第12話 無茶ばかり
今朝も朝のお務めと言って、町の困ってる人たちに癒しを施していたハルカは今、ニッコニコで馬車に揺られている。隣にはヘイゼルを座らせて頬ずりしていた。
「私ぃ、一人っ子だったじゃない? こっちでも売られたから姉妹居なくてー。かわいい妹ができたみたい」
妹とは言うが、ヘイゼルはアリアと同じくらいのそこそこの背丈。対してハルカは小さい。13才らしいけれど、この世界の13才というよりは、元の世界の13才くらいにしか見えない。
「あのわたくし、妹なんですか?」
「前世と合わせて30年くらい生きてるから十分お姉ちゃんですっ!」
「お姉ちゃんというよりは、マセた妹って感じだよなあ」
「うっさい包帯男。黙って邪眼でも疼かせてろ」
「うわ辛辣……」
従者さんは既にハルカの説得を諦めたのか、言葉遣いに注意もせず、外の景色を眺めていた。
昼食もハルカは外で食べるの楽しいよねと、やはりヘイゼルを離さないでいた。そういえばハルカは昼食の準備をしなかったな。従者さんが主にやって、ヘイゼルが手伝っていた。上位の鑑定なら料理のレシピも出るだろ――と言ったのだが、――興味ないかな――とだけ返された。あれこそ『鑑定』の最高の利用方法だと思うのだが。
◇◇◇◇◇
徐々に日も傾いてくるが、今は夏至に近いためかなり日が長い。十分日が高いうちに次の宿場町に辿り着ける――はずだった。
「来ましたな。――馬車を止めてくれ」
そう言ってから、御者に馬車を止めさせる従者さん。
何が?――そう問いかける前に、彼の視線の先を見て理解した。少し開けた場所の先の森に屋根付きの淡く緑がかった
「何か見覚えのある馬車だな、あれ」
「襲撃の時、停まっていた馬車です」――とヘイゼル。
「御者の方、我々と代わって馬車の中へお入りなさい。危険ですから出てきてはいけませんよ」
ハルカの指示で四人が外へ出て、御者は狼狽えながら馬車の中へ。
「いいのか?」
「馬車を走らせていると危険だ」
「俺はまともに戦えないぞ?」
「へぇ? 女の子に戦わせちゃうんだ?」
「それはもう……今更かなあ」
『陽だまり』では俺の役割なんか壁でしかなかったからな。
自嘲するが、今回は俺も戦うしかないだろう。
「やつら、弓を使うぞ。あとたぶん毒も使ってくる」
「ヘイゼルは馬を見ていてあげてね」
「えっ?」
「ヘイゼルはかなり腕が立つぞ」
「それでも一人じゃ危険だよ?」
どういう意味だ? 相変わらずハルカは何を考えているのかわからない。
バン――という耳慣れた衝撃音と共に光の壁ができ、馬車ごと囲い込んだ。アリアと同じ『
「従者さんが聖騎士なら、なおさらヘイゼルに戦ってもらわないと無理じゃないこれ?」
敵の数は六人で全員が弓を構えている。何らかの能力を使って矢を放ってきてはいるが、『砦』の前では一様に防がれている。
「いつまでも『砦』が持たないでしょ? どうすんの?」
「突っ立ったまま一晩中見張りしててもケロっとしてる『
「マジかよ……」
「護ると誓いました故」
やっぱりこの世界の誓いって半端ないな。まあ、守ってる聖女様は誓いを破ったんだが。向こうの六人は矢が通らないとみて話をしている様子。無理なんだからさっさと引き上げてくれればいいのに。
「六人だけならなんとかなるかな」
「その右手にも一人居るよ。厨二風に言うなら一時の方向ね」
「いやそれ厨二じゃねぇし。鑑定? 鑑定何度も使えば暗闇でも見通せるよ」
「そうなの?」
「鑑定鑑定鑑定~♪ って鑑定ソングを頭の中でぐるぐるしとけば――」
「あ、ほんと。すごい。一時に七人いる」
「えぇ……」
「ちょっと名前書く。書くものない?」
どうぞ!――ヘイゼルがすぐさま便箋とペンを渡す。
◇◇◇◇◇
「なんかこっち来るぞ」
話を終えたらしい六人が近づいてくる。交渉しになんて来ないよな。そして壺みたいなものを構えている。ああ、嫌な予感がするわ。
連中は壺を投げつけてくる。『砦』にぶつかった壺は割れるが、同時に炎が広がる。炎は地面に広がって足元を焼く。リーメの『火球』と違って魔法の炎ではないのだろう。消えることなく燃え続けている。
