第4話

 警察から連絡があったのは、3日後。

 今度は西成警察署ではなく、浪速警察署からだった。

 「生活安全課の森川です」

 私と小山は取調室ではなく普通の会議室に通された。渡された名刺には警部補で生活安全課係長と記されている。ドラマなどでイメージしている警部補と違い、普通の公務員といった印象。

 「前回は西成警察署で確認をお願いしたのですが、今回はどうしてこちらなのでしょう」

 会議テーブル越し。着座と同時に小山が至って冷静な口調で訪ねる。

 「管轄が違うと申しましょうか、事案として浪速署が適当であると判断させて頂きました」

 威圧感のない丁寧な口調で森川が返答。テーブルにはノートパソコンが置かれている。画面は暗いままだ。

 「管轄が違う? 失礼ですが、天下茶屋駅は西成警察署の管轄でしょうし、天満駅や扇町駅ならば天満警察署だと思いますが」

 小山が理詰めで問う。

 「仰る通りです。お詳しいですね」

 森川が笑顔で答える。まったく動じていない。

 「詳しくはありませんが、調べさせて頂いたので」

 どっちが警察官かわからない。

 「なるほど。それでしたら、説明よりも動画を見て頂いたほうが早いですな」

 森川が笑顔のまま、パソコンを起動。

 「私としても、どうにも説明がつきませんので」

 森川の笑顔に、やや困惑の気配。

 「説明がつかない? それはどういった……」

 「まぁ、とりあえず、こちらを見て下さい」

 小山の言葉を遮り、森川が画面を見せてきた。

 「電車内、ですか?」

 私は初めて口を開いた。

 「はい。堺筋線の上りです」

 「堺筋線の上り?」

 「7月14日、16時32分、天下茶屋駅発の上り列車。3号車です」

 「岸原が帰りに乗った電車ですか?」

 小山が思い出したように呟く。

 「仰る通り。こちらに座っているのが岸原さんだと思われます」

 森川が画面を指差す。岸原らしき男性が座っている。先日確認した監視カメラの映像でも思ったことだが、スーツではなく私服のため、印象が少し違う。ただ、岸原で間違いない。何人か立っている乗客もいるが、いくつか席も空いている。

 「まもなくです」

 何がまもなくなのか。私も小山も口に出して聞こうとした。しかし。

 「……?」

 車両が小さく揺れ、画面にノイズが入り、画面上から岸原が消えた。

 「……何ですか、これは」

 小山が無表情で質問。

 「見ての通り。岸原さんがいなくなったんです」

 「冗談は辞めて頂きたい」

 小山が森川を睨む。常に冷静。静かに圧力をかけることはあるが、ここまで怒気をはらんだ小山は珍しい。

 「こんな映像を誰が信用しますか。警察ならば、もっとまともな捜査を……」

 「お言葉ですがね、小山さん」

 森川が笑顔のまま、有無を言わさぬ口調で返答する。

 「我々も様々な映像分析を行いました。その上で、この動画が加工されていないこと、機材トラブルなどによる映像の乱れではないことを確認しました。また、この後の時間帯について扇町駅のみならず堺筋線全駅すべての監視カメラおよび周辺の監視カメラを確認しましたが、岸原さんらしき人物は確認されませんでした」

 「つまり、どういうことですか?」

 今度は私が質問する。

 「この場所で岸原が忽然と姿を消した、と仰るんですか?」

 「今のところ、他に説明のしようがありません」

 「そんな馬鹿な!」

 小山が思わず立ち上がる。

 「転生モノのフィクションでもあるまいに、列車内で人が消えてたまるか!」

 「我々もそう思います」

 森川が至って冷静に答える。

 「ですが、この映像の状況を現実的に説明するだけの情報がありません。大阪メトロに連絡し、該当車両の内部や通過場所付近の構内も捜査しましたが、この事象を解析や説明できる証拠は一切ありませんでした」

 「そんな……」

 小山が椅子に腰を落とす。

 「一般の方に申し上げることではないかもしれませんが」

 森川が笑みを消した。

 「岸原さんの件は、あまりにも奇っ怪な事象です。単なる行方不明とは異なります。我々も一般的な捜索願として処理し動くのではなく、事件性も考慮し、可能な限り捜索します。ですが、現状でお伝えできる内容は、この映像のみです」

