第3話 着火。
忙しなくなる蝉の声。秋の予感がしたのも束の間。やけに肌に纏わりつく制服の感じに辟易していた。とはいえ、確実に秋は訪れている気がした。
自転車を漕いで家を後にする。夏らしい曲を聴きながら坂道を下る。前日が雨だったからか、空気が冷えてる。無論、湿度は依然として高いままだ。それでも、今は心地いい。
学校に着いた。教室に着いてすぐ冷房のありがたさを享受した。その途端に解放されるのを待っていたかのような汗が吹き出てきた。自分の席についてすぐ単語帳を開く。そんな中思った。なんという理想的な席なのだと。黒板から見た時、自分の席は1番右端の窓際だ。アニメや青春モノの小説でよくある席だ。どうでもいいことを考えていると始業のチャイムがなった。今日は始業式。これといって特別な感情は生まれないが唯一気がかりだったのは「元カノ」だった。いやでも視界に入る。その度に心臓が高鳴る。短く切った髪が揺れる。やけに目をひくあの可愛さと仕草。まだ俺を縛っていた。俺の胸の蝋燭に灯っていた火が確実に燃え移った。導火線の終わりまではまだ猶予があるように感じた。
「青春してー。」
「神崎、お前いきなりどうした?」
「井上はわかってねーなー。今日は神社の祭りがあるんだぜ?なのに俺は誰にも誘われてない!!そんなことがあっていいのか?いや、いいわけないだろう?」
「おい神崎、こっちは彼女に振られてんだよ、そのくらい我慢しやがれや。」
「え、嘘だろ?!マジかよ?草ww」
「よし決めた、こいつしばく。」
やっと日常が戻った気がした。こんなふうに友達と馬鹿なことを言い合う。まさに高校生の青春だ。この席から見える景色も、こいつとのじゃれ合いもあと半年で終わるのか。少々気が早いかもしれないが俺はそんなことを思っていた。なぜなら高校1年が気づいたら終わってたからだ。きっと高二も一瞬なんだろうな。そんな高二らしくないことを考えていた。
学校の終了を告げるチャイムと共に俺はピロティーで神崎を待った。
「今日カラオケいってから祭り行こうぜ〜。」
「ありだな。そうしよう。」
俺らはカラオケで大いに盛り上がった。カラオケの前に買ったアイスが一瞬で無くなったのと同じようにいつの間にか10分前のコールが入ってきた。そこから俺らは神社の祭りに行った。人の熱気をこの至近距離で感じたことは今まででなかった。ぬるい温度に若干の不快感を覚えるもののその不快感にはどこか儚さがあった。人の熱気で満ちていたその空間を後に俺らは夜の9時に別れた。
「また明日。」
「おう。」
その日の夜は気分が高揚して眠れなかった。ふと、「元カノ」が頭をよぎる。考えることがない時はあいつが俺の頭を侵略してくる。今日は「元カノ」とどうでもいいラインを深夜まで続けた。冷奴の話、好きな歌い手の話、直近であった模試の話。どうでもいい話で盛り上がった。と、思う。気づいたら朝を迎えてた。
「いつも通りだったな。」
そう呟いた。今日の朝は心地よかった。木漏れ日を体で受け止め、かすかな金木犀の匂いが鼻を掠めた。そんな今日も暑い。
二学期も始まり、早くも文化祭まであと2週間を切っていた。クラスの出し物は正直まだまだだった。焦燥感を抱きながらもあまり仕事のできていない自分に嫌気がさしていた。俺は電動ドリル取りに文化祭準備室に入った。心臓が高鳴る。鼓動が早くなるのを感じる。窓から入る光に照らされていたのは「元カノ」だった。彼女は文化祭委員の1人だった。そんな彼女は今日の準備室担当だったらしい。できるだけ平然な顔をして電動ドリルを手に取る。そこで気づいた。自分は気まずくならないような努力をしていたはずなのにどうして。どうして、こんなにも変に意識するのだろうか。彼女を横目で見る。なんともない顔で仕事をしていた。胸の穴が久しぶりに存在感を示した。意地悪げに、遠慮なく。そんな穴からは哀愁と、なんとも言えない嬉しさが零れていた。そっとその穴に蓋をしてこの空間を後にして教室に戻る。その日は「元カノ」が頭にこびりついて離れなかった。
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