第20話 帰ってきた!

 翌日もまた、早朝にアリアとギルドへ立ち寄る。この体じゃなきゃ朝のは手を繋ぐんだけど、これってオタに彼女ができるとやたらベタベタするってやつの体現だななんて今更思った。俺自身はゲームオタくらいの認識はある。



 ギルドでは、キリカからアリアへ伝文が届いていた。


『ハルとアオが見つけてハルが負傷した。思っていたより強い』


 まじか。負傷はルシャが居るから大丈夫だろうけど、勇者二人を相手にするってどんだけだよ。


「そんなに強いの?」

「あたしより速かった」


「でもハルもアオも能力は高いはずだよね。ハルはサボってたとは言え、トロル戦ではキリカと十分並んで戦ってたし」

「ユーキの能力も高いと思うし、エイリュースの剣士の祝福も強いのかもしれない。仮にも騎士団長になってたわけだし」


「ええ……。縁故採用じゃないんだ」

「そこまではちょっとわからないけど、うちの領地の軍団長――ヘイゼルのお父様は腕も立ったし頭もよかったよ」


「頭が足りないと思うんだよなあ……」


 いずれにしても俺たち全員で当たった方が危険は減るな。ていうか勇者に聖女に剣聖に聖騎士にって、相手は魔王かよ! キリカにはハルたちとパーティを組んでおいてもらうよう頼んだ。もうやってるかもだけど。



 ◇◇◇◇◇



 次の日、ようやく出発となる。もちろん、朝も早くからお勤めの時間を終えての出発だ。こっちはやきもきしながら馬車で揺られているところだ。


「……だって、慌てて出発しても夜は泊りだよ?」

「まあそうなんだけどさ……」


「さて、情報が増えました」


 ハルカは便箋をヒラヒラさせている。


「えっ、どこで? 何の情報?」

「情報はお屋敷のご主人さんから」


「あそこの旦那さん、そんな情報通なんだ?」

「違うよ。商人ギルドの情報網で調べてもらったの。冒険者ギルドのずさんな情報網と違って優秀よ」


「あのギルドにある球みたいなのを商人それぞれが持ってるってこと?」

「まあそんなとこ。コネが無いと貴族でも情報貰えないけどね。あと、彼ら特有の暗号も使うみたいだし」


「はぁ、俺にはとても真似できないわ」

「逃した元カノさかなは大きかったでしょ?」


「ハルカはすごいわ。――で、どんな情報?」

「え、それだけ?――襲撃の時に居た奴らね。辺境伯の右腕とその配下が四人、それからドバル家の配下が二人。二人の方は弟くんの忠臣みたいね」


「バックに居るのが弟ってことは本気で騎士団長狙いか。よく名前だけで人間関係までわかるな」

「商売に人間関係は大切でしょ? 北の領主さんとこは、本来女系で婿入りらしくていろいろ溜まってるみたいよ。弟くんの方はと言うと、忠臣のひとりとイケナイ関係みたいね。他にもいろいろ」


「そんな情報まで入ってくるのかよ」

「何でもいいからって情報たくさんお願いしたから」


「だからってそういう情報が流れてくるのってどうなの?」

「馬鹿ね。私のおかげに決まってるじゃない。それに――聖女様が悪いことに使うわけない――でしょ」


 すました顔で言う。どこの聖女様もちょっと図太いというか、尊大と言うか、聖女様たちのその自信はいったいどこから湧いてくるの?



