ねこ社員トラジマコーサク

金澤流都

1 トラジマコーサク、あらわる

 暑い。扇風機がぶーんと回っている。エアコンをつけたいと思ったが昭和の呉服屋の店先にそんなもんはないのだ。

 いまは小学校にも冷房のある素晴らしき令和だというのに、祖父の代で途絶えてしまった「霧谷呉服店」は、各種商店で鮨詰めの、いや鮨詰めだったシャッター商店街のなかにあり、室外機を置く場所がない。


「あっついねえ……パソコンが悲鳴あげてるよ……」


 相棒の海中小鳥が、さっきからファンが回りっぱなしのパソコンをげんなりした顔で見る。それはしょうがないがパソコンが壊れたら新しいパソコン代がおよそ10万円吹っ飛ぶのでとりあえずパソコンを止めてもらう。


「そうだなぁ……ホームセンターとか家電量販店にないかな、パソコン用の通気性のいい台」


「ホームセンターも家電量販店も、ぜんぶこの街に後から来てのさばってるじゃん! 家電量販店にバカみたいな大きさのオモチャのコーナーがあるから、うちの商売立ち行かなくなったんだからね!?」


 小鳥の家はもともと「ファンシーうみなか」というちょっとしたおもちゃ屋さんだった。やっぱりこの商店街にあって、いまはシャッターが閉められている。


「ガクはさあ、気楽すぎるんだよ。この商店街の未来はあたしらにかかってるんだよ!?」


 僕の名前は霧谷楽という。楽は「ガク」と読む。


「そんな、未来を背負って立つほどのものじゃないでしょ。仕事のモットーが『役に立たないけれど面白いものを作る』ことなんだから」


「うぬう……」


 小鳥は鼻のあたりにしわを寄せた。


 僕と小鳥は「うたうとり商会」という、「役に立たないけれど面白いものを作る」会社、というのを立ち上げて、僕の実家を使って仕事をしている。といってももっぱらSNSで大喜利に興じたりホワイトボードに謎の文章を走り書きするだけの気楽な商売だ。

 なのでたまに商品が出来上がってももっぱらSNSで欲しがっている人に売るだけなので、大した稼ぎはない。アイディアを出す過程が楽しいのであって、僕も小鳥も製品を完成させてしまうとそれで飽きてしまうのだ。

 僕も小鳥もいわゆる無職なので、無収入よりかはマシであろう、とこの商売をしている。小鳥はパワハラ高校でメンタルをやられ、僕は祖父の呉服店を継ぐつもりで商業高校を出たのに祖父が勝手に商売を畳んでしまいこういうことになった。


 とりあえずクーリングタイムにしよう。このご時世である、高校球児だって休憩する。小さな冷蔵庫を開けて冷たいコーラを出そうとしたとき、壁の向こうでなにか微かな物音が聞こえた。


「なんだろ」


「え? なにが?」


 僕は勝手口から外に出る。細い、人ひとり通り抜けるのがやっとの裏道に積まれたガラクタの山から、なにやらぴいぴいと動物の声がする。

 ガラクタの山からガラクタをいくらかどかしてみると、ぴいぴい鳴いている動物の正体がわかった。


 猫だ。

 トラ模様の子猫である。母猫に見捨てられたのだろうか。急いで小鳥を呼んできて、どうしようかと尋ねる。


「猫かあ……あんまし得意じゃないけど……ちょっと待ってね」


 スマホをすごい勢いでいじり、小鳥は「子猫 保護」で検索をかける。親猫が戻ってくるかもしれないので様子を見ろ、という情報が出てきたので、僕と小鳥は仕事をほっぽり出して子猫を観察することにした。もとから仕事らしいことなんてしていないのだが。


 いわゆる茶トラだろうか。子猫は目やにがひどく、毛並みもボサボサだ。もしかしたら母猫に捨てられたのかもしれない。その予想は正解のようで、待てども暮らせども母猫はやってこなかった。


「これは保護一択じゃないか?」


「ええ……猫……? やめとこうよ……」


「それなら飼いたい人が見つかるまで預かる、ってことにしようぜ。こんなちっちゃい生き物が助けを求めてるんだぞ、放っておけないよ」


「まあそれが正論ではある……なんにせよとりあえず獣医さんに連れていったほうがよさそうだね」


 どうやらすでに「子猫 目やに」かなにかでググったらしい。子猫はよく見えていないのか、簡単に捕まえることができた。


 とりあえず子猫を洗濯ネットに入れて、弊社の社用車(つまり僕の車)に乗り込み、小鳥の膝に子猫を載せる。いちばん近い動物病院は車で10分くらいの、ネオン街にある「愛野動物病院」である。

 動物病院は空いていた。隣町に設備のすごい動物病院ができたからだろうか。すぐ診察室に通され、子猫は目薬を注され耳をほじられ、軽い風邪ということで抗生物質と栄養剤が出た。

 獣医さんは怖い顔をしたお爺さんだったが、ニコニコと恵比寿顔で子猫を診ているところを見ればいい人なのであろう。

 しかしスクラブシャツの襟口から、十字架のタトゥーが見える。やっぱりちょっと怖い。


「健康になったら病気を調べて、ワクチンを打てたら飼い主になってくれる人を探しましょう」


 獣医さんはそう言い、にかっと笑った。


 というわけで猫を飼うのに必要な資材をかかえて、僕と小鳥は霧谷呉服店の建物に戻ってきた。キャットケージを組み立てる。


「仮の名前が必要だな」


「名前。トラジマコーサクでよくない? 弊社の3人目の社員だし」


 小鳥のアイディアは大変冴えていた。トラジマコーサクはなにも知らずに、子猫用のキャットフードをがつがつと食べていた。大変気楽なやつだなあ、と思った。(つづく)

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