推しの推しは俺!?

パレット

第1話 推しの推し

 推し……それは主にアイドルや俳優に用いられる言葉。最近では、アニメやVtuberにも使われている。そう、つまり何を言いたいか……俺には推しがいる。

これはフィクションだということを忘れずに……


 学校のチャイムが校内に響き渡る。そのチャイムが鳴ることで、生徒の自由時間が始まる。つまり、放課後がやってくる。部活に行く者もいれば、遊びに行く者、習い事に行く者もいたり、みなそれぞれの時間を過ごす。

「おーい、しゅう。部活いこーぜ」

「あぁ……」

 机に突っ伏して、やる気のない返事ををするこの男――天川あまかわしゅう

「お前、いつもやる気ねぇよな。もう、高校生になって三か月経つけど、友達できたか? お前、結構素っ気なくてあんま人と話さないし、目つき怖くて話しかけづらいから、心配だぞ」

 そして、この見るからに元気で明るい男――音楽湊。湊とは小学生の頃からの友達だ。湊はコミュ力が高く、同学年の人はみんな友達という桁外れの陽キャだ。正直そんな湊に、嫉妬している自分がいる。

「いや、湊以外できてない……」

「えー、そろそろつくれよ。でも、こんなヤツでもモテるってのが気にくわねぇ……」

「いや、モテねぇよ」

 相変わらずな湊のお世辞に、俺は少しうんざりきていた。これまでの人生、友達は一人しかいなくて、いつもやる気無さそうにしてるのにモテるはずがない。

「もう少し、自覚しようか」

「は?」

 二人が会話を続けていると、いつの間にか部室に着いていた。部室の扉には、手書きで『放送室』と書いてあった。その扉を湊は元気良く開ける。

「こんちはー!」

「お、来たか二人共」

「姫嶋先輩ちぃーす!」

「みなちゃん、しゅうちゃんちぃーす! いつもどおり、みなちゃん元気だなー。そして、相変わらずしゅうちゃんは、暗いなー。もうちょい笑顔だったら、優良物件なんだけどなー。身長高いし、まあ勉強出来るし、スポーツは得意、気づかいできる……あれ、結構既に優良物件じゃね?」

「そうなんすよ、こいつ結構優良物件なんすよ。なのに、素っ気ない態度とったり、怖い雰囲気出してるから人が寄って来ないんすよ。目とか軽く何人か殺ってる目してるし……」

 二人は柊の親かのように、柊について話しまくっている。その間の柊は、部室にあったヘッドホンをスマホに繋げ音楽を聴き始め、机に突っ伏してしまった。

「あ、柊の睡眠モードだ」

「あーまじ? 寝るモードに入って早々悪いけど、部長来る時間だから起こさないと」

「そういや、今日なんで急に部活することになったんすか? 今日休みでしたよね」

「あーなんかね、コンテストについての話し合いをするって言ってたよ。たしか―」

 姫嶋先輩が話している最中、急に扉が勢いよく開いた。そこには、大量のプリントと配線コードを持って顔が隠れている一人の女子生徒が立っていた。

「動画コンテストに出るんだ」

「動画コンテスト? いきなりっすねー部長。どんなコンテストなんですか?」

「学校を紹介するコンテストで、なんとそのコンテストで一位を取ると百万円の賞金だ」

「百万!? ヤバ! めっちゃ欲しい!」

「今部員は五人だから、一人二十五万!?」

 姫嶋先輩と湊が大きい声で盛り上がっているが、部長は冷静に仁王立ちしている。その空間をもろともせずに、柊は寝ている。エアコンが効いているおかげか、寝心地は良さそうだ。

「ところで、何故こいつは寝ているんだ?」

 姫嶋と湊は、急に静かになる。一人の発言で、その場の空気が一瞬で変わった。空気が冷たくなってきているのが分かる。

「いや……あーなんていうか……睡眠……?」

「睡眠……か。貴重な部活の時間にか?」

「は、はい……」

 女子生徒は柊のヘッドホンを取る。取ったヘッドホンからは明るい音楽が流れている。柊はヘッドホンを取られても起きない。

「何故こいつは、放送部の機材を勝手に使っているんだ? おい、起きろ」

「……、……ん? あ、おはようございます。部長いつ来たんですか」

「柊、私はこの前も言ったよな。勝手に機材を使うなと。そして、部室で寝るなと。もう、忘れたのか?」

「す、すいません……」

 周りから、暗くて怖いと言われている柊が、部長に対しては、敬意を示しているのか従順になる。その光景が姫嶋先輩と湊にとっては、不思議でしかなかった。

「まあ、いい。さっきの続きだ。このコンテストの締め切りは、八月二十一日。それまでに、学校を紹介する動画を撮影、編集しないといけない。今ここには居ないが、編集は副部長にメインでやってもらう。そして、私たちは撮影をメインに行う。それに伴い今日は、動画のテーマを決めてもらう。何か良い案はないか?」

