第2話 かわりのないひと
自分の意思が砕けてから2日、いつもと変わらない日常を過ごしていた俺が気づいたことがあった。失恋の傷が思ったよりも深かったことに。理由を考えた。相手を祝福した心とは裏腹に、青崎の朗報を経て自分の心に影が宿っていた。最低だとわかっていた。でも空いた穴はどうしてもこっちを覗いてきてた。その日の天気もあってか、自分の心は普段よりも仄暗かった。何かきっかけさえあれば「元カノ」に近づけるのに。そう思いながらなんでもない日々を過ごしていた。そんな過ぎ行く時間の中で一つだけ、ただ一つだけ霧がかっていたことがあった。「元カノ」との別れ話のことだ。正直、気が動転していた。唐突な「元カノ」からのラインに自分はただ無抵抗に目の前の文字に殴りつけられていた。彼女の文面は至って真面目で落ち度がなかった。自分が振る相手をある程度傷つけ、しっかりと突き放した上で再度友達なろうという提案をしてくれたのだから。彼女はわかっていた。俺の心が意外と弱いことに。俺は自分の目を信じたくなかった。けど、現実は甘くない。震える指でスマホの液晶画面をタップした。彼女と同じように真面目な文面で相手に感謝を伝えた。そして別れを潔く認めた。なのに、その時に正直になれなかった自分の気持ちが今でも心を撫でる。そうか、元々心に霧なんかなかったのだ。わかっていたことを認めたくない脆弱な自分がいただけだった。その心は花緑青のような色をまといながらもかすかに光を通していた。わかってた。わかってた。わかってた。怖かった。ただそれだけだったんだ。自分の気持ちで相手がさらに困ることを恐れてた。だから言えなかった。
「本心…まだ、まにあうかな。」
珍しく弱さが口を伝った。窓からは外がはっきりと見えない。雨の雫が窓を這う。その窓には結露ができていた。いつもは隠してる弱さ。好きな人には正直でいようと思った。
その日の夜は悩みに悩んだ末「元カノ」に伝えた。あの日の夜が蘇る。心に膜を張った惨めな自分が生まれたあの日が。
「いきなりですまん。伝えきれなかったことがあるから言いたい。」
指で矢印を押す。そこからはも後戻りはしなかった。さらにラインを続ける。
「無視してもらっても構わないからこのメッセージを見て欲しい。」
「潔く別れを認めたけどさ、正直別れたくないです。このメッセージには無反応で結構です。潔く別れを認めたのは俺の虚勢。以上です。」
伝えた。拙い日本語で、少ない日本語で、言葉を紡いだ。これが今の限界だった。
しばらくして「元カノ」から返信が来た。
「あほか。」
真意は分からなかった。ただ心が溜息をついた。「元カノ」らしい返答で安堵した。それに対して俺は、
「いや〜、実に真面目な感じですな僕。全然俺らしくないからなんか違和感あったよね??いや〜人は不思議だね。」
拍子抜けかもしれないが自分はこういうタチだ。軽い。とにかく軽い。それでも相手は、相手だけはわかってくれた。俺がいろいろと普段から考えすぎていることに。唯一、互いが素でいられた。家族と接する時や友達と接する時でさえ猫を被る俺がそれを脱ぎ捨てられる人だった。相手はほかの異性には俺と接するような言葉遣いはしなかった。それは今でもそうだと思いたい。返信が来た。
「何を言うてはるんですか貴様は。ついに脳までやられたか。いとをかし。」
なんなんだこいつは。いや、違うな、俺がこの短期間で忘れていた。これがこいつだった。
「まあ何はともあれ、私は逃げ専門なので全力で逃げます。」
こんなことを「元カノ」は前にも言ってた気がする。俺が告白した時にも。本来ならフラッシュバックという現象を体験するはずなのだろう。でも、不思議と俺が告白した時の記憶は浮き出てこなかった。忘れてたのでは無い。とにかく、こんな変わった「元カノ」が心底好きで今が楽しいからだ。気づいた頃には時間が経ち、彼女とは好きなスイーツの話をしていた。
「やばい、俺もう限界。寝ます。さよなら。おやすみ。」
相手はよく分からないスタンプを送ってきた。
「俺にとってこの人の代わりになる人なんていないんだな。いつも通りで調子狂うよほんと。」
そう呟いた。その声は真っ暗な部屋を反射して自分の胸に潜り込んできたようだった。何となく、季節が移る予感がした。
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