5 いまどきの猫

 とりあえず子猫の面倒をみる戦力として、僕から提案できる味方はいない。父はなんだかよく分からない病気でずっと前から入院しているし、祖父も母も故人だ。

 モニョり顔をしている小鳥に聞いてみる。


「小鳥の家族って動物はどうなの」


「わたしとあんまし変わらないかな……ああでも母は猫を悪魔の使いかなんかだと思ってる。子供のころ家にクソほども懐かない猫がいて、噛まれたり夏休みの工作の宿題を壊されたり布団におしっこされたりしたらしくて」


 それでは望み薄ではないか……。

 調べたら子猫に留守番させるのはやっぱり無理だし、ホームセンターに入っているペットホテルでも子猫は預かってもらえないようだった。

 どう考えても小鳥の両親に預けるほかない。とりあえずトラジマコーサクはランチを終えてお腹いっぱいで寝ているので、そっとしておいて小鳥の家に直談判に向かう。


 小鳥の家は「ファンシーうみなか」の真裏にあり、いまちょうどおじさんがネット注文された商品を近くの運送屋に持ち込んで帰ってきたところだった。


「こんにちは」


「ああ、ガクくん。こんにちは。お昼一緒に食べるかい? うん、そうしよう」


 というわけで半ば強引に、小鳥の家に引っ張り込まれた。おばさんがちょうどトウモロコシご飯を炊いたところで、ほかほかといい匂いがする。


「あらぁガクくん。この人たち少食で食べさせ甲斐がないから食べていって」


 おばさんはトウモロコシご飯にバターをのせてちゃぶ台にでんでんでんでんと茶碗を並べた。胃が空腹を主張する。


「今回はお願いがあって来たんです」


 おじさんが唾を飲む音がした。


「いえ、そういうのじゃなくて。弊社で、猫を飼い始めたのはご存知ですよね」


「ええ。小鳥がかわいいかわいいって毎日写真を見せてくるわね」


「トラ模様の猫というのはわんぱくだと聞いたが大丈夫かい?」


「ええ、まあ。それでですね、弊社は来週の日曜、隣県のH市にイベント出展することになりまして」


「おお、それはすごい。いただきます」


「いただきます」


「すごいわねえ。いただきます」


「ありがとうございます。いただきます」


 おばさんの炊いたトウモロコシご飯は絶品であった。バターとトウモロコシと、ほんのちょっと入っている醤油が完璧なマリアージュを醸している。

 とりあえずトウモロコシご飯を飲み込み、座布団を外す。


「イベント出展の間、朝から夕方まで……猫社員を預かってはくれないでしょうか!!!!」


「えええーっ!? 猫ぉ!? いやだわ!!」


「おおおーっ!! 猫か!! 面白そう!!」


 そうなのだ、おじさんは面白そうなことになんでも首を突っ込みたがるヘキのある人で、だから小鳥が爆誕したのであるが。


「ちょっとお父さん、面白そうってなによ! ね、猫って賢いんでしょ? お留守番はできないの? ペットホテルは?」


「いまの月齢だとお留守番は難しくて、ペットホテルも子猫は預かれないと……」


「面白そうじゃないかお母さん! やろうやろう! 子供たちが事業をでっかくするチャンスなんだし、応援できることは応援するって決めたじゃないか!」


 事業をでっかくするチャンスというより、単に同人誌即売会に参加するだけなのだが。


「ええ、まあ、そうだけど……噛む? 家の中のものにイタズラする? 粗相する?」


「とりあえず歯が痒いみたいで、おもちゃのエビのぬいぐるみを噛んでることはありますが、人間には手を見せなければそれほど。ケージがあるのでご飯どき以外は入れっぱなしで大丈夫です。トイレは完璧に覚えてます」


「いまどきの猫は賢いのねえ」


 どうやらおばさんは猫に噛まれたり夏休みの工作を壊されたり粗相されたりしたのをよほど恨んでいたらしい。まあ昭和の猫であれば外飼いでお腹が減って気が立っていただろうし、トイレは外でしてくるだろうからいきなり布団に粗相されたら誤解もするというものだ。


 とりあえずトラジマコーサクがお利口さんであることを理解してもらい、1日預かってもらう約束をした。


 そういうわけで仏滅の日曜日。隣県の大きめの街で行われる同人誌即売会に向かうべく、僕はトラジマコーサクを海中家に預けた。おばさんはトラジマコーサクを見て、「かわいい……」とつぶやいた。


「1時間おきくらいでどうしてるか連絡ちょうだい。気になって仕事にならないから」


 小鳥はおじさんにそう言ってから、僕の車の助手席に乗り込んだ。


「どうぞよろしくお願いします」


 僕もおじさんに頭を下げた。


「まかしといて。私は実のところけっこう動物が好きでね、お母さん……家内が動物を嫌うもんで、一生動物とは無縁だろうなあって思ってたんだ。いい機会をありがとう」


 というわけで、僕は車の運転席に乗り込んだ。目指すは隣県H市の結婚式場である。仏滅の日は結婚式を挙げる人がいないので、大ホールでオタクイベントが開けるらしい。


「さて……旅のお供と言えば音楽」


 小鳥はなにやらスマホをいじり、僕がいままで使ったことのないブルートゥースステレオでなにやらVシンガーの楽曲を流し始めた。ちょっと作り物っぽい声がかわいい。


 県境を越えたら田んぼだったところがりんご畑になった。しばらくりんご畑に沿って進むと、開けたちょっとした街が見えてきた。オタクショップの入ったビルや、でっかいデパートがあり、子供のころ家族で遊びにきたことを思い出した。地元にはないシネコンや脂っこいラーメンを出す店もある。

 駅からは推し活バッグを持った人や、コスプレ用品が入っているらしいキャリーをがらがら引っ張っている人たちが吐き出されていて、僕と小鳥はこれから行くところが「同人誌即売会」であることを再確認したのだった。

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