第10話 そうだね、キモいね
地域性だろうか。部屋でなかなかに肉が多くて味付けの濃い、豪勢な夕食を終えた俺は、屋敷の人に借りた衣装でヘイゼルに身支度を整えられ、聖女様の部屋へと向かう。と言っても隣だが。そして夜の身支度なのだが。
ヘイゼルがノックをして声をかけると部屋の戸が内側から開けられる。中へ入ると、広い部屋の奥に鎮座している屋根付きのベッドに、寝間着姿の聖女様が腰かけていた。困ってヘイゼルを見ると、彼女は何も言わずにお辞儀をして俺を送り出した。
――えっ、ついてきてよ恐いよ。
ベッド際の丸テーブルには果物に焼き菓子の乗った皿、水差しがふたつ、それから杯がひと組置いてあった。もちろん、部屋には長椅子だとかローテーブルだとかもあるんだけど、どう見てもそちらに座るようには装われていない。
「あのう……」
「立ってないで座ったら?」
ぽんぽん――とベッドを、自分の座る隣を叩く。
「はい……」
俺は恐る恐るベッドの隅の方に座る。
「どうしてそんな
聖女様は従者を顎で刺す。
従者の男は先ほどと変わらず鎧姿のまま扉の傍でこちらからいくらか視線を外し、
「大丈夫大丈夫。あの人ならいきなり始めちゃっても何にも言わないから」
――何を始めるんですかね、この人は。
「これは独り言ですが、その場合、貴女は聖女ではなくなり、私は無事、解任され自由の身となります」
微動だにしなかった従者さんがすました顔で明後日の方向を向いてそう言った。
「えっ、聖女ってそこまで?」
「ルシャちゃんはドコ聖女よ。ルイビーズの聖女の貞淑はそんなもんよ」
「え、多分だけど地母神様」
「じゃあ祝福を受けたトコの差ね。私は北の国で祝福を受けたから同じタレントでも条件が違うの」
「へぇ……そうなんですか」
俺がそう言うと聖女様はいくらか眉根を寄せる。
幻想的な美しさもあって威圧的にも感じた。
「さっきも聞いたけどどうしてそんな畏まってるの? わかってるのよね?」
「何がでしょう」
「鑑定よ。付いてるでしょ?」
「鑑定はその……賢者の祝福が一緒に付いてこなかったって言うか。魔女だけ付いてきたっていうか。ていうか何で知ってるの?」
「鑑定って賢者に付いてるんだ。ってゆーか何よそれ! ちゃんと付いてないと証明できないじゃない!」
聖女様が何を言い始めたのか、何でこんな話になっているのか全く理解が追い付かなかった。
「よくわかんないけど…………女神様関係の方?」
「はえ?
「…………なん……だって……」
今、ハルカと言ったぞ。――いや、転生しているとは聞いていた。聞いていたが何故こんな場所で出会って、さも当たり前のように俺を助けているんだ? そして当然のようにこっちが知ってるという前提で話している。
「――いやいや、顔とか全然違うからわかんないし!」
「あー、そっか。転生だもんね」
「それはハルから聞いた」
「川瀬君に会ったんだ。私、王都生まれだけど小さい頃に人買いへ売られちゃってね。まだ会えてなかったの」
「よく……生きてたね。……酷い目にあわなかった?」
「そこは大丈夫だったかな。頑張ったし」
「まあ、とにかく分かれと言われても……」
「何でよ。運命的なもの、大好きだったでしょ? どうしようもないくらいロマンティストだったでしょ? 私は13年かけて祐樹を探して、やっと巡り合えたんだよ??」
「そうか。そうだったんだ……」
「素敵だって思わなかった?」
「思った」
「うん。よかった」
「でも、そんなことのために転生したの?」
「
彼女はあの白い空間でのことを言っているのだろう。
「あと!」
ハルカはいくらか目を逸らし、口を尖らせるようにした。
「――あとその、……祐樹が変なこと言ってたから」
「ああ、変なこと言ってたね。ハルとアオにも聞かれたとか。……ごめんね」
「ちゃ、ちゃんと、しょ、処女だよって」
「そっか」
なんか変な理屈だけど彼女らしいと思った。転生して生まれ変わったから処女。そのためだけに転生。その事実だけで俺を守ってくれる。胸でつっかえていたものが綺麗に消えてしまった。こんなこと、おかしくて笑った。
