第8話 アランの母


 最初におかしいと感じたのは会話の受け答えに対してだった。アランが怪我をした時、心配して声をかけた私に


「ああ。治ると思う」


 なんて言ってきた。いや、痛くないのかとか手を貸そうかってことで、治るかどうかを確認したいわけじゃない。そんな事を言った覚えがある。


 他にもギルド酒場で食事にしようって時に、ごはんどうする?って聞いたら


「……えっと、食べる?」


 そりゃそうでしょ。何を頼むのかっていう話でしょっていうそんな事が何回もあれば流石におかしいことに気づく。ただ、次に同じようなやり取りがあれば


「いや、痛いけど動かせない程じゃない。後は帰るだけだし大丈夫だ」

「今日の日替わりで良いんじゃないか?」


 みたいな返事が返ってくるようになった。後になってその時の事を聞いたら


「そういう事を言われた事が無くて、最初は意味が分からなかった」


 なんて言っていた。そんな事があるんだろうか?どんな生活してたらそんな事になるんだって思った。



 会話以外でも、別に追っ手を警戒しているとかそういうのでもなさそうだったけど、人が多いところではやたらと周りのヤツらを見ていた。


 周囲を警戒しているといえばそれまでだけど、私にはそれが何かに怯えているように見えた。




 そんな風におかしな所があるヤツだったけど、冒険者としてはちゃんとしていた。私にしてきたりとかも無かったし、アランは頼りになった。



 おかしなヤツだけど悪い奴じゃないし頼りになる。冒険者なんだからおかしいのは当たり前。そんな風に思い直してそれからも一緒に冒険者をしばらく続けていた頃、あることに気が付いた。



(なんかアイツとやけに目が合う)



 なんでだろうと思ってたけど、観察してみるとすぐにわかった。アランは私の近くにいる時ずっと私を見ていた。相手がずっとこっちを見てるんだから、こっちが相手を見れば当然目が合う。


(今まで何もなかったけど、急にそういう気持ちになっちゃったとか?)


 そんなことを考えたけど、どうにもおかしい。そういう事なら目線の動きで大体察せるけど、アランはずっと私の顔しか見てなかった。


 睨んでいるとか、なめまわすようにとかじゃなく、ずっと何か言いたそうな顔で私を見ていた。


 なんで見ているのか、なんで何も言わないのか分からなかったけど、なんだか直接聞くのが怖かった。アランから何か言ってくるのを待つ。そうすることにした。






 相変わらず、アランからの視線を感じながら二人で冒険者活動を続ける毎日だったけど、ある夜事件が起きた。


 ギルドが運営する宿に向かっていると別の冒険者パーティに絡まれた。


 私が前にいたパーティの事を引き合いに出し、ハーレムから捨てられた私がアランをたぶらかしてるみたいな話だった。

 前のパーティがあんなだったからそういう事を言うヤツはいるだろうとは思ってたけど、直接言ってくるヤツは始めてだった。





「私の仲間を愚弄するか!」


 私は無視して宿へ向かおうとしたが、突然アランが声を張り上げた。見れば剣に手をかけていた。


 場が凍り付いたのを感じた。アランが叫んだ事にも驚いたがその言い回し、行動に驚いた。私も相手も。


 (これは不味い)



 慌ててアランを引っ張って宿に向かった。月単位で借りている部屋に押し込み、アランと向き直り、思わず固まった。



 アランは泣きそうな顔をしていた。震えてもいたと思う。



 そういう反応に覚えがあった。そんなはずは無いと思いながらそれでもアランの顔を見つめた。


 怯えていた。たぶん、私が怒るだろうと。



「別に怒ってないわ」

「……本当に?」

「もちろん。私の為に怒ってくれたんでしょ?」


 アランはゆっくり頷いたけど、体はずっと震えてた。


 多分そうするのが正解だと、何となくアランを抱き寄せた。アランが抱き返すことは無かったけど、少しずつ震えは収まった。


(大の大人に何やってるんだろう)


