第13話 アリア 1

 ユーキがおかしい。



 ある朝、ユーキを城へと送り出した。その日は仕立てた服を着せたのだけど、彼はこの貴族然とした服を窮屈だと言って嫌がる。


「少しはこういった服にも慣れておきなさい」


 彼が買ってくれたドレスを着て隣に立ちたいのだから――そう思いながら無理やり着せた。


 今日は宴ではない。なのでユーキが新しい女の子を引っかけてくることが無いという点では安心できた。けれど、彼の周りではおかしなことにそういう機会が多い。彼を一人にすると、十をやっと過ぎたくらいの年端も行かない娘から倍以上の年の未亡人まで、子を生せる相手なら誰でもいいと言わんばかりに女の子の危機に居合わせ、助けてしまう。


 もちろんユーキ本人にその気がなくてもになりかねないので、おまじないに襟で隠れる場所へ口づけし、痕を残しておく。


 ユーキは驚いて――どうしたの?――と聞いてくる。あたしから離れないように――そう答える。彼は――心配しなくても離さないよ――口づけを返してくれる。あたしと違ってルシャはこういうことをしない。なんだか、あたしばかり嫉妬しているみたいで腹が立つこともある。


 逆に、ユーキを嫉妬させてしまったかも――とあたしが慌てるときにはたいてい、彼は微笑みを返してくる。なんだか見透かされているみたいで悔しいけれど、同時に心が通じてるようで嬉しくもある。



 ◇◇◇◇◇



 城では騎士団や軍の再編の会議に出席するそうだ。しかし、普通に考えてそんなことのためにユーキが呼ばれたりはしない。実際にはあの騎士団長への追及が行われるという話だった。


 大賢者様によると、今回の問題は大臣やロホモンド公がそもそもの原因のはず。しかし素行の問題もあり、騎士団長が生贄になったのだろう。彼は勇者一行パーティや辺境軍の指揮における失態と、あたしたち『陽光の泉ひだまり』の三人に対する扱いの点を追及されるという。


 あたしとしては、弱みを握って部屋に誘ってきたことで罰を下して欲しかった。だけど他人に詳しく話せる内容でもないので涙を呑むしかなかった。



 ◇◇◇◇◇



 その日、彼は帰ってこなかった。いや、城からは帰ってきたのだけれど、馬車で孤児院へ送り届けられた彼は気分が悪いと、そのまま孤児院の空き室に泊ったようなのだ。そしてそのままずっと寝ているらしい。昼に一度、下宿へ戻ってきたルシャから聞いた。


 仕方がないので昼食後にあたしが迎えに行くと、今度は何故か孤児院を追い出されていた。

 ヨウカが怒っていた。ユーキが、昼食を届けに来たミシカに手を出そうとしたというのだ。


 噓でしょ!?――驚くあたしに、ヨウカが真面目な顔で――嘘じゃないです。ユーキぶっ殺してください――そう言うのだ。ミシカの様子を部屋へ見に行くと、涙目で落ち込んでいた。本人は――強引だったからちょっと驚いただけです。殺さなくていいです――なんて言う。どうやらヨウカの冗談ではなく本当らしい。


「何やってるのよユーキは!」


 ミシカたちの手前、口に出して怒ってはみたが、彼がそんなことをするだろうか。あたしの知ってるユーキは絶対にそんなことはしないと思う。彼女たちの命に係わる場合ならするかもしれない。いや、たぶんしてしまうのだろう……。だけど彼女たちが嫌がることを彼はしないはずだ。



 そして結局、行方が分からないまま、その日の夜も次の日の夜も帰ってこなかった。



 ◇◇◇◇◇



 ユーキが居なくなってから二日目の早朝、ギルドに顔を出したところ、詰所からの連絡を伝えられた。ユーキが娼館で二晩も遊んだうえ、飲んだくれて帰らないので詰所で引き取ったということだ。


 たぶん、その時のあたしは頭に血が上って、他人には見せられない顔をしていただろう。ユーキに酔っぱらった顔で――これはこれは聖騎士殿――なんて冗談を言われたあたしは、思わず平手打ちを入れてしまっていた。


 あたしはこのろくでなしを引き取って肩を貸し、下宿へと帰ってきた。リビングの床に放りだし、その様子に驚いているキリカへ事情を説明した。――床に放っておいていいから――そう言ってあたしは寝室に篭った。