 三人が考え込む。中々良い案が出ないのか、誰も案を出さずに、眉間にしわを寄せている。

「んー無難に、日常生活とかどうですか? 日常生活だったら、一日の流れなどがよく伝わって、青春ぽいのが撮れるんじゃないすか? 俺天才か……?」

「私も湊と同じことを考えたのだが、それだと他の学校と被ってしまう可能性が高い」

「部長……一つ質問なんですけど……」

「ん、珍しいな天川が質問なんて。なんだ?」

「そのコンテストは動画の時間が決まってるんですか……?」

「あぁ、五分だ。五分以内の動画を提出しなければならない」

 柊は、少し考え自分の意見をまとめてから発言する。

「じゃあ、一日ではなく一年の流れにしましょう。一日だと、登校して授業受けて飯食って、また授業して部活行くか、遊ぶか、帰るかです。そういったのよりも、学校の特徴を生かした方が良いと思います」

「この学校の特徴ってなんかあったっけ? この学校三年いるけど分からん……」

 姫嶋先輩と湊が再び深く考える。しかし、中々特徴が分からず湊の頭から湯気が出てき始めた。日頃使わない頭を使っているのが原因だろう。

「なるほど、イベントや行事の多さか……」

「そうです。この学校は他の学校と比べてイベントや行事の数が多いです。中でも、修学旅行です。この学校は二年生の時に一回、三年生の卒業旅行で一回、計二回。そして、三年生の卒業には三年生だけでなく二年生も同伴。こういった学校は他にないと思います」

「確かに、それだと見る側も興味を持つ。だが、それだと五分間の長い動画だと、ただ楽しんでいる動画しか流れず、飽きられてしまう可能性が高いぞ」

「なので、そこにストーリーを加えましょう」

「ストーリーだと?」

 完全に部長と天川二人だけの空間だ。姫嶋先輩と湊は話についていけず、完全に置いてけぼりだ。それでも、湊は必死についていこうとするが、頭の容量がオーバーしたのか再び頭から湯気がでてきている。

「あーもしかして、そのストーリーって恋愛系? たしかに、恋愛系なら見る側も次の展開が気になって、飽きることなく見てもらえるかもね」

「姫嶋はそういうのに詳しいのか?」

「もちろん! 高校生の恋愛といえば甘酸っぱい恋! 好きな人がいる……でも、その気持ちを上手く相手に伝えることができずに、少しずつ日が進んで行き気付けば三年最後の行事……卒業式。そこで、自分の気持ちを好きな人に伝える……最高の展開だ」

 柊、湊の二人は、あまりに熱く語る姫嶋先輩を一歩引いた場所から、見とくことしかできなかった。しかし、部長は姫嶋の話を真剣に聞いていた。姫嶋先輩も真剣に聞いてくれる部長に答えるように、熱き語らいは続いた。

「てな感じです……伝わりました?」

「なるほど……深いな」

「そうなんです!」

「柊、姫嶋先輩の話ついていけたか? ちなみにオレはついていけなかった」

「俺もだ……」

 柊と湊は、部長を尊敬の眼差しで見ていた。

 部長がふと時計をみると、時計の針が十八時二十分を指していた。今は夏だが、この学校の規則で部活は十八時半までとなっている。過去に悪ふざけで、夜遅くに校舎内で肝試しを人がいたため、このような規則が作られた。

「しまった、もうこんな時間か。今日はここまでだ。この話の続きは水曜だ」

 これで、その日の部活は終了した。


 そして、いつもどおりの帰路。毎日見るコンビニに、点滅している街灯。子供と手を繋ぎ歩いている親子。変わらない日常だ。

「なあ、柊」

「なに……」

「お前さー、もし二十五万貰えたら何に使う?」

「まず、自分が何に使うか話せよ」

 湊は少し考えてから、パッと思いついたことを話す。

「ゲームか服買う!」

「お前らしいわ……」

「はい、俺話したから次、柊の番!」

「使いたいときに使う……それまでは貯金」

「うっっっわ、真面目」

 歩いている商店街を抜け駅に着く。柊と湊の家は近所だったが、湊とは高校生になってから引っ越した為、柊が乗る電車とは逆の電車に乗る。

「じゃあな、柊! また明日!」」

 湊は柊に向かって大きく手を振る。柊の姿が見えなくなるまで手を振り続ける。湊らしい行動だ。柊も湊を最後まで見届けると、柊も電車に乗り家に帰る。家に帰り

着くのはいつも十九時半をまわっている。

「ただいま……」

「おっかえりー! あぁん、私の可愛い息子! この目力だけで人を怖がらせるのが……良い」

 テンションがこの高く美人な人は、柊の母親――天川

「あーはいはい……みんなまだ帰ってきてないの?」

「そうなのー! だからママすごーく寂しくてー」

「じゃあご飯できたら呼んで」

「何この息子、情無しー。ママ寂しーい!」

「あーはいはーい」

 柊は母親に素っ気ない態度をとって、自室に入ってしまった。その場に残された母親は、頬を赤くしてプクーと膨らませていた。

「そろそろ息子離れしてほしい……。もう、八時前か。急がないと遅れるな」

 制服から部屋着に着替え、パソコンを起動させる。そして、耳にヘッドホンをして準備万端。時計の針が二十時を指した瞬間、いきなり音楽が流れ始める。そして、柊は一呼吸おいて深く深呼吸をする。

