第18話 今カノ vs 元カノ 後編

 ハルカは夕食をとりながら俺の体を取り戻す方法について説明してくれた。なお、素の彼女を晒すのはマズいと、食事はチップをはずんで部屋に持ってきてもらっていた。大きな宿場街じゃないんだから無茶言うなよ……。


 ちなみに俺の包帯については怪我でも何でもなく、いろいろあって姿を変えているだけだと説明するも、ハルカが――こういう病気なのよ――などと茶化すもんだからアリアが真面目に受け取ってしまって話が一時ややこしくなったりした。


「俺の体の方と、できればその魔法の道具を揃えられれば、あとはルシャでもできるかもってことだな」

「たぶんね。その魔法が使えなかったらゴメン」


「魔法の道具が無い場合は、従者さんかあたしの『砦』でということですね」

「魔法の道具の影響を遮れるからね」

「しかしハルカ、お前よく知ってたな」


「『神託」って知ってる?」

「神様の言葉を伝えるの?」


「私たち、既に神様には直接会ってるから、『神託」使うと白い部屋に行けるの」

「え、あいつ話してくれるの?」


「あいつ言うな。私の場合は北のルイビーズ様に聞けるから」

「いいかみさまなんだな」


「こっちの地母神様だっていいでしょ」

「わるいかみさまではないわな」

「地母神様は良い女神様です!」


 アリアが主張する。彼女はあれ以来、地母神様にぞっこんだ。


「あれでも毎回、心配してくれるもんな……」


 なんだかんだ言って俺の胸の穴を気にかけてくれるし、悪いようにはされない。手段が無茶苦茶だったが、結果としては俺も考え方を改められたし、悪くなかったように思う。ただ、俺にはきつい試練だった。



 ◇◇◇◇◇



「ヘイゼル……さん。あの時、ユーキが殴られた時、ユーキを慰めてくれてありがとう。あたし、あの後で分かったの……。あなたが羨ましかったんだって」


 アリアがまさかそんなことを考えていただなんて……。

 俺は勝手に絶望してないで、アリアたちをもっと信用しないといけなかった。


「い、いいえ、そんな……わたくしもユーキ様には助けられたのです。なので少しでもお力になれればと――」


 アリアも、ヘイゼルも、お互いに申し訳なさそうに視線を下げながら話していた。


「――あと、つかぬことを伺いますが、アリア様はもしかして先代ミリニール公のご息女であられたアリア・デル・アイリア様ではございませんか?」


「ええ。……あ、ヘイゼルってことはもしかしてお父様に仕えていた軍団長の娘さん? 会ったことがあるのに気が付かなかった。ごめんなさい」


「いえ、わたくし今は髪がこんなですし……」


 ヘイゼルが髪を弄りながら自嘲する。


「ヘイゼルはこの髪、とーってもカワイイから! 長くてもいいけど、眼が大きくて睫毛長いし凄く似合ってるよ。向こうの世界じゃこういう髪型の子もいたから。ね?」


「そうだな。詳しくはないけど居たし、ヘイゼルは頭も小さいから似合ってると思うよ」


「またそうやって女の子を口説いてたの?」

「や、違くて……」


「もうやっちゃったもんね?」

「え!?」


 やめて……アリア静かだけどあれ怒ってる顔だし、ヘイゼルはヘイゼルでもじもじしてるし。


「いや、仕方なくというか何というか……ごめんなさい」


「あの、アリア様、わたくしの命に関わることでしたので、どうかお怒りはわたくしめに」

「ヘイゼルは悪くないから」


 二人でアリアに向かって深々と首を垂れる。


「ちょ、ちょっと! 庇い合わないでよ! あたしが悪いみたいじゃない!」


「ハイハイ、もうあんた部屋に戻りな。あとは女の子の時間だから」


 俺はみっともない浮気亭主みたいな状態のまま、部屋に帰らされて寝た。


 ――いや、そもそもハルカが振ったんだよね?