 アランが落ち着いたのを見て聞いてみる。


「なんであんな言い方したの?」

「……すまない。他の言い方を知らない」


 多分本当なんだろう。アランの持っている知識はかなりの物だけど偏りがある。それは普段、アランが話す内容を聞いていればわかる。



 冒険者の過去を探るのは暗黙の了解として禁止されているけど、これでアランの過去はおおよそわかってしまった。なんでそんなヤツが冒険者なんてやってるのかも察しがつく。


 さっきまでのアランの状態についても、もしかしたらというくらいの話だけど、そういう事なのかもしれない。






 もしかしたら、が確信に変わったのはその後すぐのことだった。




 ギルド酒場で待ち合わせをした時のこと、アイツは先に来て私を待っていた。多分それまでなら気づけなかっただろうけど、その姿は妙に緊張しているように見えた。


「アラン?」


 声をかけながら近づくとハッとしたようにこっちを見た後、何事もなかったみたいに近づいてきた。


 その目の動き、表情の変化。それが全ての答えだった。



 『跡取り息子に何かがあった時の予備』として複数の子供に教育を施すというのは貴族の話としては当たり前によく聞くものだった。


 しかし中には邪魔になったら捨てられるように、でそれを行う者もいるという。最低限の教師以外の誰も近づけさせず、周りから完全に離し、知識だけを詰め込む。


 アランはそういう場所で育てられ、大人になって要らなくなったんだろう。知識だけ詰め込まれた子供が初めて外に出て、初めて人と出会った。人との接し方も分からないまま、どうにか誤魔化してそれらしく振る舞った。


 教育のおかげか、最初のうちは上手くいっていた。誰かと一緒にいるのも、少しの間なら上手く取り繕えた。それが長く一緒にいるとそのうちにボロがではじめた。

 

 



 いつだったかアラン自身が教えてくれた、何かの動物の仔の話。生まれてすぐの子供は自分のそばに居る者を親だと思うのだとか。すり込みとかいうらしい。



 私が来るのを待っていたあの時、声をかけた私に向けたあの顔。実際に自分が向けられたことは無かったけど、あれはまさしく


 


 そのものだった。


 アイツがずっと私を見ていたのも、子供が親を見つめるのと同じこと。

 あの夜、泣きそうな顔で震えていたのも、親に叱られる子供と同じこと。


 

(私はアイツの親になるつもりはないし、アイツも本当に私の事を親だと思っているわけじゃないだろうけど)




 アランの正体というか中身を知ってからも私たちは一緒に冒険者を続けた。


 中身が子供でも実際には大人で冒険者をやっている。自分を子供だと思っているわけじゃないし、それで私に何かしてきたわけでもない。冒険者としてはちゃんと働いているんだからパーティを解消する理由はない。



 そんな風にアランから離れない理由は思いついたけど、一緒にいようと思った本当の理由はもっと簡単なものだった。



 情にほだされた。アランを見捨てられない。そう思うくらいに情が移っていた。


 もしかすると母性本能?とか言うヤツかもしれない。アイツの母親になる気はないけど。その辺の獣にもあるらしいし、オスにだってあるらしいから私にあってもおかしくはない。