 森川が私と小山、交互に視線を合わせる。なるほど、これが刑事の眼光か。あまりの鋭さに黙るしかない。

 だが、聞いておきたいことがある。

 「最後にひとつだけ、宜しいですか?」

 「……どうぞ」

 再び笑みを浮かべた森川が促す。

 「岸原が消えたのは、どのあたりでしょう?」

 「あぁ、失礼。その説明がまだでしたね」

 森川がバツの悪そうな笑顔に変わった。

 「岸原さんが消えたのは恵美須町駅付近。地上でいえば、高島屋東別館のあたりです」


※※※※※


 岸原が消えたあたりが浪速署の管轄だったため、私と小山を呼んだ。今後も科学的根拠に沿った捜索を継続する。最後にそんな説明を受け、我々は浪速署を後にした。

 「あんなふざけた映像を信じろと言うのか」

 小山が憤りを隠せない。

 「部長、そう怒りませんと」

 私は宥めつつ、小山のコップにビールを注いだ。

 私たちは会社に直帰すると伝え、大阪から京都に戻り、個室居酒屋で今日の出来事を再確認していた。再確認も何も、警察で不可思議な映像を見せられただけではあるが。

 「場所が高島屋東別館の近くだと。何を言ってるんだ。あまりにも馬鹿げてる」

 信じてはいないのだろうが、松坂屋大阪店の地下鉄駅について覚えていたようだ。

 「私もそうは思います。思いますけど……」

 「けど、なんだ」

 「他に手がかりがない以上、調べてみてもよいのではないかと」

 「何をだ?」

 「今でも残っている地下空間です」

 「高島屋の地下か。馬鹿な」

 小山が吐き捨てる。

 「何もあるわけがない」

 「何もなければないで、それはそれでよろしいかと。しかし確認しやんと“あるわけない”は部長らしくもありません」

 「なに?」

 小山が私を睨む。私は怯まずに続けた。

 「普段の部長やったら、ちょっとでも可能性があれば行動に移してます。他に岸原を探す手立てがない以上、調べてみるくらいはするべきやと思います」

 「……」

 小山が眉間にしわを寄せ、黙り込む。私は思いついた仮説を伝えてみた。

 「岸原は監視カメラには映ってないだけで、もしかしたら恵美須町駅まで乗っていた。しかし何らかの理由で一般には知られていない高島屋の地下空間への出入口を発見し、中へ入った。出ようとしたが出入口が開かなくなっていて出られない」

 「……その仮説で行くと、電車内のみならず恵美須町駅の監視カメラに写っていない説明がつかない」

 少し落ち着いたのか、小山が仮説の矛盾点を突いてくる。

 「カメラの故障も考えられますし、出入り口が駅構内ではなく線路内にあったから、ホームからすぐに線路内に入ったのかもしれません」

 「馬鹿馬鹿しい。子供でもあるまいに、岸原がそんなことで線路内に降りるわけないだろう」

 小山が呆れた口調で返してきた。

 「私は鉄道に詳しくないが、線路内は関係者以外立ち入り禁止だ。岸原にその程度の分別がないわけがない。だいたい、線路内にも監視カメラはあるだろう。いや、危険性を考えれば侵入者を知らせるシステムくらい設置しているはず。君の仮説は矛盾だらけだ」

 「自分でもそうは思います。ですけど、他に調べる場所もないですし、一度、高島屋に掛け合って確認させてもろたら良いのではないかと」

 「……」

 小山が再び黙り込む。

 私の仮説には無理がありすぎる。だが現在、岸原を探す手立てはない。わかっているのは、堺筋線で寝ていた岸原が恵美須町駅付近、端的に言えば高島屋東別館あたりで忽然と姿を消していること。

 「今の仮説がどうあれ、あの場で消えている以外、私たちには情報がありません」

「……よしんば、あのまま堺筋線に乗り続けていたとしても、我々で調べられる場所はなし、か」

 「仰る通りです」

 堺筋線には天下茶屋駅や扇町駅など、全部で10駅ある。いたるところに監視カメラが設置されている現代、どのカメラの映像にも残らず移動を続けるなどということは考えにくいが、映像に記録されていないだけで、あのまま地下鉄に乗り続け、どこかの駅で降り、外に出ていたとすれば、捜索すべき範囲が広すぎて、私たち素人が調査できる範疇ではない。

 しかも、警察が動いて見つけられなかった。素人が捜索して動向がつかめるはずもない。

 それであれば、万に一つの可能性をあたるしかない。

 「……わかった。他にできることもない。高島屋には役職に就いてる旧友がいる。仕事の案件として見学させて欲しいと頼んでみる」

 小山が憮然とした表情を残しつつ、自分を納得させるように頷き、私の提案に賛同した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る