 ◇◇◇◇◇



 ようやく王都まであと一日の所まで到着する。北の辺境領の大店の主人が宿を手配してくれたようで、設備の整った宿に泊まることができた。早速、アリアとギルドへ向かうと、キリカから伝文が入ってた。


『やつは逃げ足が速い。追い切れない』


「キリカが追いきれないって相当じゃない?」

「走るだけならキリカよりあたしの方が早いし順当かも」


「剣聖って『加速』無いの? 剣士の上位タレントと言うわけでもないんだ?」

「接触したら間違いなく負けるけど、身軽さなら剣士ね」


「負けるんだ……」

「聖剣とじゃ勝負にならないよ。剣ごと斬られるもん」


 なるほど、そこまであの聖剣スケベニンゲンは強いのか。しかしこれは困った。足が速い上に、勇者よりも強い。囲んでも弱いところから抜けられる可能性が高い。


「何かうまく嵌めないと逃げられるな」



 ◇◇◇◇◇



「ミシカ、ヨウカ、本当にごめんな」


 王都に着き、まず孤児院にやってきた俺は頭の包帯を取って二人に深々と頭を下げた。


 すると、口を半開きにしてまじまじと俺を見ていたヨウカが口を開いた。


「これ…………中身がほんとにユーキ?」

「ほんとにユーキなの。間違いないから」――アリアが告げた。すると――


「……よかったじゃん……念願のイケメンじゃん……」

「よくねえよ!」


 ヨウカがしみじみとウソ泣きしながら言う。相変わらず失礼なやつだな。


「あの……ごめんなさい。ユーキさんのこと悪く思っちゃって……」

「ミシカ、そんな……謝られるとこっちが困るよ。怖い思いさせてごめんな」


「じゃ、じゃあ、元に戻ったらその、頭撫でてください……怖くないって確認したいから」

「わかった。約束する」


「このユーキになら抱かれてもいいわー」

「お前は真面目な話してるときに失礼なやつだな!」


「まあ、本当にかわいらしいお嬢さんばかりなのですね」


 ヨウカに文句を言っていたら、聖女様モードのハルカが従者さんを連れてやってきた。


「北のルイビーズの聖女様、イリース様よ」


 アリアが紹介すると、ミシカとヨウカも挨拶をする。ハルカは何を思ったのか、不意にミシカを軽く抱いた。


「怖い思いをされたのですね。大丈夫。祐樹はちゃんと優しいよ」


 半分、ハルカの素が出てたが、ミシカは突然のことに驚いていてそこは気にもしていない。やがて、緊張の解けた彼女は、自分よりも小さな聖女様に――ありがとうございます――そう、礼を言った。


 あ、あたしもー!――と、ヨウカはハルカの前で跪き、抱きしめてもらっていた。ヨウカは上気した顔でハルカを見つめていた。ハルカ、大人気だな。



 ◇◇◇◇◇



 ハルカたちは孤児院で世話してもらうことになった。狭いところですみません――と言われるも、野宿が普通ですので何の心配も要りません――と返していた。


 ルシャは下宿だそうだ。ハルたちも下宿に居るらしい。西門からだと孤児院が近いから先に寄ったが、俺も早く皆に会いたかった。ただ、ハルカたちはお世話になるからと、孤児院の手伝いをすると言って一緒には来なかった。



 下宿の入り口でシーアさんと他、貴族らしき二人と出くわす。アリアと一緒に居る、大柄な包帯男である俺にぎょっとしていたが、アリアが慌てて説明すると俺だと分かって貰えた。

