第11話 守ってあげる
翌日、まずはハルカからヘイゼルへ状況を説明してもらおうと思った。
……思ったのだが、ハルカは朝も早くからお勤めと言って従者を連れ、町の困っている人たちを助けに行ってしまった。とにかく思い通りにならないのがこの幼馴染だ。なお、従者さんは名前を明かしてくれていない。ただの聖女様付きの従者だと言って。
ちなみにハルカのこっちでの名前はイリースというらしい。どこかで聞いたような名前だなとだけ思った。
◇◇◇◇◇
「あ、先に言っておくけど聖女様とは
――いやヘイゼル、そんな宇宙に漂ってるような顔しなくていいから。
とにかく昼食後にはなったが、俺はハルカを部屋に招いた。その彼女が来る前にヘイゼルへ念を押しておいたのだ。そしてやってきたハルカと従者さん。
「で、どこまで話しちゃっていいの?」
「とりあえず俺が喋れないとこを」
「いいの?」
おそらく、ヘイゼルが元はあの騎士団長の従者であったことを警戒しているのだろう。
「いい」
「信用してるんだね」
「まあね」
ヘイゼルを見て言う。彼女には座ってもらっていた。普段から言わないと座らない。肩をすぼめ両手を膝について腕を突っ張らせ、緊張した様子。加えて真剣な表情で頷き返す彼女。
ハルカは俺の入れ替わりについて話した。篠原祐樹という召喚者とエイリュースの魂が入れ替わっていること、それが断罪のときからであること、俺がそのことについて喋ったり文字に残したりできない呪いを受けていること、全てを説明した。
ハルカの話が進むにつれ、ヘイゼルは俯き、やがて鼻をすすり始める。ハルカが大丈夫かと聞くが、頷くだけ。
ハルカがひと通りを話し終えると、涙をいっぱいに浮かべたヘイゼルが顔を上げ、ハルカを見て、そして俺を見る。
「わたくし、おかしいな――おかしいなって――思ってました」
俺は頷く。彼女は嗚咽交じりの声で続ける。
「エイリュース様が――心を入れ替えてくれたものと――信じてました。信じたかったのです」
「――わたくしが父を失い、公爵様からの庇護を失い、一人きりになってしまったとき――エイリュース様が引き取ってくださいました。でも――男の子の格好――させられたり――夜の間中――立たされたり――夜の相手を――させられたり――鞭でっ――」
ヘイゼルは泣き出してしまう。俺は抱きしめてやる。ハルカも涙を堪えられないでいる。従者さんも目頭を押さえていた。
「――助けてくれたんです。優しいときもあるんです――でも――」
「――でも、やっぱり嫌! 嫌なのに逃げられないの!」
俺は彼女の背を擦ってやることしかできなかった。
「ごめんな……ごめんな……」
「祐樹が謝ることじゃない。あんた、彼女を救えたの。しっかりしなさい」
「……ハルカ、ヘイゼルを頼めるか?」
ヘイゼルはハッとして身を起こし、俺とハルカの顔を見比べる。
「い、嫌です。捨てないでください!」
「ヘイゼル。あなたは一度こいつから離れた方がいいよ。こいつの今の中身は祐樹よ? 今の状態だと余計に心を許してしまって、またこいつが元に戻ったときに離れられなくなる」
「大丈夫。俺は見捨てたりはしない。だけど俺の今の姿は君にとって毒にしかならないと思う。だからハルカに世話になりな」
「イリースよ。ハルカはこっちでは名乗って無いわ。――ね、私、こいつの中身の幼馴染だから。責任持って守ってあげる」
「わかりました……イリース様」
「外では聖女様と」――従者さんが付け加える。
「はい、聖女様」
「この人お堅いだけだから、私はイリースでもいいよ」
「なりません。それから聖女様も口調に気を付けてください」
「俺はしばらく顔を隠すか。どうせ包帯も余るし」
「そうだね。なんだか中学の頃の祐樹みたい」
「えぇ……」
確かに中学の頃は顔や腕に包帯を巻いたりしたこともあったけど、それは家でだぞ? 何で知ってるんだ? カーテンは閉めてあったし、どこから情報が……。
◇◇◇◇◇
ハルカはヘイゼルが落ち着くと、自分が俺と同郷の転生者であることも詳しく話した。まあ、俺から話してもいいんだが、彼女から説明してもらった方が早いしヘイゼルも混乱しないだろう。
「そういうわけだから安心してね。あとこの男――中身の方ね。こっちの世界じゃ何人も女の子囲ってるのよ。気を許しちゃダメ」
「ちょっと待て。誤解を受けるような言い方はやめろ。ちゃんと付き合ってるのはアリアとルシャの二人だけだ」
「じゃああとの子は遊びなわけ? 猶更悪いじゃん」
「いや、そうじゃない。あれは地母神様の企みで仕方なくって説明したろ」
「わたくしのときも仕方が無かったんですか?」
ヘイゼルが涙交じりの笑顔で言う。
「や、違くて……」
「あんた、この子ともしたの? それでその言い訳は最っ低ね」
「最低ですね。責任取ってください」
あっ、見て! 焦ってる!――とか言いながら二人は笑う。
俺はまあ、キモかろうが最低だろうが何でもいい。ヘイゼルの笑顔が続いて欲しい。幸せになって欲しい。それだけだ。
◇◇◇◇◇
ヘイゼルはすぐにハルカの部屋へ移動した。これからはハルカと一緒に寝食を共にする。ハルカはハルカで妹ができたみたいと喜んでいた。――妹? 姉の間違いじゃないのか?
俺はと言うと、何度かハルカの『癒しの祈り』を受けて、ようやくあちこち歩けるくらいには回復してきた。体のだるさは残っているが、早く王都へ向けて出発したかった。
「まったく! あと一日待ちなよ!」
「いや、でも、俺だけでも先に行けないかと」
「祐樹一人行っても仕方がないでしょ! 強くもないし、頼れる人が他に居るの!?」
「いません……」
「王都に残してきた子たちが心配なのはわかる。けどね、別に命を狙われてるわけじゃないでしょ? じゃあ彼女たちを信じてあげなよ。女の子だってバカじゃないよ?」
「返す言葉もございません……」
そうだな。アリアたちを信じよう。見た目が俺だからって、中身があんなやつなのを気づかないわけがない。何とかしてくれると信じよう。
そして翌日、屋敷の主が用意してくれた馬車で俺たちは王都へ向けて出発することになった。俺は顔に包帯を巻いたままではあったが、聖女様が俺へ信頼の眼差しを向けてくれたおかげで、屋敷の主の態度には労りさえ感じられるほどだった。
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それ、母さんです。
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