2 全自動猫じゃらし機

 ガツガツと子猫用キャットフードを食べまくるトラジマコーサクを見つつ、小鳥と今後のことを話し合う。

 トラジマコーサクはもう少し大きくなったら新しい飼い主を探すとして、しかしそれまでは僕らが養わねばならない。


 僕の父は病気で長期入院していて、母は亡くなっている。小鳥のところはおじさんもおばさんも健在だが、おもちゃのネットショップをやってどうにか生きている感じだ。小鳥が好きな、いわゆる「ドールさん」の類や、美少女フィギュアなどを販売していて、小鳥がネットショップを担当している。


 正直「うたうとり商会」はゲルピンであった。

 さきほど愛野動物病院で聞いてきた話によると、ワクチン注射は1発5000円で、子猫は1ヶ月間を開けて2発打たねばならないらしい。それもそうだし猫白血病や猫エイズなどの難病を抱えてはいないか、という血液検査もせねばならず、それも結構お金が出ていくらしい。


「なにか作って売るしかないね」


 小鳥は天井を見つめた。


「そうだね……」


「ボヤイターにトラジマコーサクのことUPするのはもうちょっと健康になってからのほうがいいよね?」


「さっそくコンテンツ化するつもりだな」


 小鳥はヒヒ、と笑った。


「わたしは人生の全てをコンテンツにしないと気が済まない性分でね」


 ちらりとトラジマコーサクを見る。ヘソ天で夢のなかだ。羨ましい。

 猫というのはなにも考えなくていいのだ。楽しく生きていればそれでいい。なんて気楽な生き物だろう。


 とりあえずその日の仕事は終了にした。トラジマコーサクに抗生物質のシロップとブドウ糖のシロップを飲ませる。嫌がったが意外とおとなしく、「えれえれ……」と飲んでくれた。

 おとなしいのは風邪っぴきだからではないか、という恐ろしい予感がよぎる。


 その日はそこで解散になった。僕はトラジマコーサクを寂しがらせないように、「うたうとり商会」の事務所、つまり霧谷呉服店の店先で寝ることにした。エアコンがないのは僕の部屋と同じだし、夜になればそこそこ涼しいはずだ。


 ◇◇◇◇


 案の定、夜になってしまえば霧谷呉服店は涼しかった。試着コーナーの古い畳に寝転がって寝ようとしたら、トラジマコーサクはぴいぴいと鳴いて騒いだ。どうやら母猫がいなくて不安らしい。

 やかましくて一晩ろくに眠れないまま朝になった。体を起こして、トラジマコーサクにキャットフードを与える支度をしていると、シャッターがとんとんと叩かれた。

 なんだなんだ。開けてみると小鳥だった。


「どしたのこんな朝こっ早くから」


「な、なんでもないよ?」


 そう言いつつも、どうやら朝早くからやっている郊外のホームセンターで買ってきたらしい猫のおもちゃやおやつを後ろ手に持っていた。


「猫嫌いなんじゃなかったっけ?」


「小学生のころアサガオの観察をしようとして鉢を家に持ってきたら野良猫にメチャメチャにひっくり返されて、それから猫はあんまり好きじゃないけど、子猫は特別だから」


 さっそく、キャットフードを食べたばかりのトラジマコーサクに子猫用のちゅーるを与えている。トラジマコーサクは未知の美食に夢中だ。


「せいぜい1ヶ月か2ヶ月だもん、可愛がってあげなくちゃ」


 ははぁん。

 すっかりほだされているな?


「さ、お仕事! トラジマコーサクのご飯代稼がなくちゃね!」


「……全自動猫じゃらし、っていうのはどうだろう」


「……全自動猫じゃらし? どんなの?」


 弊社「うたうとり商会」では、僕がアイディアを出してそれを小鳥が具現化する、ということをしている。僕が考えたのは、取り付けた猫じゃらしがランダムに動いて猫と遊んでくれる機械だった。


「ランダムに動く……か。それなら既存の、ちょうちょがバタバタ動くオモチャと差別化できるね」


「猫が近づいたときだけ遊んでくれる、とか」


「ふむ、それは作り甲斐がありそうだね」


 というわけで小鳥は図面を引き始めた。結構簡単に作れそうだよ、と小鳥は言っている。


 ふと僕はトラジマコーサクのほうを見た。トイレに入って「キュー……キュー……」と鳴いている。

 そういえばきのうはUNKOをしてなかったな。見ればトラジマコーサクは子猫とは思われぬ立派なブツをお出ししていた。


「子猫ってUNKOするときキューキュー鳴くんだね」


「なにそれかわいい」


 小鳥は必要なパーツを見繕った。二人で近所の部品屋さんに行く。昔はプラモデルも扱っていたが、いまではすっかり業者御用達の部品屋さんだ。


「お、お熱いのが来たな」


 部品屋の親父殿はニコニコして、僕にはなんなのかさっぱりわからないパーツを小鳥の言うままホイホイと用意し、格安で売ってくれた。


「別にお熱くはないです。こんなのと一緒にいたら暑苦しくてたまりませんよ」


 小鳥はそう言い、つかつかと部品屋を出た。僕もついていく。これは帳簿につけなければならない。「うたうとり商会」の建物に入り、小鳥は早速ハンダごてで組み立てを始める。僕は親父殿から受けとった、いまどき珍しい紫インクのレシートを見て帳簿につける。


 どうやら小鳥は簡単なコンピュータで乱数を発生させて動くオモチャを作る気らしい。そんなややこしいものが簡単に作れるのだろうか。心配していたらあっという間に組み立て終わり、小鳥はプログラミングに取り掛かった。仕事が早すぎる。

 僕にできることはないので、そろそろ2回目の食事の時間であるトラジマコーサクにキャットフードを与えた。やっぱりモリモリ食べていて幸せそうなのであった。

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