3 弊社の社員

 2日ほどで、「試作型自動猫じゃらし機」が出来上がった。小鳥は中学校にろくにいかずに機械いじりやプログラミングを勉強し続けた人なので、その辺のエンジニアには負けないレベルでモノづくりができる。

 この「自動猫じゃらし機」は、専用の猫じゃらしがいらず、ふつうにホームセンターなどのお店で売っている猫じゃらしならたいがいなんでも合うようにできている。さっそく、トラジマコーサクがやってきた次の日に小鳥が買ってきた猫じゃらしをかちりとセットし、電源をいれる。


 自動猫じゃらし機はまるで人間がそうするように猫じゃらしをふるふるさせ始めた。ほどよくムラのある動きをするのもなかなか上手い。

 その前にトラジマコーサクを連れていく。ちょうどキャットケージの中で退屈そうにしていたところだったので、猫じゃらしを見て猛然と遊び始めた。

 トラジマコーサクは息切れするまで猫じゃらしにハッスルした。さすがにこれ以上興奮したら体に悪そうなので自動猫じゃらし機の電源を切る。なんと単三乾電池2本で動く。


 その様子を動画に撮影していたので、さっそく「うたうとり商会」の公式ボヤイターにUPする。

 まあ公式といっても公式マークはついていないし、ただの面白アカウントだと思われているらしいのでフォロワーはさほど多くない。今回も物好きが喜ぶだけだろう。

 しかしその予想は裏切られた。UPした直後に引用リポストされたのだ。その文面を見る。


「うたうとり商会さんが子猫保護してる! お名前を……お名前をば……!」


 いや自動猫じゃらし機じゃなくてトラジマコーサクのほうかい。リプライしてみる。そしてそのリプライをリポストする。


「拡散ありがとうございます! この子猫はトラジマコーサクと言います!」


「平社員トラジマコーサクは草」


「ゆくゆくは社長になるんですねわかります」


「最終的に騎士団長になるんですか?」


「これからもトラジマコーサクくんの写真や動画を楽しみにしてます」


 ……バカウケしてしまった。


 気がつけば最初の「自動猫じゃらし機」のポストはさっくりと万バズしていた。ビビり散らしつつも、万バズしたポストにアマゾンの欲しいものリストを添付してリプライしておく。気がつけばドンドコ購入して送っていただいている。ど、どういうことだ。

 やはりボヤイター最強のコンテンツだったか、猫。トラジマコーサクは暴れ回って疲れたのか電池が切れたみたいに寝ていた。


 結局バズっただけでなにも稼げないまま、トラジマコーサクのワクチン接種の日がきた。そのころには風邪はすっかり治って、元気そのもので大暴れするようになった。

 でもボヤイターにUPしたアマゾンの欲しいものリストに子猫用キャットフードを入れておいておかげで、トラジマコーサクがひもじくなることはなかった。ありがとうボヤイター!


 車を走らせて愛野動物病院に向かう。獣医さんはなにやらコワモテのおじさんと楽しそうにおしゃべりをしていた。ヒマだったらしい。コワモテのおじさんは丸々と太ったブルドッグを連れていて、ブルドッグは獣医さんが怖いのかずっとピーピー鼻を鳴らしていた。


「じゃあドロンします」


「次はもうちょっと早めに来てください。放っておくとお尻が化膿しますからね。霧谷さんはワクチンですね。名前は決まりました?」


「トラジマコーサクです」


「なるほど。島耕作ですか。ほだされてずっとお家に置いておきたくなったりしませんか?」


 小鳥がずいっと顔を出した。


「わたしたち、『役に立たないけど面白いものを作る』っていう会社をやってるんですけど、自動猫じゃらし機を作ってSNSに載せたらものすっごいバズりまして」


「おー、すごいじゃないですか。SNSはよくわかんないですけどバズるって言葉は知ってますよ」


「なんていうか、猫のために楽しいものを作れば、それなりに需要があると思うんです。なので、トラジマコーサクくんを、弊社の社員にしたいと思い始めまして」


 え。


 ちょっと待って。小鳥は猫が苦手って言ってたんじゃなかった? トラジマコーサクを保護するのもあまり乗り気でないんでなかった?


「自動猫じゃらし機、需要がありそうなので手作業ながらいくつか作って、ネット販売してみようと思ってるんです」


 え。


 ちょっと待って。それも初耳だったんですけど。


「素敵じゃないですか! 応援しますよ! よし、コーサクくん。お注射ぶすっとしようね」


 キャリーからトラジマコーサクを取り出し、診察台に載せる。特に怖いとは思っていないようだ。

 獣医さんはトラジマコーサクの耳に体温計をかざし、平熱であることを確認して、ぶすりと注射をした。1発5千円が一瞬で注入される。

 ついでに猫エイズと猫白血病も調べてもらったが、どちらも問題なしだった。

 トラジマコーサクをキャリーに戻し、代金を支払い、予防接種の証明書をペット手帳とやらに挟んでもらって受け取った。


「じゃあなんにもなければ1ヶ月後また来てください」


「わかりました。ありがとうございます」


 頭を下げる。やっぱりスクラブシャツの下に十字架のタトゥーが見える。動物病院の中には猫の写真に聖書の言葉を添えた謎のカレンダーがかけられていた。

 ただの熱心すぎるクリスチャンなんじゃないの? と思いつつ、「うたうとり商会」に戻ってきた。またアマゾン欲しいものリストに入れておいたキャットフードが置き配されていた。


 こうして、平社員トラジマコーサクを加えた「うたうとり商会」は、「猫のための、役に立たないけれど面白いものを作る」会社となったのである。

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