第19話 行き当たりばったり
町へ着いた俺たちは、現地の商人の屋敷で厄介になることとなった。辺境の大店の紹介だそうで、ハルカが間に立ってくれたおかげで俺とアリアも一行として問題なく部屋と食事を提供してもらえたのはよかった。
早朝、俺とアリアはまずギルドへ向かった。アリアはともかく、大柄な包帯男の俺はうろうろせずに部屋でじっとしていろとハルカに言われたが、一刻も早く王都へ帰りたくてうずうずしていた俺は、とても部屋でじっとなんてして居られなかった。
根が小心者だからな。どっしりとなんて構えてられない。
「キリカ達、代理人を立ててみんなパーティから抜けたみたい。共有財産も一時凍結されてる。どう思う?」
アリアが
「ああ、そうだった。向こうには『鑑定』があるからアリアも抜けておいた方がいい」
「そっか、わかった。でもちょっとやだな」
アリアは以前のことを思ったのだろう。それでも今の
「それとキリカから伝文があるんだけどこれ――」
彼女はギルドによく置いてある変な球みたいなのにギルドカードをかざしていた。
「――もうちょっとこっち、顔寄せて!」
彼女が袖を引っ張る。赤い髪の少女の眉目りりしい顔が間近に迫る。
「――ちょっと、私じゃなくこれを見てよ、もう」
照れてるアリアはかわいいななんて思いながら黒い球を見ると、球の奥に文字が見えた。伝文てこんななんだなんて思っていたが、内容に驚く。
『ドバル家の次男が何者かに襲撃された』
「これってつまり
「もうひとつ」
アリアがギルドカードで球を払うようにすると次の伝文が。
『勇者の助力が得られる』
「ハルとアオか。協力してくれるのはありがたいけど、よく城から許可が出たよな」
取り急ぎアリアはキリカ宛に、俺と合流できたこと、戻す手段が見つかったこと、三日後に帰ることを伝文で短く伝えた。既にある伝文の返信であれば手続きも簡単らしい。送るときは書板に書いてギルド職員に頼むから、手紙と違って確かに機密性の高い内容は送れないな。
「――とにかく一度戻ろう。ここで話せるような内容じゃない」
アリアは頷き、急いで屋敷へ戻る。
◇◇◇◇◇
「エイリュースがドバル家の長男ってのは知ってた?」
屋敷へ戻る途中、もともと貴族として生活していたアリアに聞いてみた。
「あの大臣の甥がドバル家の当主でその息子というのまでは知ってた」
「こいつの記憶はほとんどなくて、家の事とか分からないんだよね。ほんと役に立たない」
「ヘイゼルならわかるんじゃない?」
「あ、そうか。ヘイゼルに聞けばいいんだ」
「何でも自分の中で解決しようとするのは悪い癖よ」
「頭でっかちですぐテンパるのは認めるよ」
「
「焦って何もできなくなることだよ。俺らしいだろ?」
「そういうのやめなさい。もう!」
会えたはいいが、アリアはこの調子でちょいちょいご機嫌斜めだ。
いつもなら頬を抓られているところだけれど、今はスキンシップを避けていることもあってか、余計にアリアは機嫌が悪い。
◇◇◇◇◇
家主との夕食ではハルカが聖女様モードで良く喋っていた。もともと彼女は話好きなのもあったが、こういった交流を通して各地の有力者とのコネクションを作っていたのだろう。そして相手が聖女であるためだろう、この商人も前の町の商人も礼儀正しかった。ハルカも安心して楽しんでいるように見える。
夕食を終え、俺たちはハルカの部屋に集まって相談をする。
「エイリュース様とは6年ほど前から一緒でしたが、あまり実家との仲は良くなかったと思います。付き合いもほとんどありません。大臣様との方が、まだ交流がございました」
ヘイゼルに知っている限りのことを話して貰っていた。
「次男はどういう人?」
「次男のヘナス様はドバル家の後継ぎです。エイリュース様とは滅多に顔を合わされませんので、わたくしもあまり存じません」
「えっ、後継ぎは長男のこいつじゃないの?」