「……みみたーん! 今日もカワイイよ! みみたーん!」

 手にはペンライト、頭には推しタオルを巻き、上の服も推しT。その時その瞬間、彼に出来る全力をもって応援している。

「みみたん、みみたん、世界一! そのその歌その声で! 俺等おれらの心を魅了して!」

 柊が画面越しにいる、みみたんを見ているとき部屋のドアがノックされた。ノックは一回で終わらず、何回もノックされた為、仕方なくドアを開けると、そこには柊のお母さんが立っていた。

「メッセージで『ご飯!!!!!』って送ってから三十分経つんだけどー」

「ごめん、気付かなかった。すぐ行くよ」

「また、あの四人組アイドル見てたの?」

「うん」

「ママもアイドルなろうかな! ママがアイドルになったら、しゅうちゃん応援してくれる?」

「やめてくれ……。母さんなら本当になりそうだから怖い」

「えー! ママ嬉しいー! 後でちょっと調べてみよ」

「え、やめてね?」

 柊が一階のリビングに行くと、二人分のご飯しか用意されていなかった。

「あれ、父さんと姉ちゃんは?」

「パパは今日残業エンドデイで、お姉ちゃんは塾で帰るのが遅くなるから先食べててって」

「あね……」

「柊ちゃんと二人きりーうれしいなー。おかわり沢山あるからいっぱい食べてね!」

「……いただきます」

 ご飯を食べ始めると同時にテレビをつける。テレビでは音楽番組を放送をしていた。今流行りの歌手などが多数出演していたが、柊の心を掴むような人は映っていなかった。

『そして、今回スペシャルゲストとして、ピーチティアラのみみさんが来てくださいましたー!』

 ついさっきまで、なんの興味を示していなかった柊が、急に聞き耳をたて、すぐさまテレビ前にかけつけ、正座で姿勢正しくテレビにかじりつく。

「もう! 柊ちゃん! そんなにママとお話したくないの!? ママ泣いちゃう!」

「いや、今ちょっと外せない用ができて」

「あら、そうなの? じゃあその用事終わったらすぐご飯食べて、ママとお話ね」

「うん」

「やったー! 久しぶりに柊ちゃんとお話できるー! テンション上がっちゃうー!」

 このときの柊はテレビに夢中で、母の言葉は一切頭に入っておらず無意識で返事をしていた。

『みみさんにはソロ曲の【推しの推し】を披露してもらいます!』

「なに!? みみたんの初ソロ曲でファン一番人気の【推しの推し】だと!? 録画しなければ」

 柊はすぐさまリモコンを手に持ち番組の録画を始めた。こういうときの動きは、素早く、洗練された動きを見せる。

『みんな、私の曲を聞いて私にメロメロになってね! そして、私を最高最強のアイドルにする為に、私のこと推してね!』

「もちろんだー!」

 柊の声が静かな夜に響き渡った。寝ていた鳥たちも慌てて飛び出すほどの声の大きさだった。

「もう、しゅうちゃん! 夜だから静かに!」

 柊はお母さんに怒られてしまったが、【推しの推し】が流れると再び声を出し、熱い応援を始めた。熱い応援は数分続き、応援後の柊は額から汗が流れていた。

「流石みみたん。最高だ」

「しゅうちゃん、そのままだと風邪引いちゃうからお風呂入ってきなさい! ご飯の

続きはそれから!」

「はい……」

 柊は着替えとタオルを持ってお風呂場へ向かった。汗をかいた後のお風呂場はサウナのように熱く感じた。

「みみたんを見れて良かった。流石俺の――」



あるスタジオの楽屋

「みみちゃん、お疲れ様。今日はこれで終わりだからね」

「はい、ありがとうございます」

「それにしても、今日はいつにも増してご機嫌ね。何か良いことあったの?」

「え、分かりますか? 実は今日私の推しと話すことが出来たんです!」

「良かったじゃない。で、何を話したの?」

「部活の活動でコンテストに提出する動画について話したんです! いつも意見を出さないのに、今日は珍しく自分の意見を言ってたくさん話したんです! 幸せでした! 流石私の――」


『推し』

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