「だから…………ちょっと! 笑わないでよ! 鑑定無いなら意味ないし!」
「そんなことで俺に鑑定つけてくれたんだ」
「そうだよ」
「俺が処女厨だから神様が付けたんだと思ってた」
「えっ、それはさすがにキモい」
「そうだね、キモいね」
俺はまた笑った。
◇◇◇◇◇
その後、俺はこっちに来てからの話をした。とても鑑定が役立って、それだけが頼りだったこと。その鑑定のおかげで生き残ることができたこと。
「人のプライバシー覗けるなら大抵のことは鑑定できちゃうんだなって思ったよ」
「私は別に他人のを見せたいわけじゃなかったんだけどね」
「今は女性の鑑定はしないようにしてる」
「えらいえらい。成長したね」
「まあ……そうだね」
今の俺にはそれほど大事なことじゃなかった。他の女の子が処女かどうかなんて、その子が決めればいいことだ。処女厨なんて余計なおせっかい。ただの嫉妬だ。
「それで? ルシャちゃんとはどうなの?」
「いや、実を言うとアリアって子が心に決めた子だったつもりで――」
「えっ、二股してんの?」
「やや、違くて――」
話が長くなるがと前置きしたうえで、二人との関係を話すと、ハルカはしぶしぶ納得した。
「あと実を言うとキリカとリーメって子もいて」
一応、それぞれについては説明した。あとついでにミシカとヨウカのことも。
「なにそれハーレムじゃない。うわ、処女厨がハメを外すとこうなるのね」
「幻滅するよな」
「どうかな。恋は自由だって思ってるから。私は」
「俺のことはともかく、ハルのことはいいのかよ」
「川瀬君? そうだね、その恋は破れたからもういいかな」
――なんだ、そうだったのか。
「こっち来てだれかいい人いた? 例えばそこの人は?」
「あの人はあれが役目の人だから。聖女を護るって神様に誓ったんだって」
「でもずっと一緒なんでしょ?」
「そうだね。小さい頃から護ってもらってた。――けど、そういうのじゃないかな」
「そうなんです?」
従者の人に聞くが答えない。
「寝室で寝ずの番するときは何も言わないし、見ても見ぬふり。たぶん目の前で裸になって着替えても無視すると思う」
「えっ、そんなことしてたの?」
「しないわよ!」
ハルカは声を荒げた。
「――嫉妬した?」
「ちょっと」
「欲張りだね」
◇◇◇◇◇
ハルやアオの話もする。そしてその中で出てきた騎士団長。
「それがこの騎士団長ってわけ。それが何故か俺とい……ぐぷぅ……げぷ」
油断していた。込み上げるものに俺はベッドから床に崩れこんだ。ハルカが気遣って背中を擦ってくれる。
「よしよし。これは呪いだね。放っておいても次の新月か満月には解けるけど。問題は入れ替わりの方だよね?」
俺はうんとは言えなかった。
「答えられないんだ。文字にも書けない」
「そういう呪いみたいだね。入れ替わりの方は魔法の道具の影響下って書いてある」
「何とかならない?」
「なる……と思うけど、元の体の傍に行かないと危険かも。あとできたら魔法の道具も近くにある方がいいと思う」
「呪いが切れる前に殺されないようにしないとなあ。それと……」
「女の子たちが心配だね……」
そう。それがいちばんの心配事だ。
「元が婚約者いるのに女騎士に手を出したり、従者に男と偽って女の子侍らせたり、その上で聖女のルシャに手を出したりしてたような男だから」
「何かあっても彼女たち、許せる?」
ハルカは真剣な目をして言う。
「昔とは違うよ。大丈夫」
「なら協力してあげる」
「ハルカが居てくれたら百人力だ」
「筋肉馬鹿みたいに言わないでよ」
「どうしてそうなるかな」
俺は笑う。つい先日の森の中の出来事が嘘のようだ。今も決して良い状況とは言えないが、この強気の幼馴染は俺を安心させてくれた。
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幼馴染登場でした! 幼馴染に振られる系の話では、本作はかなり特殊な話じゃないかなと思います。
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