「もともとは先代からエイリュース様が後継と認められていたと、エイリュース様本人から伺っておりましたが……」
「遺恨とかありそうだよな。わざわざキリカが伝えてきたってことは、向こうでも何か掴んでるかも」
「ユーキに罪を
「それもあるかもなあ」
アリアの言うように入れ替わっての謀略かもしれない。
「う~ん」
ハルカが唸る。
ただ、アリアとヘイゼルは何故か余所余所しくハルカから目を逸らしていた。
見るとハルカがベッドで胡坐をかいて難しい顔をしていた。
「ハルカ! 足! 足! アリアとヘイゼルが顔赤くしてるから!」
ハルカは長靴下こそ穿いていたものの、ワンピースで胡坐をかくなんてこの世界の女の子には刺激が強すぎる。
「あぁ、ごめんごめん。なんか昔に戻っちゃってた」
「ええっ!?」
なんかアリアが変な声出してこっち見てるぞ……。
確かに、俺の部屋でごろごろしてたときは、ハルカはこんな感じだったが……。
「んー。でも最初は鏡見て驚いてたくらいなのよね? 行動が行き当たりばったりすぎない?」
「そうなんだ?」
「昨日の夜、皆とひと通り話して情報交換したの」
アリアが言うには孤児院で寝てたと思ったら、ミシカを襲って追い出され、その次は二日も娼館に入り浸って詰所で留置されて、戻ってきたと思ったら今度はルシャに襲い掛かって掴まりそうになって逃走。そしてこれ。
「え、俺そんなことしてたの? ミシカとルシャになんて謝ろう……」
「今はそれどころじゃないでしょ!」
「でも酷すぎない?」
「あ、あたしだっておかしいって思ったよ! そんなことするはずないって」
「わかったわかった、ごめんね」
「謝られても困る!」
「はいはい、痴話喧嘩は元の体に戻ってからにして。仲直りにイチャイチャもできないよー」
――ハルカよ、そういう仲裁はどうなのよ。アリアも困ってるじゃん。
「――とにかく、何にしてもおかしいでしょ? 行き当たりばったりで」
「こいつの中身の方も
「わかって動いてるにしては馬鹿過ぎない?」
「こいつ馬鹿だよ、かなり。煽られるとネチネチ執念深いし」
正直、あまり賢そうな行動には覚えがない。
「す……すみません」
「「ヘイゼルは悪くないから!」」
「ああもうヘイゼルが悩むことじゃないのよ……」
ハルカがヘイゼルの頭を抱きしめて撫でる。ヘイゼルがエイリュースのことで心を痛めるのは見ててつらい。
「えっ、じゃあさ、弟を襲ったのも行き当たりばったりって言いたいの?」
「可能性はあると思うよ? だって、ユーキに罪を
「ちょっとまって! じゃあ……そもそも
「ん~、そこは調べがついてからかなあ」
「調べって?」
「少なくともヘイゼルはエイリュースが入れ替わり前に誰かに接触したのは見てないみたいなのよ。そもそも色々、行動を制限されてたのよね?」
「あ、はい。遠征から帰ってから、聖女様や勇者様への接触は厳に慎むようお達しがありました。実家からも謹慎しているよう通達がありました。その……エイリュース様はお怒りでしたが」
「アオがそんなこと言ってたなあ確か」
◇◇◇◇◇
ふん――ハルカが居住まいを正す。
「じゃあ仮にエイリュースが入れ替わりを知らなかったとして、なぜ知らされていないのか」
「知らせる時間は十分あったよな?」
「そこまで厳しく監視されていたわけではなかったです」
確かに知らせる機会はあっただろう。
「こいつも嵌められた?」
「確かに実家からは嫌われていたかもしれません……」
「でも、ユーキの体を手に入れた彼はかなり強いと思うから無いかも」
実際に相手をしたアリアの証言では、俺の身体に入ったエイリュースはかなり強かったそうだ。ただ――
「いや、それはどうだろう。城で知られていた限りでは、俺の祝福が魔女ってだけじゃなく、能力も低いと思われてたはずだよな。少なくともこいつのこの体は並の人間じゃない。確か能力的にも数値は高かったと思う。だから、俺の方が強いって知ってるのはエイリュース本人の方だと思うぞ」