 子供だと思ってしまったからか、アイツのおかしな部分も『子供が何かしようとしている』としか思わなくなった。


 その感覚のまま、思わず叱ってしまったこともある。怒るかと思ったけど、アイツは素直に言うことを聞いた。本当に私のこと親だと思ってるのかもしれない。



 そんな風に接しているうちに、新しい面も見えてきた。悪い面が。


 アイツは知識があるだけに、周りからは賢くて思慮深いみたいに思われてるし私もそう思ってたけど、実際はかなり短絡的にものを考えてる。


 さらに社会的な善悪は分かっている筈なのに、人としての常識の範囲での『やって良いこと、悪いこと』に対しての感性ががかなり曖昧だった。


 知識がやたらあって考え方も偏ってるうえに、子供の情緒で短絡的にものを考える。すごく危なっかしい。放っておいたら大変なことになる。





 初めてポーションが出回り始めたころだった。それまでは神の奇跡だった治癒の魔法が、誰でも使えるという画期的な発明だった。もちろん副作用はあるけど。


 外で魔獣と戦う冒険者にこそ必要という事でギルドからポーションが支給された。


 ポーションを実際に使ってその効果を目にしたアイツが言い出した。


「悪党を捕まえる時に、矢にポーションを塗って射れば確実だし効果的じゃないか?

 あ、いや狙いが外れるとマズイか。それに風圧で矢のポーションが落ちてしまう」


 そんなことを考えてしまうヤツだった。悪者には何をやっても良い、そんな子供らしい考えが透けて見えた。


 賢いとは思う。それをやった時に何が起きるかは考えられるし、思い付きでやったことでも、即興で言い訳を考えてたりするし。














 どうにかアランを矯正しようとアレコレしている内に、気づけば私たちも中堅と呼ばれるくらいの冒険者になっていた。二人組のまま。


 中堅ともなるとギルドからも指名依頼なんてのもされるようになるし、流石に二人のままはマズいとなった。受けられるクエストにも制限が掛かってくるからだ。


 どうしようと思っていると私たちの他にも似たような状態のパーティがいたらしく、そのパーティとくっつくことになった。



 イザベラとグレンのパーティだ。



 イザベラは回復術師という事だったから、アラン並みにややこしい事情があるパーティなのかもしれない。

 グレンはグレンで何か動きが明らかに訓練を受けた人だし。二人とも神教会の関係者なんじゃないのかな。多分、モンクとテンプルナイト的な。


 詮索はしないけど。







「タニア?どうしました?」

「え?ああ、ごめん考え事してた」


 アンタたちの経歴について考えてた、なんてことは言わない。


「まあ心配なのはわかるぜ?ちょっと危ういところは感じるしな」

「リックの事もショックだったのかもしれません」

「うーん……どうなんだろ」


 アランの事を考えてたと思われてるっぽいけどまあいいか。2人もアイツの事は大体わかってるみたいだ。長いこと一緒にいれば結構バレバレなんだろう。


 本人だけがバレてないと思ってるんじゃないの?


 私の矯正のおかげか、アラン自身が成長しているのか。

 アイツもかなりマシになってきている。


 それでもやっぱり一人で考えさせるとおかしなことをする。


 今回やったことだって多分「弓矢はダメでも剣なら大丈夫だろう」くらいの考えでやってる。何か言い訳考えながらやってるだろうけど。


 違反冒険者から突き刺した剣を抜いてポーションで傷口が治ったの見て「よし、上手くいったぞ」みたいな顔したのをちゃんと見てた。





「またせた。報告完了だ」



 今回のクエストの報告へ行っていたアランが戻ってきた。



(やっぱりまだなんか話す度に私をチラチラ見てる)


 前みたいに、ずっと見てるってことは減ったけど子供が親に「これで良い?上手くできてる?」って確認しようとしてるのと同じな気がする。


 2人だけの頃はそれでもギリギリおかしくなかったんだけど、今は他にもメンバーがいるんだからその辺からもバレてるんじゃないの?



「ああ、お疲れ」

「ロバートを刺したの何か言われた?」

「いや、大丈夫だった」


 ホントに?まぁカードの記録を確認するのなんて何かあった時だけだろうしね。


 推定、元貴族子息アラン。


 私の事をお母さんだと思ってるかもしれない体だけ大人になった子供。


 コイツの事は好きかと聞かれたら微妙としか言えないし、嫌いな部分もある。



(それでも見捨てられないし、見捨てない)



 コイツの親になる気はないけど、母親というのはこんな気持ちなんだろうか?

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