長さを感じなかったと思われる信号がようやく青になりました。


男子くんと一緒に駐車場で待機、姫子さんに段ボールを買ってきてもらいましょう。


しばらくすると段ボールが台車に乗せられてやって参りました。店員さんが押してくれていますよ。優しすぎませんか おそらく姫子さん特別サービスなのでしょう。

男子くんの手にあるペットボトルをビニール袋に入れて詰めていきます。意外とコンパクトに収まりました。でも重そうですよ。

あとは伝票を貼って店員さんお願いしますね。姫子さんの笑顔は魔力があるようです。


§


「さて君たちもご苦労様 これはお姉さんから愛のプレゼント」


少し前屈みになりながらひとりひとりに目を合わせて飲み物を渡す姫子さん

わかっていらっしゃるとは思いますが、あまり男子くんで遊ばないようにしてください。お胸の谷間に挙動不審になっていますよ。


私からもお礼を伝えなければいけませんね。お姉さんの我が儘にお付き合い頂きましてありがとうございました。この後も気をつけて遊んでくださいね。

・・・私には挙動不審になりません。


男子くんたち 信号を渡って砂浜へと戻って行きました。

姫子さん ぴょんぴょんしながら手を振るのはおやめなさい。周りの殿方にも注目されていますよ。


恥ずかしくなって参りました。次の目的地へと移動しましょう。


    §    §    §


コンビニから徒歩数分


江ノ電七里ヶ浜駅


ここも作品の中で何度も登場した場所です。

駅に入ると案山子のように黄色い棒が立っています。これが改札機のようですね。

ICカードをかざしてホームへと歩を進めます。かざすだけで扉も何もありません。駅員さんもチェックしている様子がありません。不思議な改札でございます。


単線の線路にちょうど可愛らしい電車がやって参りました。作品で主人公たちが通学に使っていた江ノ電

こんなに可愛らしい電車で毎日通学が出来るなんて素敵ですね。


駅を出発すると車窓に広がる海

可愛らしい電車に揺られて海を見ながらの通学 青春を絵に描いたような舞台ではありませんか ここの高校生さん羨ましいですよ。


「お嬢も『じゅうななさいの原液女子高生』でしょ」


そうです。私はじゅうななさいなのですよ。ちなみに姫子さんも同い年

なつやすみを使って聖地巡礼の旅に来ております。ゆーきゅーとか、りもーとわーく等は関係ございません。なつやすみでございます。


十数分揺られておりますと江ノ島駅へ到着です。

流石に多くに方が降りるようです。観光地ですからね。

私たちも降りましょうか


§


到着しましたよ。


「また海岸だね。江ノ島までの距離が変わったけど」


江ノ島へと通じる弁天橋を間近に見る海岸 片瀬西海岸でございます。

ここは作品がアニメ化されたときエンディングの風景として使われた場所ですよ。

ヒロインたちの憂いのある笑顔 素敵だったではありませんか


それに七里ヶ浜と違って海水浴場です。水着のお姉さま方も沢山いらっしゃいますよ。

姫子さんは水着にならないのですか ここは見せ場ですよ。破壊力を見せつけましょう。


「お嬢も水着になるなら良いけど私だけじゃね・・・」


私はじゅうななさいの都合で日焼けできないって知っていますよね。

この暑い中タイツですよ。


「しかたないね。今回はお姉さんを鑑賞して我慢しようか 今度は室内プールでも行こうね」


何を殿方目線で語っているのですか

それに室内でも水着になりますと格差と言いますか 比較対象と言いますか

姫子さんの横に立つには勇気が必要でございます。

・・・いえ まだじゅうななさいですからね。成長期なんですよ。

いまに見ていろでございますですよ。


§


海岸のすぐ後ろにあるのは新江ノ島水族館 通称えのすい


今は企画展示として『クラゲ展』を開催中のようです。

ちょうど良いですね。クラゲさんに会いたかったのですよ。


さあさあ入館いたしましょう。ここなら日傘もいりませんし快適でございます。


§


水族館 


先ほど本物の海を目の前にしていたのですが、こちらの方がより海を感じるのは何故でしょう。不思議なものです。


みなさんが大水槽やイルカショーに見入っている間に目的のクラゲさんに会いに行きましょうか


やはり今ならクラゲさん水槽前も空いていますね。ここで水槽を背景にして写真を撮りたかったのです。姫子さん撮影お願いしますよ。


クラゲの舞う水槽の前 長い髪をなびかせてステップを踏むヒロインの絵姿

目を奪われました。あの人に あのヒロインの生き方に少しでも近づきたくて真似だけでもと水槽の前でステップを踏みます。


姫子さんが構えるのは本格的な一眼レフカメラ

グラビアアイドルのような肢体を持ちながらも、撮されるより撮す方が好きな姫子さんでございます。


「良いの撮れたよ」


さすが姫子さんでございます。人の居ないほんの十秒程度で良く撮影して頂けました。


「あれってバニーガール先輩だよね 髪の長さまでそっくり」


いくら瞬間的に人が居ないとは言え無人ではございません。その中にがいらっしゃったようでございます。

私は髪を腰まで伸ばしていますのでヒロインの姿に重ねて頂けたのでしょう。光栄でございます。


会釈をしたら、小さく手を振って頂けました。


嬉しくも・・・恥ずかしゅうございます。


§


この水族館にお邪魔した目的の一つは達成できました。

もう一つの目的は、クラゲさんのマスコットを入手することでございます。


こちらは売店にて簡単に手に入れること叶いました。


これにて海をお持ち帰りプロジェクトの準備は完了でございます。


――――

――――


「えほんでみたうみはおおきいよ」


おかあさんの横でキラキラした目で話してくれるミキさん

きっとお姉さんの見てきた海よりもミキさんの知っている海は大きいのですね。


「ミキね クラゲさんといっしょにおよぐんだ」


ミキさんの夢ですからね。


小さなノックの後でワゴンを押した姫子さんが白い部屋に入ってきます。

いつも良い子にしているミキさんにお姉さんたちからお土産です。

お姉さんたちが見てきた憧れの海をミキさんにお持ち帰りしてきましたよ。


ワゴンの上には小さな水槽 七里ヶ浜の砂と海を満たしてあります。

そこに浮かぶのはクラゲさんのマスコット

隣にはクラゲさんの水槽の前で舞う私の写真


お姉さんもクラゲさんと遊んできたのですよ。ミキさんも一緒に行きましょうね。


「うん」


――――


ミキさんと一緒に初めての砂浜に立つのです。

潮風に吹かれて、波を飽きること無く眺めるのです。


そうしたらお姉さんが教えてあげましょう。


『知ってましたか。人の目の高さから見える水平線までの距離は約4キロメートルなんですよ。意外と近くてびっくりですね』

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