 ◇◇◇◇◇



 ルシャが話を聞いたのか、早い時間に朝のお勤めから戻ってきた。彼女は『癒しの祈り』でユーキの酒を抜いた。放っておけばいいのに……。気分がよくなったユーキは、ルシャのことを――聖女様――なんて呼んでいた。腹が立つので会話には加わらないでいた。


 ルシャと話していた彼は、やがて慌てた様子で鏡を見たいと言い始めた。ルシャが鏡を渡すと、大げさに驚き――なんて不細工な顔だ!――と叫んでいた。彼には少々卑屈なところがあるけれど、ここまで酷いのは始めてだった。ルシャも応対に困るほどの言い様はこれまで見たことがない。キリカも顔をしかめるほどだ。



 とりあえずお茶でも飲んで、四人で市場へでも買い物に行こうという話になった。あたしはあまり気分が乗らなかったけれど、ユーキの様子が気になったのでついていくことにした。


 そしていつもなら率先してお茶を入れるユーキが動こうとしない。しかたなくルシャが準備する。――時間を見ていてくださいね――ルシャが言うが、ユーキは首をかしげている。――鑑定でみられるんですよね?――続けて聞くが、ユーキは要領を得ない様子。


 ――鑑定?――彼がそうつぶやくと、何故か目を見張っていた。彼はルシャの頭の上に目をやっていた。あれは、ユーキが鑑定の結果を見る時の仕草だ。


 おかしい――彼は最近、あの仕草をしなくなった。女の子の個人的な情報を見るのは失礼だからと、意識して見ないようにしていたはず。彼はルシャのを見終えると、隣にいるキリカの頭の上を眺め始める。そしてこちらにも。あたしは何故か辱められているような気がして部屋へ逃げ込んだ。



 ◇◇◇◇◇



 お茶のあと、四人で市場へと向かう。いつもなら冗談を言い合いながら楽しく買い物をする時間なのに、ちょっと雰囲気がおかしい。原因は、先ほどまでのこともあるが、なによりもユーキの態度だ。


 今日のユーキは何故かルシャを聖女様と呼んで妙に気遣う。おまけに、普段ならあたしと手を繋いで歩くことが多い街中を、あろうことかルシャをエスコートして歩き始めたのだ。ルシャもちょっと困った様子だったが、ユーキが積極的なため断れないでいた。


 そこはあたしの場所なのに――普段ならそう思っただろう。しかし何故かその時は、その想いが搔き消えていた。何なのかはわからない。ユーキに気持ち悪さを感じていた。



 ◇◇◇◇◇



 朝と言うには少し遅めの時間の市場は、主婦よりも冒険者や旅人、不定期な生活時間の利用者が増えてくる。市場へと向かう大通りを歩いていると、近くを走る馬車からあたしの名を呼ぶ声が聞こえた。どうしてか惹かれる印象があった声だったのに、振り返るとそこに居たのは…………あの騎士団長だった。


 奴の声に何かを期待してしまった自分が恥ずかしく、そして恨めしかった。


 あたしが睨みつける間もなく奴は馬車から転がり落ちた。奴は馬車から落ちたことさえ気にせず、あたしの名を再び呼んだ。その声に思わず手を差し伸べかけてしまったけれど、すぐにユーキが遮って奴の前に立った。……少し自己嫌悪。


 奴はユーキと口論を始めた。けれど何か違和感がある。ユーキのルシャの扱いも乱暴に見えた。やがて激昂した騎士団長はユーキに掴みかかろうとするも、殴り倒され、圧し掛かられる。ユーキはそのまま騎士団長を殴り始めた。


 何をやってるの!――ユーキらしからぬ行動。しかし相手はあの騎士団長だ。


 あたしは感情を押し殺してユーキを強めの言葉で止めた。


 騎士団長はあたしにルシャを守ってと懇願している。……なぜ?


 ユーキはさらに彼を蹴り上げた。やりすぎで見ていられない。


 あたしたちはその場を後にした。が――



 背後で騎士団長の名を必死に呼ぶ声。

 ちらりと見返ると、彼を抱きかかえる少女が居た。


 なぜだろう。その姿が目に焼き付いて…………いつまでも頭から離れなかった。







--


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る