第2話 冒険者
「はい。それでは失礼します」
冒険者ギルドからのパーティメンバーへの個別の聞き取り調査を終えて、ギルド酒場で待っていた仲間たちのテーブルへ向かう。
俺たちは自分たちに起きたことに対するショックからは未だ完全に立ち直れてはいないが、それでも聞き取り調査に応じながら過ごしているうちに少しは落ち着いてきた。
「よう、お疲れさん」
「たぶん今回ので一段落ってところだろう」
グレンからの労いに応えつつ俺の分の食事を注文しながら席に着く。
「しかし規約に関する記憶が消えてなくて助かったぜ」
「全くだな。規約を忘れてリックを殺していたら今頃は俺たちが粛清対象だ」
「ねぇ、それもリックの狙いだったんじゃないの?」
タニアに指摘されたことを少し考えてみる。
冒険者ギルドの規約に『冒険者間において致命的な問題が生じた際はギルドへ報告し、ギルドからの沙汰を待つこと』というものがある。お互いに怪我くらいで済めばいいが、殺し合いまでいくと冒険者ギルドからの処罰を受ける。冒険者の活動の性質上、こういう規約がないと同士討ちや裏切り行為などが横行するからだ。
同士討ちが発生した際、仮に殺された側に問題があったとしても、周囲からその事実は分からないからな。実は金銭目的の殺しだったなんて事もありえる。
「なるほど。リックからすれば規約の事を忘れさせたら自分がいつ殺されるか分からないってことか」
「そして規約を逆手にとって逃げる時間を確保したということですか……」
「私、リックに殺すとか言っちゃったけど結構危なかったわ」
ギルドに報告せずにリックを殺していた場合、後からの調査でリックの罪が証明されなければ逆に俺たちが冒険者殺しの罪でギルドから処罰、最悪の場合は処刑されていた。
「冒険者ギルドを敵に回すとか怖くてとてもできん」
俺の言葉に皆同意するようにうなずく。
そもそも『冒険者ギルド』なんて呼ばれているが他のギルドとは成り立ちが違う。
本来であれば自分たちの互助会としてギルドを作るものだが、冒険者ギルドの場合は冒険者が生まれるより先に多国間の連名によって冒険者ギルドが結成された。
冒険者ギルドに所属しているから冒険者なのである。
冒険者になるために必要なのは自分の意志、それだけだ。本当に誰でもなれる。当然、まともなヤツなら冒険者になんてならない。
冒険者は『冒険者カード』という本人に魔法的に紐づけされた魔道具が支給されるが、これは街への入退出を含めてあらゆる場所での身分証明になる。
どこの誰とも知れない、なにをやってきたかも分からない極めて怪しい人物の身元を保証する。そこだけ見れば正気の沙汰とは思えないが冒険者ギルドにはそれを保証する力がある。
冒険者は徹底的に冒険者カードで管理され、どこにいようとも追跡されてギルドによって責任を取らされる。追跡を避けるためにカードを捨てたとしても、冒険者登録の際の魔法契約で追跡されてカードを捨てた罪と併せて清算させられる。
そもそも冒険者になる以外に道が無い人間だ。それさえ務まらないならもう死ぬ以外の道は残されていない。
俺だってそうだ。冒険者ギルドが無ければ今頃どうなっていたか考えたくもない。聞いた話だと冒険者ギルドが出来るまでは人身売買が横行してたらしいからな。多分それもあって国は冒険者ギルドを作ったのだろうし。冒険者ギルド様様だ。
「これからどうするか……だな」
「正直このままだとクエストに行くのは危険ですね」
「何を忘れているのかも分からないのがなぁ」
「でも何時もまでもこんなことしてられないでしょ」
その通りだ。これまでに稼いできた金は残してあるが無限じゃない。生きていくには金がかかる。冒険者として稼がないといけない。
そういえばアレがあるか。
「『新人冒険者講習』を受けるのはどうだろうか?」
メンバー全員から「何言ってんだコイツ?」という目を向けられるが俺の発言は理にかなっている筈だと思う。
「講習の内容は覚えている事の方が多いだろうけど、おさらいも兼ねて確認していくのには最適なんじゃないか?」
「なるほどな」
「もう一度最初から覚えなおしですか。でも気づいた時は手遅れ、という事態は避けられますね」
「全員で一緒に受けるの?」
とりあえず全員が講習を受けるということで話がまとまった。
『新人冒険者講習』はその名の通り、冒険者ギルドが定期的に行っている新人冒険者が冒険者の基礎を学べる講習で新人は受講が強制されている。新人以外が受けたという話は聞いたことが無いが受けられないということは無いだろう。
「すみません、新人冒険者講習を受けたいのですが」
「冒険者カードの提示をお願いします」
冒険者なら誰でもが肌身離さず持ち歩いている冒険者カードを取り出して渡す。冒険者の位置情報から生死確認、直前までの周囲の状況までが記録されるという極めて高価な魔道具だ。当然、紛失時のペナルティもかなり重い。
理由にもよるが温情で1回目はクエスト報酬換算でおよそ1か月分、2回目で3年分、3回目は死ぬまで劣悪な環境の鉱山送りである。もし盗まれでもしたら直ぐに届け出ないと生死に関わる。とんでもなく頑丈な素材で出来ているから破損というのはあまり聞かないのが救いだ。
「あなたは講習の対象外ですので、受講を希望する理由をご記入の上提出して下さい。代筆は必要ですか?」
「いえ、こちらで書きます」
用紙を受け取り窓口横のスペースで必要事項を書き込んでいく。
希望する理由……リックの事は書いていいのだろうか?
確認するべくもう一度窓口に向かおうとすると丁度、誰かが来たところだった。
「すまない、冒険者登録をしたいんだが」
「それではこちらに名前をご記入後、血判をお願いします。代筆は必要ですか?」
「ふむ……いや問題ない」
新人か……なんかキナ臭いヤツが来たな。
この国の識字率は高くない。冒険者になるような人間だとなおさらだ。文字が書けるヤツの方が少ないし、大半はクエストの内容説明もギルド職員から口頭で受ける。中には自分で読めるようになろうっていう勉強家もいるけどそんなヤツは稀だ。
そんな中で『文字の読み書きを含める教育を受けたにも関わらず、冒険者になる人間』は確実に危ないヤツだ。とんでもない問題を起こして真っ当な仕事に就けなくなったヤツか、金持ちの道楽かの二つに一つしかない。
登録時の『代筆は必要か?』の確認でそれが露見した場合、その後の活動にかなり支障がでる。周囲の人間、特に現役冒険者からは完全にそういうヤツとして強い不信感を持たれるし、警戒され信用はされるのが難しくなる。
俺も登録の時にやらかした。当時は周りの俺を見る目がなんか妙だなと思ったが今ならよくわかる。普通に近づきたくない。内心で『よく俺なんかと付き合ってくれているな』とパーティメンバーたちに感謝しながら新人を観察する。指に針を突き刺して血判を押している。あの血判を元に専用の魔道具で魔法契約を締結するのだ。これでもう冒険者ギルドから逃げられない。
……新人冒険者講習、アイツと一緒に受けることになるのか?
と思っても背に腹は代えられない。金を稼がないと生きていけない。
リックの事を確認したところ、明日にもう一度来てくれということだった。
金だけ減っていく日々は、どんどん伸びていく。
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