第9話 変な女
真っ白な長い髪の女が一人の従者を連れてやってきた。
女は赤い瞳、透き通るような肌をしていて、華奢で小柄だが幻想的な美しさを持っていた。髪はまだ魔術で染めることができるけれど、こんなに白い肌や、まして赤い瞳は見たことがない。こちらの世界に来て初めて見るような異世界を感じさせる人だった。
従者の大柄な男は青い板金鎧を身に着けていた。色を塗っているわけではなく、火の入れ具合で青い鎧が作れるとこちらの世界で聞いたが、とても高度な技術なのだという。そういう鎧は極めて高額だ。そしておそらく、本人も名のある者なのだろう。
二人は
ヘイゼルがまだベッドから起き上がれない俺の前に椅子を二つ用意した。
その白い女は冷たい人形のようにも思えた無表情を雪解けのように崩し、ヘイゼルに柔らかく、だが慎ましく微笑みかけ、椅子に座った。男の方はと言うと、こちらこそ人形のように、ただただ白い女の斜め後ろに控えていた。そして――
「さてっと、どうしてあんなところで死にかけていたの? 教えてくれるかな?」
「え……」
「聖女様! 言葉遣いが!」
「…………」
俺は余りのことに間抜けな声を漏らしていた。
それまで人形のようだった従者の男は突然、人間味を溢れさせた。
ヘイゼルに至っては唖然としていた。
部屋に入ってきたときまでのイメージぶち壊しだった……。
「いいじゃない。どうせ外では喋れないような事情でしょ?」
「っ! このことは他言無用だ!」
相変わらずな態度の聖女様に、従者の男は俺たちへ釘を刺した。
「お、俺はその……エイリュースという王国の元騎士団長……だと思います」
「ほんとにぃ? エイリュースって本名? 何歳?」
なんだかこの聖女様……ズレてない?
「ご本名です。エイリュース・ユーラス・フォル・ドバル様です」
「そんな名前だった、確か」
ヘイゼルの言葉にうっかり素で答えてしまうと、聖女様と従者は疑いの眼差しを俺へ向ける。
「お年は22です」
「えっ、そんな若いんだ」
ますます微妙な空気になる。――いや、だってこいつの年齢なんて興味なかったし、もっと年取ってるかと思ってたのにハルより年下だなんて思わなかったもん。
ただ、驚いたのはそれを聞いた聖女様の反応だった。
「なるほど、だいたい事情はわかった」
――えっ、わかったの? 今ので? いや、従者さんも口を開けてるぞ。
「あなたが王国の元騎士団長で、命を狙われ追われていたことは既に聞いてます――」
聖女様は居住まいを正す。
「――ですので、私はあなたをお助けします」
「「「え!?」」」
いやちょっと話早くない? 従者さんも驚いてるよほら。
「お待ちください。貴女様には北のルイビーズの聖女というお立場があるのですよ」
「知らないよそんなの。みんなが勝手に祀り上げたんじゃない。それにルイビーズの祭司様も――あまねく世界に癒しを――と仰られました。そのための周遊ではございませんか?」
聖女様は子供のような話し方と、聖女然とした話し方を使い分けていた。
「(なんかこの聖女様変わってない?)」
変な女以上の感想が無い。
「(ちょっと不思議な方ですね)」
俺たちが囁きあっていると――
「ちょっとそこ、二人で仲良く内緒話しない! で、返事は?」
「えっ」
「あなたをお助けします」
「あ、どうも」
「どうもじゃない」
「ありがとうございます」
「よろしい」
助かったはいいが、妙なのと知り合ってしまった。
◇◇◇◇◇
俺たちは移動中の聖女様に助けられたようだ。そしてここは北の辺境領で著名な大店の屋敷だそうだ。聖女様と聞いて部屋を貸してくれたらしい。それにしても豪華な部屋だな。さすが聖女様だ。王都でのルシャの扱いがすごいのも納得できる。
聖女様は再び『癒しの祈り』を施してくれる。完全回復とは言わないが、かなり体調は良くなった。
「『蘇生』は、しばらくの間は体がまともに動かないのでそのつもりで」
「ありがとうございます。ところで、俺……騎士団長の話をどこかで?」
「ん?」
「や、助けてくれるというからには騎士団長と何か関りがあるのかなと」
「ないよ、そんなの」
「えぇ……」
従者さんを見るが無言で首を振る。よかった。仲間がいた。おかしいのは俺じゃない。
「ね、ところでルシャって誰? 王都の聖女って聞いたけど」
「婚約者……みたいな」
「えっ、どっちの?」
「どっちの??」
「う~ん、まあいいや。夜に寝室へ来なさい。そこで話しましょ」
「「「ええ!?」」」
とんでもないことを言いやがった聖女様は、従者にいろいろ小言を言われてるが気にした様子もない。それどころかあなた居なくていいよとか言ってる。
聖女様はその後、町の人々を癒すからと出て行ってしまった。
ヘイゼルに聞くと、助けてくれたときはもっと落ち着いた神秘的な雰囲気の人だったという。そして崖から落ちた直後に通りかかったせいで、追っ手も追撃できなかったようだ。何か、地母神様の介入のようなものを感じる。
とにかく、両足と首が折れ、背中から腕から裂傷だらけの俺を事情も聞かずに蘇生させてくれたのだそうだ。ヘイゼルにはまた泣かれた。彼女は擦り傷ひとつ無かったそうだ。さすが俺(の魔女の祝福)。
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なろう系ファンタジーっぽい外見のキャラは拙作では実は希少です。
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