「鏡見てブサイクとか言ってたなら、そもそも本人は入れ替わりを嫌がるんじゃないの?」
「えぇ……。――祝福は中身についてくるってわかってたんだよな?」
「大賢者様は知っておられたわ。一般的かはわからないけど」
◇◇◇◇◇
「何故ユーキが狙われたのか」
「そりゃあ俺は嫌われてるから」
「そんなことないよ。だって、いろいろ功績称えられたじゃない」
「エイリュース様は嫌っておられましたが、他の方となるとわかりません」
「功績があるから嫌われることもあるよ」
ああ、ハルカの言うとおりだ。騎士団長はまさにそのことで俺たちのパーティを嫌ってた。
「――ただね、ユーキじゃなくエイリュースを狙ってた可能性もあるよね」
「それは最初に考えたし、実行犯の騎士二人はそのつもりだったみたいだけど、殺すまでやる? って実際に狙われて思った」
「無くもないよ……。貴族同士の権力争いなら」
「う~ん、アリアが言うならそういうものなのかもしれないけど、俺にはちょっとかけ離れた感覚かなあ。弟くんならなおさら身内同士でしょ?」
「じゃあ聞くけどさ、あんた、どうして毒が効かないの?」
「え、体質? 能力? 全く効かないわけじゃないけど」
「鑑定した限りではあんたにそういう力はないよ。となると後天よね」
「あ、あの――」
ヘイゼルが恐る恐る手を上げる。
「――エイリュース様とヘナス様は腹違いです……」
「ね。内輪の権力争いよこれ。小さい頃から毒を盛られたりしてれば耐性が付くかも」
「いやそれはもうファンタジーだろ」
「なに言ってんのよ。あんたここどこだと思ってるの? 魔法があるファンタジーの世界なのよ?」
「貴族の家ならそういう話も聞いたことあるよ」
「あるのかよ!」
思わずツッコんでしまったけど、アリアがびっくりしてたので謝っておいた。
こいつアホだからね――ってうるせえよ、ハルカは。
◇◇◇◇◇
三つめ――ハルカが指を三つ立てる
「じゃ、エイリュース狙いという仮定のまま場合分けするよ。まず、暗殺しようとする奴らが入れ替わりを計ったとするよね」
「急に理系になったな。文系なのに」
「うっさい黙れ」
「辛辣……」
「この場合、狙いたいのはエイリュースだから、ユーキの体に入ったエイリュースを放置するわけがないよね」
「街ではかなり自由な感じだった。狙ってるような者も見てない」
「体が無くなれば戻れなくなりますし、もうそれはエイリュース様ではなくなるのではないでしょうか」
「それでも影響力のあるユーキと入れ替えるのはリスクが大きいと思うのよ」
「
「不安要素ってことね」
「ああ、確かにそうですね」
「じゃあ逆に、エイリュースを暗殺しようとする奴らが入れ替わりを計ってない場合」
「何も起こらずに終わるじゃねーか」
「何言ってんの。第三勢力よ」
「例えば弟くんの勢力以外に居るってことか?」
「そうよ」
「それはいいとして何のために?」
「そうね、例えば――エイリュースを何が何でも生き延びさせたい人とか」
「こいつ、婚約者にも捨てられて、騎士団の愛人には実際に命狙われるほどの嫌われ者だぞ」
ヘイゼルがしゅんとしてる。ごめんね。
「あと何で本人に知らせないんだよ」
「そこはほら、何が何でもだから生きてればそれでいい――みたいな」
「後継ぎでさえなくなるぞ」
「辺境に左遷されてるくらいだから後継ぎはどう転んでも無理だと思う」――とアリア。
「お先真っ暗ってこと?」
「エイリュース様はそのくらい落ち込んでは居られました……」
「そこまでなってるのにわざわざ暗殺とかするのか?」
「うん、貴族同士なら後々の憂いを断つために暗殺するとか、ありえない話じゃないかも。むしろ後ろ盾が無くなると狙われやすくなると思う」
「ひぇ、貴族怖い」
--
作者はこういうロジック割と雑にやるので、ハルカみたいに考察しません。
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