第4話 再会
翌日、ついに北の辺境へ向けての出立となった。
ほんの三日前の朝まではひだまりのような幸せな日常があったなんて、今となってはもう想像もできない。そしてそんな泣き言よりも俺の胸を痛めたのが従騎士の少女のことだ。どちらも自分の力ではどうにもできないことだった。
――だけど俺はまだ、どちらも諦めるわけにはいかない。
ヘイゼルには悪いが朝から大賢者様のところへ使いに出てもらった。しかし、期待していたような返答は無かった。今はもう大賢者様だけが頼りだったので、これにはかなり凹んだ……。辺境領に着いてからまた手紙を送るしかない。
◇◇◇◇◇
馬車へ騎士団長の荷物が運びこまれる。装飾が少なく、くすんだ緑か灰色といった色の四輪のワゴンだ。確か、妖精避けだかの萌葱色の金属顔料をニスで縫って時間が経つとこんな色合いになったはず。騎士団で似たような馬車を使っていたのを観た。
馬車には四人掛けの客室、実用性優先で供えられた左右両側の扉、客室の前には御者台、後ろには乗用車のトランクのような荷物入れがあり、騎士団長の荷物が収められていた。トランクの蓋の上は外部座席になっていて従者が座ったりしているのを見かけたことがあるが、今は騎士団長の長櫃がロープで括りつけられ、さらに丸められた絨毯や帆布の袋に入れられた荷物が積まれ、固定されていた。
俺とヘイゼル、それからあの女騎士のアイネス、もう一人男の騎士――以前酒場で名前を見たはずだが忘れた――を乗せる。どうやら騎士団長と近かったこの二人も辺境へ飛ばされるようだ。
ただ…………貴族なんだから馬車くらい二台に分けてくれればいいのに。四人乗りだが、大柄な男が二人乗るとそこまで広くはない馬車の中、ヘイゼルには癒されるが、あとの二人はあまり
二人の騎士の荷物は少なかった。
◇◇◇◇◇
馬車が門を抜けて街の大通りへ出る。
ここから飛び出して逃げたい――そう思いながら窓から外を眺める。南北と東西の大通りが交わる交差点を馬車が西へと曲がると、俺たちの下宿は目の前だ。すぐそこ、手の届くようなところに俺の日常が転がっていた。下宿の前を過ぎると市場だな――そう思った時、ふと、鮮やかな赤髪が目に入った――
「アリア!!」
考える間もなく俺は馬車のドアを開け放ち、身を乗り出していた。
「アリア! ああ、会いたかった。アリア……」
だが、彼女は声をかけられた相手を認識すると睨みつけてきた。
俺は馬車が走っていることも気にせず飛び降りた。
スーパーヒーローではない俺は当然のようにバランスを崩し、転倒する。
「ツッ!……ア、アリア。俺だよ」
身を起こすと、アリアの隣には黒目黒髪の男が居た。男は亜麻色の髪の少女と腕を組んでいた。
「お、お前……なんでルシャと腕を組んで……。
「なんだ
さらに後ろから誰かに肩をつかまれた。
「やめろ団長。聖女様相手はマズい」
俺は掴んできた手を振り払う。一緒に乗っていた騎士だな。邪魔をするな!
「アリア! ルシャ! こいつは……ぐぷぅ……」
吐き気で膝をついてしまうが、震えながらも俺は奴を指さす。
「――こいつは危険だ、近寄るな! キリカ、こいつを注意してよく見てろ」
だが三人には俺の言葉は届いていなかった。ゴミを見るような目を向けてくる。当然だろう。俺はあの騎士団長なのだから。
「――アリア……」
身体を起こすと同行の騎士から戻るよう促されるが、奴がルシャの腕を取ったまま乱暴に進み出てくる。ルシャがたたらを踏んでいることを気にも留めず!
「憐れな男め。お前には地べたを這いずっている姿がお似合いだ。だが、そうだな……私が憎いと言うなら腕相撲でまた勝負してやってもいいぞ。何なら聖女様を賭けるか?」
奴は俺の頭の上の方を見ていた。まさか――
「しかしまさかお前、誰にも手を出していなかったとはなあ!
「クソッ!」
頭に血が上った俺は奴に掴みかかろうとしたが、容易に片腕を取られ、捻り上げられ――
ドカッ――逆に殴り倒された。
奴はそのまま馬乗りになり、俺は為すすべもなく殴り続けられた。顔中に痛みと涙が溢れた。
「やめておけ」
赤髪の少女が奴を止める。
「――やりすぎだ」
「……アリア……ルシャを護って……」
俺が言葉をやっと絞り出すと、奴はご丁寧に一発、蹴りを入れてから去っていった。アリアたちも奴の後を追っていく…………。
「エイリュース様! エイリュース様!」
駆け寄ってきたヘイゼルが俺の身を起こし、抱きしめてくれる。
「すまない……」
俺は自分の無力さにぼろぼろと涙を流しながら彼女の胸に頭をうずめた。
◇◇◇◇◇
その後、俺たちは再び馬車へ乗り込むと、西門を抜け、街道を北へと向かった。
北の辺境領は隣国と接する土地で、辺境とは言うが王都からも近く、アリアの故郷である旧ミリニール公爵領からは山を越えた隣。ここから四日の道程で領内へ入るそうだ。
北はかつて蛮族の土地だったそうだ。王都から近い分、北の護りは魔王領との境と同じく、極めて重要だったという。ただし、現在では北の土地は文明化され、ルイビーズと呼ばれる小国の集まりとなっていた。争いも無く、隣国との交易でそれなりには栄えているという話だった。
俺は何とかして王都へ戻りたかったが、見知らぬ土地では誰にも頼ることができない。
◇◇◇◇◇
三日ほど進むと森が深くなってきた。山が近くなり、時折すれ違う行商の馬車以外は寂しい土地になっていく。朝から暗い雲が行く末を暗示するかのように空を覆っていたが、やがてぽつぽつと雨音が響くようになってきた。
しばらくすれ違う馬車も無くなってきた頃のこと、前触れもなく馬車が停止した。
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馬車ですが、一応左側通行のつもりです。馬車自体も揺れを押さえたり、車輪にも改良が加えられていますので召喚者に依る知識無双はできません。
ところで知識無双と言うと、普通はweb小説のように簡単には受け入れられませんよね。良質な技術そのものが取沙汰されるよりも、既存の権益者、技術の所有者や流通との軋轢が生じたり、時には技術を奪われたり、権力で取り上げられたりすることの方が多いと思うんです。加えて物作りは失敗の積み重ねです。ひとつの成功に対する失敗の数と時間コストがあまりにも掛からなすぎるんですよね。
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