第4話 魔術師の呪文詠唱


「何を驚いてるんだ?これくらい普通だろ?」



 新人冒険者ライルが引き起こした事態に、その場に集まった全員が驚愕していた。ギルド職員は信じられないモノを見るような目でライルの事を見ていたし、他の新人冒険者たちも興奮や羨望の目で見ているヤツもいた。





「……おかしすぎるだろ」


 思わず声に出してしまったがライルには聞こえなかったのは幸いだった。さすがにパーティの皆には聞こえる距離だったが。


「おかしいってのは、威力か?」

「いや、威力もだが魔法の発動までが


 通常の魔術師は杖を構え触媒に魔力を通し、幾つかの文節に分かれた呪文を詠唱することで魔法を発動する。その呪文は威力や効果に比例して長く、複雑になる。


「それを短縮できるってんならすげぇな」

「いや、呪文の短縮は魔術師なら本当は誰でも出来るんだ」


 やろうと思えば『あ』とか『う』までだって短縮できるし、もっと言えば詠唱を完全になくすことだって出来る。


「何故やらないんだ?」

「危険だからだ。人通りの多い場所、例えば商店街に抜き身の剣をブラブラさせながら歩いてるヤツがいたらどう思う?」


 魔法の発動に必要とされる杖、そして呪文というのは安全装置だ。


 仮に、何の手順も踏まず人間を燃やし尽くす魔法を使う魔術師がいたとする。何時でも思っただけで人を殺せる。そんなヤツが存在したら社会が崩壊する。魔術師からしても『ついうっかり』で誰かを殺してしまったり、夢の中で魔法を使って寝床ごと焼死なんてことにもなりかねない。


 そういった事態を避けるために、魔術師は自分の使う魔法の発動に何重にも制限をかける。魔術師は常識としてそれ実践している為、魔術師以外からは強力な魔法を発動する為に長い呪文を唱えているように見える。


「アイツ……なんか一言つぶやいただけだったよね?」

「マジかよ物騒なんてもんじゃねぇな」

「なぜ制限をかけていないのでしょう?」


 杖が必要だと知らなかった、触媒が必要だとも知らなかった。もしもそれが事実だったとすると。


「アイツまさか独学で魔法が使えるようになったのか?」

「天才っているもんねぇ」


 独学で魔法を覚えたにせよ、通常は魔法が使えるようになった時点で魔術師連盟なりに入るだろう。そこで魔術師の常識なりを教え込まれるはずだ。


 そこでなにか問題を起こしたのか?魔獣から魔石を取り出す実習で魔獣を魔石ごと燃やし尽くすヤツだしな。


『自分の魔法を見せつけたい』という思いもあったのかもしれない。


「アイツの言った『これくらい普通だろ?』って本心だと思うか?」

「私には本気で言っているように見えました」

「俺にもそう見えた」

「私も」


 俺にも本気で言ってるように見えた。とても正気とは思えんがリックも使っていた代償を別の何かで代用する魔法……『代用魔法』とでも言っておくが、代用魔法の代用元を考えると……もしや自分自身の何かを支払った結果、正気を失ったのでは?


「あの方、これからどうなるのでしょう?」

「私は組みたくないなぁ」


 おそらく他の冒険者と組ませるのは危険だという事で、冒険者ギルドに上手く誘導されてどこかの開拓村の常駐冒険者として派遣されるだろう。


 魔獣を魔石ごと消し飛ばせるほどの魔法を使う魔術師、そんな戦力が1人分の食い扶持で済むのだから破格だろう。開拓村側が使えると判断すれば娘でもあてがわれて飼い殺しなんてこともあるかもしれん。




 そんな事件はあったものの新人冒険者講習は無事終了した。


 今回受講した新人冒険者たちにとって為になったかは分からないが、俺たちには非常に為になった。特に魔獣と魔石の事に関して断片的かつ致命的な抜けがあった。


 もし、あのままの状態でクエストを受けていたとすれば。


 魔獣から魔石を取り出すのに手間取り蘇った魔獣に蹂躙されて全滅、という記録が保存された俺たちの冒険者カードが冒険者ギルドに届けられただろう。


 これが仮に魔石の存在そのものを忘れ去ってしまっていた場合。全滅という結果は変わらないが『クエストの報告のための物証を回収しようともしなかった』というあまりに不可解な行動が追加され、誰かの目に留まり調査がなされたかもしれない。


 部分的に記憶を残すことで俺たちの行動をコントロールし、出来るだけ自然な事故にみせかけ全滅させるための工作。



 あれからしばらく経つが、俺たちが危機的状況にあったのだと改めて思い知らされる。

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