残り日

ひるもすみ

第1話 レンチン

高二の夏。そう、来年は訪れない青い季節。肌を照りつけるような熱と蝉の声で溶けかけていた自分にひとつ風通しの良い穴が空いた。心の真ん中に空いた穴はこの季節には似合わないほど凍てついている。身体から何かが抜け落ち、何をしようにも億劫になってしまった。

「そっか、もう別れたんだな。」

そう、彼女と別れた。4ヶ月しか続かなかった。よくある典型的なパターンだ。どうやら自分の好きという気持ちが先行しすぎていたらしい。別れを実感したのは振られてから2日経った頃だった。俺の元カノは変なやつだった。別れても普通に深夜までどうでもいい話で盛り上がるし、態度も何一つ変えない。でも別れてから2日目のラインの返信は来なかった。そこで実感した。消えかけてた蝋燭の火が強風によって吹かれた。火どころか蝋燭ごとどこかに消え去った感覚だった。これをきっかけとして、新たな1歩を踏み出そうと決意した。固い意思が芽生えたのだ。そんなことを思いながら部活に打ち込んでいた矢先に声がした

「おい井上、あいつ許せねえよな。マジで。」自分の苗字呼ぶ声がした。俺の部活仲間だ。「なんかあったのかよ?」

「あいつ、彼女できたんだとよ。」

正直意外だった。絶対にできないと思ってた。身長が高いだけのやつに彼女なんて。俺は失恋の消失感はあってもそれによる痛みは消えていたのでただ妬みだけが残った。それもだいぶめんどくさい感じの。あいつはこの夏休みデート行くんだろうか。心の中で思った。自分は付き合ってた頃1回も行けなかったからだ。そう、1回も。そんなことを思い出していたら

「俺さ、今度映画館デート行ってくる。」その顔には長い鼻が見えた気がした。

「嫌味か?てめー。」

「へっ、ざまあみろ!」

高身長が幼稚なことを言い出したので持っていたバレーボールを軽く投げつけた。妬みがあるとはいえ、友として幸せになって欲しいのだ。「青崎、デート失敗しろ!!。」

とは言いつつも楽しんで欲しいというのが本音だった。

「やべ、こんな時間か。俺文化祭の準備手伝ってくるわ。」

1人体育館を後にして、生ぬるい廊下を走って教室に向かった。教室のドアを開けエアコンの冷気を浴びた瞬間心の穴にも冷気が触れた。あの時の消失感が蘇る。いたのだ。元カノとなったやつが。別れてから見るのは初めてだった。その変わりように驚いた。髪が短くなっていた。鈍感な自分でもわかるほどに。ショートボブとやらになっていた。心の中の石が砕けた。その時わかった。石は空洞だったと。新たな1歩を踏み出して芽生えた意思があっという間に潰れた。蝉の抜け殻を無邪気な少年が足で潰したかのように。一目惚れだ。また惚れてしまった後悔と情けなさが自分に絡みついてくる。駄目だ、考えるのはやめだ。

「お疲れ様です。」

クラスの文化祭委員の人に言った。あいつの事はあたかも見えてないように。

「おぉ、おつかれー、部活やってたの?」

「うん、今抜けてきたとこ。」

「そっかー、お疲れ様だねほんとに。」

彼女は俺のパートナーだ。文化祭をやるにあたっての。そして彼女は知っている。俺らが付き合っていたことを。しかし、別れたことは知らない。早くこの場から離れたかった。そんな中「元カノ」が教室を出ていった。笑顔で。きっとあいつはなんとも思ってないんだろう。そんなことを思いながら文化祭で使う小道具の制作を始める。教室の窓から差し込む昼の熱は自分の情けなさと後悔を忘れさせてはくれなかった。また落ちてしまったら仕方がない。「元カノ」を自分の彼女にするという目標ができた。自分の冷めてしまってた想いが再び温められた。いとも簡単に。まるで電子レンジを使ったかのように。

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