第3話

「空振りでしたね」

 翌週の木曜日。

 小山と私は大阪府警察西成警察署に来ていた。

 岸原の足取りを情報として提供してから5日。

 日本の警察は優秀だと聞いていたが、こんなに早く経過報告を受けるとは思っていなかった。

 もっとも。

 「普通に行動して、普通に帰ってたなぁ」

 小山が小さくため息。

 「ほんまですねぇ」

 私も思わず、視線を下げてしまう。

 足取りはつかめた。堺筋線の天下茶屋駅を出た後、鉄道好きの友人らと合流し、鉄道イベントを楽しみに、終わった後に数人でイタリアンのお店へ入り、1時間後には店から出て、天下茶屋駅に入っていった。歩き方からして、少しワインでも飲んでいたのかもしれないが、酩酊している雰囲気ではない。少なくとも、私と最後に飲んだ時よりはしっかりしているように見えた。

 「お友だちさんたちの証言と一致してます。とくに変わったことはなかったと言うてはりましたし」

 前日の水曜日。私は岸原の鉄道仲間に会って話を聞いていた。

 「仕事が辛い、辞めたい、みたいなことは言ってなかったんだな」

 小山が念を押すように聞いてくる。

 「まったく。普段通り、車両を楽しみ、鉄道に関する持論を語ってはったそうです」

 岸原は仕事の際、何事にも手を抜かない。プライベートでも同様で、スマートフォンのデータが消えるような事態に備え、友人の連絡先を控えてあるだろうと思っていたが、案の定、手帳に書かれていた。

 「だろうなぁ」

 小山が足を止めた。

 私も連れて立ち止まる。

 「あれだけしっかり先々の予定まで書き込んでいた。やる気がある証拠だ」

 小山も岸原の手帳を確認した。恐らく、向こう3ヶ月先の予定まで書かれていたことを言っているのだろう。

 先の予定を書いていたからといって仕事に嫌気が指していなかったとか、人生に疲れていなかったなどと一概には言えないのではないか。そう思ったが、直前に会話をしている私や鉄道仲間たちが“普段と変わらなかった”といった印象しか抱いていない。小山の考えも、間違ってはいないだろう。

 「ちょっと、寄ってくか」

 小山が数メートル先にあるフランチャイズの喫茶店を指差した。小山の性格上、仕事中に喫茶店で時間潰しなどしない。珍しいなと思った。

 「思考を整理したい」

 私の考えを察したのか、小山が小さく笑う。

 「私だって、たまには珈琲くらい飲む」

 「失礼しました」

 私は小さく頭を下げた。小山が表情を戻し、喫茶店へと歩き始めた。


※※※※※


 「君はよくカフェに寄るのか?」

 テーブルにつくなり、小山に言われてしまった。

 「それほどでもないですけど」

 私は苦笑しつつ返答。

 「その割には注文しなれてる」

 やはり、というべきか。小山は仕事中にフランチャイズの喫茶店へ寄って憩いの時間とする、などということをしないのだろう。

 店に入ってから注文するカウンターへ行こうとせず席に座り、私がカウンターへ歩み寄っている姿を不思議そうに見ていた。

 カウンターで注文して自分で席まで持っていくシステムを理解してからも、ブレンドコーヒーのMサイズを注文するまでに「どれがホットコーヒーなのか」、「サイズとはなんだ」といった質問をしていた。

 「取引先さんが、こちらと同じブランドのカフェを5店舗、フランチャイズ運営してます。それで寄らせてもろてます」

 「ほぅ」

 私の言い訳に小山が訝しい目線。

 実際、クライアントが運営しているのは確かだが、時どき顔を出す程度。そこまで立ち寄っているわけではない。

 「顧客との待ち合わせで使うこともありますし、次の予定までにまとめておきたい資料があるときに寄りますし……」

 自分でも苦しい言い訳だとは思う。

 「……そうか」

 小山がますます訝しい目線。

 「それよりも、今は岸原のことです」

 私は話題を変えた。

 「そうだな」

 そこまで強く糾弾するつもりはないのだろう。小山も顔つきを戻した。

 「天下茶屋駅周辺では変わった様子はなかった。その前日、君と飲んでいるときも普段と変わらなかった」

 「いつも通りでした」

 「いったい、何があったんだ……」

 「部長。マンションの監視カメラには何か映ってなかったんですか?」

 ふと思いだし、質問する。

 「それがだな」

 小山が険しい表情。

 「エントランスにカメラは設置されているが録画装置が壊れていてデータが残ってないそうだ」

 「そうでしたか」

 私も思わず、小さくため息。

 「あの部屋、親から譲り受けたと言っていたな」

 「はい。元々は親子三人で暮らしていたそうです」

 「古いマンションだ。下手するとカメラそのものも動いてないかもしれん」

 小山が吐き捨てるように言った。私も定礎を確認したが、昭和42年に建設されたマンション。外装はタイル張り、エントランスの内装には大理石が使われた、懐かしくもハイセンスな建物だったが、監視カメラが古いままだった。あれではちょっと当てにならない。

 「セキュリティ、ガバガバですね」

 「まったくだ」

 小山がコーヒーを1口。

 「ザル警備もいいところだ」

 このところ、岸原の件で行動を共にすることも増えているが、小山は意外とオタ用語に詳しい。岸原は鉄道、私は建築物。人にはいろんな趣味がある。そのうちに聞いてみてもいいかもしれない。

 「マンションの監視カメラが生きていれば、いつから帰宅していないかわかるんだがなぁ」

 小山の言葉に思考を岸原のことに戻す。

 「ほんまですねぇ」

 私は相槌をうちつつ、何かが引っ掛かった。

 「どこもかしこも監視カメラがある時代に、稼働してないマンションなんて……」

 「部長、それですよ」

 「どれだ?」

 小山はボケるタイプではない。ふざけているわけではないだろうからスルーする。

 「どこでも監視されている時代なんです」

 「そうだ」

 「マンションだけやない。ビルでも道でも、コンビニでもスーパーでも」

 「何が言いたい」

 「そやから、駅でも電車内でも監視カメラが当たり前に設置されています」

 「当たり前じゃないか……そうか!」

 小山が目を見開いた。

 「なんで天下茶屋駅を調べてもらった時に気が付かなかったんだ……いや、そうだ、そうだな。今からでも遅くはないな」

 小山が悔やみつつ、ひとりごちる。

 「マンションの最寄駅は環状線なら天満駅、堺筋線では扇町。どちらも駅と周辺の監視カメラを警察に確認してもらおう」

 「それと、堺筋線の列車内カメラ、念のため環状線もです」

 「無論だ」

 小山は残っていたコーヒーを勢いよく飲み干すと立ち上がった。

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