 俺は何かあったのかと聞く。


「ユウキ様もご無事で何よりです。ここでは説明できません。詳しい話は剣聖様からお聞きください」


 彼女はそう手短に言うと、二人を連れて馬車で戻っていった。



 ◇◇◇◇◇



 家に帰ってきた。

 少し前までは断たれた夢だったが、また帰ってくることができた。


 扉を開けたまま戸惑う俺に、アリアは優しく背中を撫でてくれた。

 リビングへ入ってきたルシャと目が合う。

 彼女は大きく目を見開き――ユーキさま――と呟く。そして――


「待った! ルシャ、お願いだから話を聞いてくれる?」


 俺は両掌をかざし、涙いっぱいで駆け寄るルシャを留める。

 彼女はハッと息をのみ、言葉を押しとどめた。


 俺は彼女の前にゆっくりと膝をついた。


「お互い、謝らないで元の関係に戻ろ? ルシャが後悔して俺のためにたくさん泣いてくれたのは聞いた。俺もたくさん謝りたい。けど、これ以上ルシャをつらくさせたくない」


「でも……」

「その代わり、たくさん好きって言うよ。まだこの体じゃ抱きしめられないけど」


 俺はアリアへ、代わりに抱きしめてあげてとお願いする。


「ルシャ、大好きだよ。俺のことを思ってくれてありがとう。ルシャもアリアも大好き――」


「私も――だいすきです!――ユーキ様――愛してます!」


 お互い、泣きながら溢れる言葉を零し合った。

 いつの間にかキリカが傍に立っていて微笑んでいた。



 ◇◇◇◇◇



「お前…………生きていたのか」


 ――いやなんだよその反応は。


「――魂が入れ替わってもちゃんと生きてられるんだな」


 リーメがべたべたと俺の体や顔を触ってくる。――面白いな、どうなってるの――などと言いながら。いや、面白くねえし。


「リーメに触られるのはいいんですね」

「いや、こいつのはなんか……違わない?」


 なんてルシャに言ってはみたけど、人肌が恋しいのはちょっぴり思った。

 するとアリアが疑いの眼差しを向けてくる。


「とにかく、今のところ問題なのはハルさんの受けた傷ね。さっき城の施療師に診てもらったけれど、呪いみたいなのよ」


 キリカがざっと説明してくれた。

 奴に関しては、リーメが物探しの魔法で奴の居所を突き止めるのはいいのだけれど、何故か上手く遭遇できてないらしい。魔法が妨害されているのか、位置がずれたり或いはタイミングが合わなかったり。運良く遭遇できても、キリカ相手だと奴は早々に逃げるし、ハルとアオが挟み撃ちにしてもハルが斬られて逃げられたのだという。


 奴は少なくとも単独で行動していて、主に娼館に出入りしたり、木賃宿や娼婦の家に泊まったりしているそうだ。


「ユーキの体だと思って好き放題して……」


 アリアはワナワナと腕を振るわせてお怒りだ。そして俺は――


「そんなに娼館に入り浸られると貯金が……」

「お金なんてまた稼げばいいでしょ!」

「パーティの資産なら凍結してあるから大丈夫よ」


「絨毯買おうと思ってたのに……娼館一晩って一体いくらすると思ってるんだよ」

「魔女の祝福じゃなきゃそこまでじゃないわよ」


 そうキリカが言った。


「魔女の祝福……あいつって魔女の祝福貰ったりしてる?」

「あー……娼館に入り浸ってるならありえるかもしれないわね。強い魔女の祝福ならユーキと同じように力があるかもしれないし。そうなるとハルさんがやられたのも納得かも」


 アリアとキリカは奴の祝福を心配していたが、やっぱり俺は――

 

「俺の貯金が……」

「ユーキは自分の貞操の心配しなさいよ!」


「男の貞操にそんな価値ないから……」


 ――ないよね? でもアリアとしては気に入らないみたいで怒ってた。


「ハァ……まあとにかく、奴が祝福貰ってるとして『豪運』の祝福があるなら逃げ切れるのかもしれない。となると今、『豪運』のあるルシャとヘイゼル頼みだね」


 新月までの三日が勝負かもしれない。今の体でルシャに祝福を掛けるわけにもいかないし、できればヘイゼルにも掛けたくない。


「ヘイゼルって誰かしら?」


 キリカがニコニコ笑顔で問う。話が長くなるので、俺の命を助けてくれて、そして助けてあげたい、騎士団長の元従者だとだけ話しておいた。


「で? やったのね?」

「申し開きもございません」


「少しはアリアのことも考えなさいよ、まったくもう」

「大丈夫ですよ。こうして帰ってきてくださったんですから」


 ルシャが慰めてくれた。本当、帰ってこれてよかった。







--

 ユーキなりのルシャへの解決方法でした。

 謝り続ける女の子なんて彼は見たくありません。


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