第15話 アリア 3

 大賢者様はシーアさんを使いにやり、騎士団長に連絡を取る。待つ間、何もできないことに焦りながらも、まずは落ち着いて冷静に頭を働かせることを大賢者様に諭された。


 半時はんとき後、帰ってきた返事は、彼が既に左遷された北の辺境領へ旅立ったというものだった。騎士団にも詳細は知らされておらず、シーアさんは王都のドバル家の屋敷へも足を運んだそうだ。大賢者様の名前を出して、漸く、しぶしぶ教えてくれたらしい。誰にも知らされないような、ひっそりとした出立を。


「昨日の馬車…………あれがそうだったんだ……」


「ユーキは思いつめると頭が回らないから仕方がないわ。アリア、済んでしまったことは仕方がない。あいつもちゃんと説明すればいいのに!」


 キリカがあたしを思いやる言葉に頷く。


「大丈夫。あたしは進めるから」


 そう告げるとキリカがぎゅっと抱き着いてきた。


「ああ、アリア、愛してるわ。ユーキを連れ帰って。ルシャとこっちのユーキは任せて」


 ルシャはキリカに慰められ、泣き疲れてソファで眠っていた。あたしは先に帰って荷物を整え、孤児院から馬を出して北の辺境領を目指した。出立の時間が遅くなったため、途中、野宿を挟みながら四日の行程を急いだ。



 ◇◇◇◇◇



 北への街道を行き、二日目は何とか宿に泊まることができた。かなり遅い時間だったけれど、ギルドカードを見せると快く受け入れてくれた。聖騎士という立場に使われることもあるあたしは、こういう時こそ利用してやるんだとちょっぴりほくそ笑む。



 ◇◇◇◇◇



 三日目、行商人の一団が街道上で集まっていた。何事かと聞いてみると、森の中で馬車が襲われたというのだ。はやる気持ちを抑え、詳しい話を聞いてみると、四人乗りの屋根付きのワゴンが何者かに襲撃され、焼き打ちにあったという。話を聞いた行商人たちが森の奥へ入るのを躊躇して留まっていたみたいだ。


 あの馬車と同じ――あたしは『輝きの手』で愛馬を癒しながら先を急がせた。



 ◇◇◇◇◇



 酷い――おそらく、馬を繋いだまま火をかけたのだろう。一頭の馬がその場で死んでおり、馬車は木にぶつかった衝撃だろうか、大きく損傷していた。あの時の馬車に似ていた。油でもかけたのか、全体が黒く焼けており、荷物も後ろに結わえ付けられた荷物ごと燃やされていた。馬車から転がり落ちたであろう長櫃を開けると、中には貴族が着るような高価な衣装が詰まっていた。


 ――何者かによる襲撃だが物取りのようにはとても見えない。


 馬車の中は空だった。誰か乗っていたまま焼かれたのか、回収されたのかもわからない。ユーキの鑑定ならわかるだろうに――我ながら矛盾する考えに自嘲する。無事でいてほしい。あたしは先を目指すことにした。



 ◇◇◇◇◇



 辺境領に着き、まずは領主を訪ねた。大賢者様からの手紙を渡し、協力を仰ぐ。


 北の辺境伯は小柄で気安そうな人物ではあった。東の辺境伯も人が良さそうではあったが、どちらも聖騎士であるあたしの手前、そのように振舞っているだけかもしれない。ただ、彼は東の辺境伯とは違い、馴れ馴れしさがあり、あたしの髪や肩に触れようとしてくるので躱しておく。


 騎士団長、エイリュースについて尋ねると、彼はやたらと勿体ぶった様子で、せっかくだから食事でもしながらどうかと誘ってくる。あたしは急いでいる旨を伝えると、残念そうに――実はまだ到着していないのだ――などと答える。


 ――そんな馬鹿な!


 私は馬車の襲撃を知らないのかと問うた。


 すると北の辺境伯は、その馬車がエイリュースの馬車かどうかは確認されていない――などと返したのだ。更には――彼は相当な好色家だと聞いているので、町の娼館でも探せば見つかるのではないか――と続けたのだ。


 ――話にならない!


 あたしは馬車の被害者がどこに居るかだけを聞いて町へ出た。



 ◇◇◇◇◇



 馬車のでの被害者は四人で、全員が焼け死んでいた。詰所で引き取られていたが、詰所の者の話では、おそらく行商人かなにかで身元もわからないと言う。まともに調べるつもりもない様子だった。


 あたしは聖騎士の立場を使って死体を調べさせてもらった。全員、馬車と同じように焼かれていた。不自然すぎる。そして何より、四人とも明らかに男だった。少なくともエイリュースを抱き起したのは女の子だった。



 ◇◇◇◇◇



 翌日、あたしは辺境伯の城で臣下の者に彼の赴任先を聞いた。辺境軍の騎士隊の隊長として迎え入れられるというので、彼の執務室と宿舎の部屋を尋ねた。しかし、執務室には今の隊長が居り、まだ交代はしていなかった。そして宿舎の部屋には別の者が居て、彼のために部屋を明け渡す用意もされていないように見えた。何より、左遷されたとはいえ、あの騎士団長のような貴族が寝泊まりするには狭すぎる部屋のように思う。



 ◇◇◇◇◇



 あたしはエイリュースの居場所の手がかりを失い、途方に暮れた。辺境伯の城での情報には期待できなかったため、冒険者ギルドを訪れた。


 ギルドにはキリカから伝文が届いていた。『リーメの協力で体の方を探す目途はついたがまだ捕まえられていない』とのこと。あたしは『行方が分からない。御前を目隠しで歩まされてる可能性がある』と伝えておいた。キリカなら意味がわかるだろう。



 あたしは城で充てがわれた部屋を引き払ってギルド近くの宿を借りた。

 あの辺境伯の近くには居たくなかったから。







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一時(いっとき)は鐘が鳴って次の鐘が鳴るまでの時間で約2時間程度ですが、季節によって前後します。一刻(いっこく)はその1/4で30分程度。時間感覚はわりと大雑把なので、魔法の効果時間も『日が昇るまで』『月が満ちるまで』『いついつの鐘が鳴り終えるまで』といった正確さよりもある意味抒情的なものが多いです。


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