第14話 アリア 2
その後もユーキの態度はおかしいままだった。
まず、昼食の準備を手伝わない。いつもなら自分が作りたいものを作ったり、誰かの手伝いをしたり、とにかく以前から誰かに食べさせてあげることが好きで仕方がなかったのに、それが無い。食事の様子も何か様子が違う。食後、片づけを手伝わない。これも珍しい。
それから、その窮屈な服を脱いだら――そう言ったのに、気にした様子もなかった。着替えとしてもっと楽な部屋着を出してあげると、そんな粗末な服は着たくないと言う。ちょっとした苛立ちがあたしに芽生えた。
そしてルシャに対する態度。やたら体に触れる。あたしにだったらわかる。ただそれでも、あのようないやらしい触り方は躊躇するはずなのに、ルシャの肩や尻を撫でまわしていた。そのうえキリカにまで触れようとする。キリカも不審がっているのか、それともあのとき騎士団長に言われたためか、ユーキの手をなんとなく躱しているように思えた。
あたしはユーキから少し離れた距離を維持していた。なんとなく……なんとなくだが、今の彼に触られるのが嫌だった。何故かルシャに嫉妬もしなかった。ルシャも困っていたが、強く拒否はしなかった。ユーキを傷つけたくないからだと思う。
◇◇◇◇◇
夕食後、それは起こった。
ユーキがルシャの部屋に入っていったのだ。あたしの不審は確信に変わった。彼がルシャやキリカの部屋へ自分から入っていくことは絶対に無い。なによりルシャの祝福はつい先日、授けられたばかりだ。
戸を開けると、困った顔で拒否するルシャを、ユーキが無理矢理脱がそうとしていたのだ! 何をしてる!――
衝撃音と共に部屋の壁に縫い留められる男。
――お前は誰だ!
――ルシャに触れるな!
――ユーキをどこへやった!
あたしは思わずそう叫んだ。
するとそいつは怒りの形相で――私にこんなことをしてただで済むと思うな!――ユーキとはまるで別人の言葉を放った。
ルシャは涙目であたしにしがみついてきた。怖かったけれど、彼を拒否することも怖くて逆らえないでいたと告げてきた。ユーキがルシャを泣かせるようなことをするはずがない。こいつは別人だ!
おかしいと思った――部屋に駆け付けてくれたキリカはそう言ってあたしに同調してくれた。ユーキを束縛するために、怪物を縛るのに使う魔法の紐を持ってきて貰った。
◇◇◇◇◇
ユーキの姿をした何者かを取り押さえようと、キリカが殴りつける準備をして『砦』を解いた瞬間、そいつはあたしと同じ『剣士』の力である『加速』を使った。襲われはしなかったものの、部屋を飛び出し逃げ出したのだ。
手がかりを失うわけにはいかない――あたしは建物を出て追ったが、そいつは尋常でない速さで――あたしの『加速』でも追いつけないほどの速さで夜の闇を駆けていった。普通の身体能力ではない。まるでユーキがそのまま『剣士』の祝福を得たかのようだった。その事実はあたしを更なる不安へと駆り立てた。
◇◇◇◇◇
翌日、私たちはリーメを残して三人で大賢者様を訪ねることにした。
あたしたちには他に頼れる相手が居なかった。
大賢者様はあたしたちの様子を見て、快く通してくれた。特に、あまり眠れず青い顔をしていたルシャに、シーアさんが温かい飲み物と甘いお菓子を勧めてくれた。
あたしたちはユーキの異常な行動や、まるで別人のような言動を大賢者様に説明した。あたしは最初、別人が彼のふりをしているだけだと思っていた。しかし――信じたくはなかった――彼のあの異常な身体能力を以てしないと、あの『加速』での速さはあり得ないことも告げた。
大賢者様はしばらく考え込んだ。
祝福と魂とは切り離せないものじゃ――彼女はそう話し始めた。つまり、剣士の祝福を得ている魂がユーキの体に入っている可能性。ただ、一つの体に二つの魂はそう長く居られるものでもないという。
「じゃあ! ユーキの魂は!?」
「行き場を無くしている場合、消滅するか、あるいは召喚者じゃから元の世界に帰るか」
「そんな……」
あたしは膝をついた。目からぽろぽろと熱いものが流れ出る。
「捕まえて拷問して吐かせてみるかの。どうせ中身は別人じゃから」
「そんなことできない……」
そんなのつらすぎる。
◇◇◇◇◇
あたしはルシャと身を寄せ合ってソファーで泣いていた。
――置いて行かれた。何も言わずに……。
消えたなんて思いたくない。
――でも最後に話したかった……。
今更どうしようもない後悔の言葉をルシャと噛みしめていた。
◇◇◇◇◇
「騎士団長……」
傍に立ち、腕を組み、あたしたちを見守っていたように見えたキリカが呟いた。
「――ユーキを見張れと言っていたわ」
「ぁ……」
キリカの言葉に、玻璃玉のような瞳を見開いたシーアさんが慌てて駆けていく。
戻ってきて差し出されたその手には、まだ封の開けられていない手紙があった。そこにはあの騎士団長の名前が。
「そういえば追及のあと、騎士団長が手紙をよこしてきておったのう」
「封も開けませんでしたね」
「……」
大賢者様は封を切って手紙を読み始める。
「なるほど。ユーキの魂はまだ生きておる」
大賢者様から手渡された手紙を慌てて読み始める。こぼれ出る涙を拭う。ルシャもキリカも覗き込む。皺の寄った便箋には
俺は――と書きかけてペンが荒振り、騎士団長は――と書きかけて消し、まともに読める文章ではなかったが、やがて――自分は『陽光の泉』のリーダーである――と記されているのが目に入った。
「あぁ……」
涙で視界がにじむ。その後には――助けてくれ――ルシャにもアオにも逃げられた――誰も頼れない――つらい――助けて――そんな言葉ばかり目に付き、悲痛を訴えていた。
「お城で……あの男が……私の名を呼ぶから……呼ぶからっ!……逃げてしまいました……。私、逃げてしまいました!」
ルシャが嗚咽で息を詰まらせながら叫ぶ。
「ルシャ、大丈夫。あなたのせいじゃないわ。大丈夫よ。大丈夫」
キリカが隣に座り、ルシャを抱きしめて慰める。
「そうか、そうだったんだ……」
あのユーキに殴られ、ボロボロになった騎士団長を抱きしめる少女。あの光景が目に焼き付いて忘れられなかった。
「あたしはあの子で居たかったんだ……」
確信は無かったけれど、心の奥ではユーキに気づけていた。それだけが支えだった。目の前に居たのに取りこぼしてしまった。悔しい。悔しいけれど、前に進みたかった。
「騎士団長に会わせてください」
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