第7話 アリアにも届くかも

 祝福が訪れたとき、彼女の顔色が明らかに良くなるのをみてほっとした。

 ヘイゼルは目を丸くしていた。


「魔女の祝福。これでしばらく食べなくても持つよ」

「魔女の祝福は男性の方しか受けられないのでは?」


「男の魔女なら女の人でも受けられるんだ」

「エイリュース様は本当に魔女だったのですね」


 ヘイゼルは俺の頬に触れる。

 彼女に魔女を蔑む様子は感じられない。


「エイリュースじゃなく魔女なんだ」

「生まれ変わられたということでしょうか」


「そうかもね。でも長くは続かないし続けたくない」

「それは……寂しいです」


 それから俺は祝福をかけ続けた。むかつくことにこの騎士団長、そっちの方はやたらと体力があり、アリアの『輝きの手』なんかなくても余裕で四回分の祝福をかけ終えた。なんなのこいつ。



 ◇◇◇◇◇



「エイリュース様、参りましょう。わたくしにお任せくだされば必ずや無事に街道まで辿り着いてみせます」


 そう言うとヘイゼルは太陽の位置を確かめに走り、向かう方角を決める。彼女は昨日の様子が嘘のように元気になった。『不屈』は精神的な影響も大きい。あとは残りの祝福が上手く働いてくれれば生還できるかもしれない。


「ああ、頼りにしてるよ……」


 逆に俺はと言うと、熱が上がってきた。まだ動けるが、あまり彼女を心配させたくない。



 ◇◇◇◇◇



 森を順調に進んでいく。正確な方角はわからないが、時折覗く太陽の位置から、概ね街道の方には向かっていると思う。昨日や一昨日よりは進めているはずだ。


 そう思ってると、背後から大きな破裂音のような音が二回鳴り響く。安心していたらこれだ。これだけ移動し続けてるのに追ってくるってことは、最初から専門の狩人を用意していたか、魔法的なもので追ってきていたのだろう。



「ついてきているが襲ってはこないな」

「仲間が集まるのを待っているんでしょうか」


「それにしては悠長に構えてる」


 後ろからついてきている人影があるが、追い付いてこようとはしていない。ただし、弓を持っていることもあり油断はできず、これまでのような方法で直進するのが難しくなる。行き詰まるのを恐れて登り基調の道を進んでいたが、それがマズかった。開けた丘の上に出てしまったのだ。


「エイリュース様、街道です!」


 先を急いだヘイゼルが叫ぶ。慌てて俺も追いつくが、街道は急こう配の崖下だった。そして追っ手は背後の一人だけでなく、別の方向からも同じく弓を持った者が二人、さらにまた別の方向から二人やってきていた。その最後の二人はアイネスと男の騎士だった。


「団長、どこまで逃げんだ。追うのが大変じゃねえかよ!」

「なんで毒食らってそんなに元気なのよ! クソッ!」


 ――あーあー、めっちゃキレてるわ。ていうか毒だったのかよ。


 騎士団長の頑丈さに感謝するしかない。ただ、流石に眩暈がしてふらついてはいた。二人が抜剣して近づいてくるが、残りは来ない。どういうことだ?


「二人でやる気かよ。舐められたもんだな」


 まあ、全員を相手する余裕なんてないんだが。


「うるさい! やつらの手を借りるようならオレたちもお仕舞なんだよ!」

「私が直接止めを刺してあげるわ」


 迫るアイネスにヘイゼルが前へ出る。

 俺も剣を抜くが正直、まともにやり合える気がしない。


「ヘイゼル、無理をするな。いざとなったら崖から逃げろ」


 ヘイゼル一人なら崖から飛んでもおそらく、二番目に掛けた魔女の祝福、『豪運』で助かるだろう。だが彼女は向かっていった。



 ブルネットの少女はアリアを思い起こさせる、いやそれ以上の速さでアイネスに斬りかかった。一瞬で距離を詰めたヘイゼルに対し、アイネスは既の所で『盾』を発動させ、その一撃の勢いを殺す。ただその『盾』の力もアリアの『砦』のように無敵ではない。アイネスは『盾』で阻み切れなかった勢いに腕を切り裂かれ、後退った。


 アイネスたちは二人とも鎧下に簡易的な鎧を身に付けているが、いずれも間に合わせで本格的なものではない。なので板金鎧の隙間を突くような戦い方をしなくても、ヘイゼルの剣は通用する。こちらには盾さえないのでありがたい。


「妾の癖になんでこんなっ!」


 アイネスが愚痴ってるがそこは俺が頑張ったからな。


 俺はと言うと男の方と対峙する。――すまん、最後まで名前思い出せなかったわ。

 相手も流石に騎士団長相手だと様子を伺っていたが、いずれこちらの腕前は見透かされてしまうだろう。アリアから学んだ長剣の扱いを、虚ろながら思い浮かべていた。だが――


「ギャッ」


 突然、目の前の男が突っ伏す。アイネスと対峙していたヘイゼルはアイネスが怯んだ隙に踵を返し、再び『加速』で側面から男に斬りかかっていた。致命傷を避けるため地面に突っ伏した男を、俺は剣で何度も突いたが掠めるだけだった。男も必死に転がって身を躱していた。


「っ!」


 今度はアイネスがヘイゼルの隙を突くように斬りかかってきた。

 ただ、アイネスの剣は振り返ったヘイゼルに止められた。そのアイネスの剣を魔女の祝福、『剛腕』で力任せに押し返すヘイゼル。たたらを踏むも、踏みとどまるアイネス。踏み込むヘイゼル。


 迫るヘイゼルへ、アイネスが苦し紛れに返してきた剣を紙一重で躱し、放ったヘイゼルの一撃は、無防備になったアイネスの身を貫いた。


「ぐぶっ……」


 アイネスは腹を抱えこんで両膝をつき、うずくまる。ヘイゼルはアイネスが握り込んでいた剣を奪った。


「な、なんでこんなに……」


 ヘイゼルに睨みつけられた目の前の男がたじろぐ。


「どうするよ。この子、実は俺が直々に鍛えたんだぜ。お前が敵うかな」


 マジかよ――そんな顔を向けた男は踵を返し、逃げ始めた! それを追うヘイゼル。


「――待てヘイゼル! 矢だ!」


 ヘイゼルは俺の声に反応して身を躱すが、男には直後、二本の矢が突き立つ。


「伏せて!」


 今度は跳ねるようにヘイゼルがこちらに『加速』し、俺の身を庇おうとする。そして降り注ぐ矢!


 ――だが、そういうわけにはいかないんだよな、俺としては。


 飛び込んできたヘイゼルの華奢な身体を抱え込み、矢に背を向けると、俺は崖に向かって走った。背中に衝撃があった。だが頑丈なこの体はそのくらいでは止まらない。さらにもう一度衝撃が。しかし止まらない。さすが騎士団長、ちょっと見直したわ。


 俺は崖に向かって倒れ込む。できるだけヘイゼルに被害がいかないよう、頭から抱え込んで、無駄に長い足を突っ張って――。


 落下と共に何度か衝撃がある。足は折れるべくして折れた。背中を何度も岩に打ち付けるが、仰け反るわけにはいかない。耐えろよ、騎士団長。


 ――さすがにこれは詰んだな。


 だけどこの子には生き残って欲しい――誰か助けてやってくれ――もしかすると――もしかすると、アリアにも届くかもしれないんだ。







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