 従者さんもさすがに今日ばかりは部屋の外で立ってたそうだ。部屋には聖騎士様がもう一人居るもんな。問題ない。



 ◇◇◇◇◇



 翌朝、アリアは――ごめんね、つらかったんだね――と謝ってきた。どうやら、あの遺言状をヘイゼルから渡されたらしい……。俺もハルカが来てから事態が好転した気分になっていて、すっかり回収しそこねていた。


 俺は頭を抱えてあれは見なかったことにして捨ててくれと懇願したが、追い詰められて書いた黒歴史の鬱ポエムは、アリアから大事にすると言われて仕舞われてしまった。そんなつもりじゃなかったんだ、ごめん……。


 落ち込み過ぎるのも、死に鈍感になり過ぎるのも、気を付けないとアリアたちを傷つけてしまうと改めて思った。そのことをアリアに話して、心を改めるからと告げた。すると彼女は急に思いつめたような顔をする。


「本当に……、一度死んだなんて聞いてないよ……」


 涙声でアリアは言う。ハルカか、余計なことを……。


「――今は無理だけど、後で覚えてなさいよ!」


 抱きしめてやれないのがつらい。アリアは泣いたり怒ったりしながらヘイゼルの元へ去っていた。



 ◇◇◇◇◇



 俺たちは王都まで残り三日の行程を進んでいた――はずなのだが、ハルカが次の町は大きいから、もう一泊して癒しを施すと言い始めた。


「それってどうにかならない?」

「ならないねー」


「神託なの?」

「神託関係ないねー。そもそも神託って暦を見たり身を清めたり、香油塗ったり神様への捧げものを用意したり、結構大変なんだよ?」


「え、じゃあ俺の体がどこに居るかとか神託ですぐわかったりしないんだ?」

「そんなネットで検索するみたいに気軽にできるわけないでしょ!」


 まじか。いろいろ詳しいから気軽に調べてるのかと思ったわ。


「あ、でも、地母神様の聖女ならもっと楽かもよ?」

「え、ルシャが?」


「だって捧げものが満月とか新月の夜にエッチするだけらしいし」

「え……」


 満月とか新月の夜って、それは……。


「――あのちなみに身を清めるって……」

「清水を浴びて体を綺麗にするのよ。お湯じゃなくて」


 確かにルシャは祝福の前に身を清めてるのか、肌が冷たくなっていることが多い。

 そして部屋にはポプリとは別に、ときどき香を焚いていることがある。


「香油ってお香とかでもいいの?」

「そうね。神様に依るかもだけど、日常から離れる感じがすればいいのは同じかも」


 ――えっ、つまりルシャは祝福の際に神託で神様に会ってるってこと?


「――もしかしてやってるの?」

「わりとよく……」


 そうか。ルシャのあの遠征の時の不安は神様に会えないことにも原因があったんだ。彼女にとっては俺やアリアとの時間を大切にしたいだけじゃなく、神様との対話の時間でもあったのか……。ルシャをちょっと誤解してた。


「ふ~ん」

「なに?」


「私はあんたとだけだったんだけど?」

「……でも、男とキスはしてたじゃん」


 その言葉を俺はイジけて言った自信がある。


「いいじゃない、キスくらい。それに初めてはあんたでしょ」

「えっ? いつ?」


「……寝てるときに何度か……」


 俺は顔を覆った。今まで全く知らなかった。そんなこと、知っていたら中学の時の俺はもっと違った生き方ができたかもしれない。だけどもう時間は進んでしまったし、戻るつもりもない。あと、ちょっとだけ嬉しかった。アリアが外でよかった。こんな顔見せられない。


「あ、ニヤニヤしてる。そういうとこがズルいのよ」


 ヘイゼルも、ニコニコしてるけどバラすなよ?







--

 ルシャの謎がひとつ、明かされました。


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