4 問題浮上

 トラジマコーサクはすっかりボヤイターの人気者になってしまった。毎日、トラジマコーサクのことをポストするたびにすごい勢いでバズって、フォロワーもドンドコ増えていく。


「よし! 5台目できた! 売る!」


 そんな声が作業台から上がった。小鳥が「自動猫じゃらし機」を実際に販売すると作り始めて3日。試作を1度作ればあとはどんどん作れるらしい。

 小鳥は「うたうとり商会」の公式ホームページの販売カートに「自動猫じゃらし機」を登録し、ボヤイターで『本日正午より自動猫じゃらし機を5台販売します!』と告知した。


 あっという間にリプライがブワワワとつく。昔からときどき変なものを結構な額で買ってくれていた古参のひとが、「すごい! 欲しいです! ネコチャンいないけど!」とリプライをくれた。


 買ってくれる人いるのかな。ドキドキしながら、正午にランチパックをモグモグしながら、小鳥がショップをオープンする。


「おっ、早速1個売れた。よしゃよしゃ……おん? もう1個売れた」


 そんな調子で、3分もしないうちに5つぜんぶ売れてしまった。なんということだ。


「値段、いくらにしたの?」


「1台1万5000円、送料込み」


 なかなかふっかけたように思ったが、まあ順当な対価だろうと思われる。


「次はなに作ろっかな。ガク、なんかアイディアない? いまだに誰も見たことのない楽しいアイテム」


 そう言われたってすぐ思いつくものではない。しばらくアイディア出しのためにトラジマコーサクと遊んでやることにした。トラジマコーサクは楽しそうにこちょこちょパッをしている。

 こちょこちょ遊びに飽きたら母猫が恋しいのか、ソファに置かれたクッションをこね始めた。ふみふみ……ふみふみ……とやっている。地鳴りみたいなゴロゴロ音もついてきた。クッションを揉んでも乳が出るわけではないのだが。

 そのあとトラジマコーサクは寝てしまった。気持ちよさそうにスンヤリと寝ている。かわいい。


「猫は気楽でいいねえ」


 僕はトラジマコーサクを見てため息をついた。

 でも僕だっていつまでもぐうたらしているわけにいかないので、小鳥に提案する。


「トラジマコーサクのグッズとか作って、自動猫じゃらし機ももう何台か作って、同人誌即売会に持ち込むのはどうだろう」


「なぬ、同人誌即売会ですと? このクソ田舎で?」


「県境跨いですぐのとこでやるらしいよ。仏滅日曜友の会ってやつ。来月だって」


 僕は商店街で頑張る数少ないお店、「画材の虹山」でもらってきたチラシをテーブルの上に置いた。

 ポップなキャラクターのイラストの入ったチラシには申し込み用紙がついていて、全40スペースの、田舎としてはなかなかの規模の同人誌即売会であるようだった。


「いいじゃん! やろうやろう! 申し込み用紙とかお願いしていい?」


「うん、わかった。定額小為替じゃなくて振り込みなのかぁ」


「そんな、平成の同人誌即売会じゃないんだから、きょうび定額小為替なんて使わんでしょ」


 というわけで、うたうとり商会は「ジャンル・オリジナル」と書きこみ、サークルカットも僕が描いて(商業高校の美術の時間にデザインをめちゃめちゃやらされたのでこういうのは得意なのだ)、郵便で申し込み用紙を送った。少ししたら振り込みの案内がスマホにメールで来たので、銀行に行って支払ってきた。


 しかし売り物が自動猫じゃらし機と、通販で申し込めるグッズだけでは物足りない。なにか別のものも頒布したいなあ、と考える。


 そこで小鳥に提案してみる。


「トラジマコーサクの日常をこっそり日記につけてたんだけど、これ同人誌にして売れないかな」


「そんな日記書いてたの!?」


 僕は頷いた。

 トラジマコーサクが来てから、僕は毎日スマホの非公開日記アプリにトラジマコーサクの日常をメモしていた。

 トラジマコーサクとの楽しい日々を、コツコツ書くのはやっぱり楽しい。どんなブツをお出しされたか、なにをして遊んだか、なにを壊したか。そういうことをコツコツ記録していたのだ。


 トラジマコーサクはずいぶん大きくなって、うたうとり商会の店内をウロウロして遊ぶようになった。感覚としては小学校低学年くらいだろうか。

 だから昼ご飯のアジフライを盗られた、とか、鉢植えの観葉植物を掘り返されたとか、そういうことを日記に書いていた。

 とりあえずそれをテキストファイルに出力し、しっかり校正して、ワードに流し込んで体裁を整え、簡易なコピー本を作った。10部くらいあれば充分だろう。


 その少し後、自動猫じゃらし機の購入者からの動画がドンドコボヤイターに送られてきた。いろんなお家の猫さんが、老いも若きも楽しそうに遊んでいて、僕と小鳥はニンマリした。


 そうこうしているうちにイベントの当落と配置の手紙が来た。入り口からもコスプレスペースからも近いところだ。ワクワクする。

 小鳥のほうは「えっ、ドール展示スペースまであるの!? だれ連れてこう……」となっている。僕はこのドールさんというのがちょっと苦手で、小鳥が猫を苦手としていたように、そこにはワクワクしないのだった。


 しかし、ここで問題が浮上した。

 イベントに参加するとなると朝一番で車移動しなくてはならない。そしてアフターに参加しないで帰ってくるにしても、撤収の時間までいたら思いっきり夕方にならないと帰り着くことはできない。

 その間、トラジマコーサクをどうしたものだろう。小学校低学年程度の猫に留守番はさせられない。そんな大事なことが、見事にすっぽ抜けていたのだった。

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