炎や煙は『砦』の中に影響を及ぼすことはなかったが、馬車を引く二頭の馬が落ち着かなくなる。
「お、落ち着いてっ。――ど、どうしましょう?」
「どうする? 馬車だけ逃がすか?」
するとハルカは何かの祈りを捧げ始めた。神様へ捧げる祝詞は地母神様の物とは違っていた。
やがて詠唱と共にヘイゼルが抑えていた馬は落ち着いてくる。
様子を見ていた六人も手をこまねいていた。リーダーらしき男が指示を出し、二人ずつに分かれ、三方から矢を放つがこれも『砦』に防がれる。『砦』はよく目にする『盾』の力とは違って全周囲に有効だからだ。
「やつら、分散してるからヘイゼルに速攻してもらえば行けるぞ」
「だめよ。私のヘイゼルが危険な目に遭うでしょ。自分で行けばいいじゃない」
……仕方がない。俺が行くか。
俺は盾代わりになるもの――馬車のドアを引っぺがして構えた。すみません、あとで弁償します――聖女様が……。
「あっ、ちょっと! 本気で行くの!?」
「お前が行けって言ったよね……」
話してても仕方がないので俺は左手の一団に向かって走り出した。本当は右に行きたかったが伏兵も考えると左かな。右手にドアを構え、左手で剣を持った。騎士団長も体格はいいので、殴り合いになれば分も悪くないだろう。
四人からの矢が飛んでくる。簡易の盾もあるし何とかなるかと思っていたが、甘かった。あれだ。ルシャのよく使っていた『曲射』。あれで左に回り込むように飛ぶ矢を織り交ぜてくる。
「ぐっ――ぐぁ――がっ」
続けざまに三本の矢に射貫かれるが、さすが騎士団長。倒れることも無く敵二人の元へ辿り着き、力任せに斬りつけて弓ごと片腕を切り飛ばした。この世界の剣はどれも重量は手元寄りで先端の身は細いが刃は鋭利。よく斬れ、鋭く突ける。
もう一人は素早く後退りつつ、新たな矢を放ってくる。武器は抜かない。弓の祝福に頼るようだ。追うことも考えるが腕を切られてうずくまっていた男が剣を抜いて切りかかってくる。剣の腕はそれほどではないが、こちらも鎧は無い。鋭利な切っ先が掠めるだけで大きく切り裂かれるだろう。刃物は怖いよな。
そしてここの弓士は味方が居ようと平気で矢を放ってくる。これはルシャも同じだったが、曲射は射手の意識に合わせて誘導されているような気がする。予測にしてはあり得ない場所に射てくるからだ。
俺は剣を捌きながら強引に懐へ入って男を持ち上げ気味に盾にする。肉の盾で上手く矢を躱すと、投げ捨ててもう一人の元へと走る。近距離で放った矢を受けてしまったが、矢がブレたのか上手く突き刺さらず、身を裂いただけで済んだ。もう一人を突く。
今度は一撃が上手く入り、相手は動きを止める。長柄の武器を両の手どちらでもで扱えるようにアリアが訓練してくれていたおかげだ。俺はドアを捨て、そいつの首根っこと腰のベルトを掴み上げると、再び盾にして前に進む。さすがに密着していれば躊躇するだろうと思いきや、今度は貫通力を上げた直線的な矢を射ってきやがった。
「おいおいおい」
先程とは明らかに
「――詰んだわ俺」
合図と共に再び俺に向かって斉射が放たれる。俺は少しでも矢を躱そうと膝をついて屈みこんだ。光線のように真っすぐ迫りくる矢。そして――
突如、目の前を覆う大きな黒い影。
続く衝撃音。
黒い影は嘶きと共に目の前から去っていく。去った影の後に現れたのは赤髪の少女。
彼女は目にいっぱいの涙を溜め、こちらに膝をついてくる。
「どうして! そんな無茶ばかりするのよ!」
彼女は俺に抱きついて来ようとし――
「ストーップ! ストップ! ダメ! この体じゃダメ!」
俺は彼女を両手で強引に押し留めた。
――セルフ寝取られとか一生トラウマになるわ。
ただ、実に半月ぶりの赤髪の少女の優し気な眼差しに、何もかもが報われる思いだった。
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次回よりアリア視点でここまでを追います!
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