第6話 冒険者ギルドの圧力
まだ薄暗い早朝、俺たちは再び集まった。
「捕縛対象の潜伏先として、西と東のスラムが怪しいと思う」
「妥当だな」
「異議なし。街中に冒険者が長くいられる訳ないしね」
「どこの宿も基本的に満室ですからね」
『宿が満室』というのは別に繁盛しているという訳ではなく、実際にはいつでも大口の客を受け入れられる余裕はある。満室というのは冒険者なんていう無頼漢を泊まららせない為に店が使う方便だ。
冒険者ギルドが罰則という形で圧力をかけていても絶対はない。いつ他の客や商品に危害を加えないとも限らない。
そういう理由で冒険者の宿としてはギルド直営の宿屋か、引退した元冒険者が善意でやっている宿屋くらいしかない。逃亡者がそんなところへ顔を出せば捕まる。
「それじゃあ西と東、二手に分かれて探すとしよう」
俺たちは東のスラムを担当することになった。組み分けは俺とタニア、グレンとイザベラだ。
「アンタ、相手は人間ってわかってる?」
「ああ。もちろんだ」
タニアも含め、パーティメンバーは対人戦闘力も高い。グレンは冒険者相手なら無傷で制圧できるし、イザベラも自分より大きな男を殴り倒しているのを見たことがある。ただ、俺は対人戦闘は出来なくはないが、他のメンバーに比べれば話にならないレベルだ。冒険者になるまで殴り合いなんてしたことがないから加減が分からない。
俺たちは分担して街の両端から東のスラムに向けて捜索を開始する。今のところは探知の魔道具に反応はない。やはりスラムが本命だろう。
たしか名前は……ロバートか。冒険者を続けていけば十分に遊ぶ金もできただろうに、目の前の小金に目がくらんで人生を捨てるとは。
冒険者ギルドはそういう人間を集めてふるいにかけているが、こぼれる数は一向に減らない。
「おっと」
結局見つからないままスラムまで来てしまい、そのままスラムを進んだところで反応があった。検知を知らせるベルを叩くハンマーを止め、針が示す方向を見る。
針の動きを見ながら路地を回り込み、すこし開けたところにそいつがいた。
俺は物陰に隠れ、後ろから誰も来ていないことを確認しながらポーションを取り出し、剣にたっぷりと塗り付ける。
「ロバート?」
路地から出て、知り合いに声をかけるように呼びかける。
「ああ、やっと来や……!?」
ロバートが反応すると同時に距離を詰め、その腹に剣を突き刺しそのまま壁に縫い付けた。
「てめぇ何モンだッ!?ぐうぅ……ッ!」
「お前は死なない。傷口はもう治った。腹の中もすぐに塞がる」
矢継ぎ早に状況だけを告げる。剣に塗ったポーションの効果で出血も大したことは無い。これで死なない。上手く加減が出来ないから確実な方法をとる。
「俺は仲間を呼ぶ。仲間がここに来るまでお前はそのままだ」
連絡用の笛を思いきり吹き鳴らしながら信号弾を取り出し、ロバートに見せつける。拳3つ分程度の長さの筒で、底に紐が付いている。
「これは信号弾だ。紐を引っ張ると先端から空に向かって飛び出す」
言いながら紐を引っ張ると筒の先端から「ポンッ」という音と共に光球が空高くに飛び出し、ゆっくりと落ちて途中で消える。
「さっきの笛の音とこの信号弾で俺の仲間がここに来る」
わざとらしい説明はコイツの仲間が来た時に無茶なことをさせない為だ。
「こんな事しやがってタダで済むと思ってんのか!」
「お前こそ無事で済むと思ってたのか?ギルドからは逃げられない」
剣はまだ腹に刺したままの為、予備の剣を構えるとおとなしくなった。ロバートの仲間がいると仮定するとこっちも仲間と合流するまでは隙をさらせない。縛り上げるのはその後だ。
しばらく待っていると足音が聞こえてきた。グレンたちだろうか?
「ロバート!」
武装した男たちが駆け込んできた。こいつの仲間が先に来たか。
「もうすぐコイツの仲間が来る!俺は良いから逃げろ!」
「お前を置いて逃げられるか!!」
男たちの会話を聞きながら剣を構える。3人か。厳しいな。
「ロバート!?……てめぇか!!」
男たちがロバートの腹に刺さった剣に気付いた。見た目だけなら致命傷だ。激昂して襲い掛かってくる男たちの剣をどうにか受け流す。
「死にはしない!傷口は塞がっている!」
「ふざけやがって!!」
相手は殺す気で襲い掛かってきているのだし、殺しても問題はないが出来るだけ避けたい。やはり対人戦闘は苦手だ。魔獣相手の方が良い。
どうにか時間稼ぎに徹していると、ようやく馴染みのある声が聞こえた。
「やっぱり!」
そんな声と共に、俺と対峙していた男の剣を蹴り飛ばしたタニアは流れるような動きで男を昏倒させる。
残り2人も俺が注意をそらし、タニアが無力化していった。
「ありがとう。助かった」
「ありがとうじゃないわよ!コレはやり過ぎでしょ!」
タニアに叱られながらもロバートの腹に刺した剣をポーションをかけながら引き抜き、代わりに縛り上げる。俺が刺した傷口は綺麗になくなった。
ロバートの仲間たちも縛り上げてるとグレンとイザベラが合流した。
「上手くいったみたいだな」
「怪我はされていませんか?」
「ああ。タニアのおかげだ」
「本当にね。私がいなかったらどうなってたか」
本当にどうなっていたことか。タニアが来てくれて本当に良かった。
「俺を殺すのか?」
縛り上げたロバートを立たせるとそんな事を言い始めた。
「いや、依頼は捕縛だ。このまま冒険者ギルドまで連れていく。
お前の仲間の事もギルドにまかせる。殺されはしない」
「何が冒険者ギルドだ!お前みたいなヤツを差し向けてくる連中が信用できるか!」
俺がやった事を思うとあまり反論できない。それでも先に裏切ったのはコイツだ。
誰でもなれる冒険者。誰でもなれるからこそ世間の目は厳しく、ギルドからの処罰も苛烈になる。
冒険者になる人間の半数以上は元犯罪者だ。ギルドの規約は簡単に言ってしまえば『盗むな・殺すな・犯すな』だが、それが日常の者にやめろと言っても無理な話だ。
魔獣という驚異があり、人の生存域を広げることが出来ない世界。
人的資源は貴重であり、その脅威となる犯罪者たちを集め更生の余地のある者以外を処分する。冒険者ギルドはそういう役割を担っている。
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