第2話 従騎士の少女

「ここは……やっぱり城だよな。どの辺りだ?」

「あの……騎士団の居館になりますが……?」


 着替え終え、上着を纏った俺はヘイゼルを伴って廊下へ出た。

 王城の一角ではあるようだったが、俺は城に来たことはあっても、たくさんある建物についてそこまで詳しくはない。この辺りも記憶になかったため、ヘイゼルに案内してもらう。彼女は俺の態度に訝し気な――というよりは不思議そうな反応を示していたが、今はそれどころではなかった。


 まずは――


「ハルとアオの……勇者たちの部屋を教えてほしい」


 ハルとアオは俺と同じくこの世界へ召喚されてきた高校のクラスメイトだった。俺たちのような異世界から招かれた者は召喚者と呼ばれている。ハルとアオは俺より6年早く、しかも『勇者』の祝福を得て召喚されたため、国によって重用され、この城の離宮の一角に住んでいた。顔馴染みだったし、あの二人なら何とか助けてくれるはず。


「えっ、あっ、……ですがその」

「無理か?」


「い、いえ、ただ……、宜しいのですか?」

「他に手が無いんだ。頼む」


 ヘイゼルは何故か困った様子だったが、俺が頼み込むと承諾してくれた。



 ◇◇◇◇◇



 すれ違う人たち誰もが俺たちを怪訝そうに見ていた。

 彼女が昨日と違って女性だとわかる格好をしていたからだろうか。ただ、俺はそれどころじゃなかったため、無視して歩き続ける。


 やがて見覚えのある区画へ出たとき、少し先をアオとルシャらしき人物が歩いているのを見かける。幸運なことに、この所、ルシャはアオに招かれて度々城を訪れていた。ルシャもまた、『聖女』と言う特別な祝福を得ていた。彼女ならこの状況を何とかしてくれるかもしれない。


「ルシャ! ルシャ、俺だ!――」


 駆け寄りながら声をかけるも、続く言葉が出てこない。急にこみ上がた吐き気を抑えて廊下をふらつき膝をつくと、アオがルシャを庇うように立ち塞がる。


 駆け寄ってきたヘイゼルに支えられた俺だったが、何とか言葉を絞り出し――


「ア、アオ……、ルシャと話がしたいんだ……」


「馴れ馴れしく呼ばないでいただけますか!」


 アオは敵意をむき出しにしてそう言った。女子にしては背の高いアオは、その凛々しさと相まって、怖いほどの威圧感があった。殺気とでもいうのだろうか。


「い、いや、俺はこんな見た目だが……」


「聖女様には近づかないお約束では!」


「ち、違うんだ。ルシャ頼む。俺は……中身は……ぐぷっ、ぐぇ」


 込み上げてくる吐き気で喉が詰まり、再び膝をついてしまう。


「ルシャ、行きましょう!」


 踵を返したアオは、ルシャの手を引いて去ろうとした。


 ――ルシャが……行ってしまう……。


 彼女は酷く怯えた目をしていた。後を追おうとするが、アオたちの住む離宮に至る通路で衛士に止められてしまう。俺は必死に名前を呼び続けたが、ルシャたちは振り返ることなく行ってしまった……。


「どうすればいい……。街へ出てみるか? それとも大賢者様なら……」


「エイリュース様、明後日の出立の準備をいたしませんと。それから大臣様より外出は控えるようにと、お達しがございました」



 ◇◇◇◇◇



 その後、部屋へ戻ったが、俺はアオたちと揉めたためか、扉の外に二人の衛士を付けられてしまった。軟禁されているわけではないが、部屋を出ようとするといちいち行き先を尋ねられ、ついてこられる。


「ヘイゼル、すまないが大賢者様と会えるよう掛け合ってみてくれないかな。その……師匠に大事な話があると」


 ユーキから――とは言えなかった。


 大賢者様というのは『魔女』という役立たずな祝福しか持たなかった俺を、この世界で普通に生きていけるようにと文字や簡単な魔術、この世界の事などを教えてくれた俺の師匠だった。城のすぐ近くに居を構え、貴族然としていない、人の良い女性だった。


 ヘイゼルはすぐに大賢者様の屋敷を訪ねてくれたが、かんばしい返事は貰えなかったようだ。だがそこは想定内だった。あの大賢者様がこの評判の悪い騎士団長にそうそう会ってくれるわけがない。俺はヘイゼルが使いへ出てる間に手紙をしたためて――いや、したためるなんて状態ではとてもなかった。何とか書き出せるだけの言葉を紡いていた。


「ありがとう。悪いが後でもう一度、手紙を届けに行ってくれないかな」


 喉が渇いただろう、お茶にしよう――そういって俺はお茶の準備を始める。


「エイリュース様!? お茶でしたら、わたくしが準備いたしますので!」

「や、お茶を入れるのは得意なんだ――」


 そう言って俺はお茶のワゴンから茶葉とポットを出し、湯の沸く魔法のポットへ手を掛ける。が――


「――あれ?」


 おかしい。タイマーが出ない。それどころか鑑定結果が出ない。

 俺には『魔女』の祝福の他に『賢者』の祝福がある。その『賢者』の祝福には『鑑定』という、生活にはとても便利な力があるのだが……頭の中で――鑑定――と呟いてもその茶葉の鑑定結果が出ないのだ。いつもならお湯を注ぐだけで程よい好みの時間に仕上がるよう、タイマーまで出るはずが……。


「――なんで?」

「お任せください。お茶を淹れるのは得意ですから」


 お湯を入れたまま戸惑っていると、お茶の淹れ方がわからないのかとヘイゼルが勘違いをし、代わって時間を見てくれる。


「あ、ああ……」


 目を閉じる。


 鑑定――スクリーンが出ない。いつもなら自分自身の鑑定結果のスクリーンが出るはずだった。


 魔法――頭の中で唱えると、自分が今使える魔法の一覧が出る。『魔女』の魔法は出るのだが、大賢者様の所で苦労して覚えた小魔法キャントリップが別のものに変わっていた。これは騎士団長が覚えた魔法なのか? 鑑定は? 俺の『賢者』の祝福はどこに消えた? 騎士団長の祝福だったはずの『剣士』は?


 街へ逃げ出したい気持ちが溢れる……。だが強引にそれをやると衛士に止められたうえ、騒ぎにもなるだろう。


 ヘイゼルを使いにやっている間にいろいろ試してみたが、今の俺には召喚の際に地母神様から与えられた常人離れした腕力もないし、俺が持っていた『賢者』の祝福も、騎士団長が持っていたはずの『剣士』の祝福も使える様子が無かった。あのとき大臣は実質の追放と言った。これ以上自由が無くなるのはマズい。



 ◇◇◇◇◇



 ヘイゼルが戻ってきた。手紙は渡せたようだ。どうにか大賢者様が読んでくれれば……いや、ユーキという名前は結局書けなかった。『陽光の泉』のリーダーとなら書けた。俺自身のことを手紙に書こうとすると、体が動かなくなる。手探りで言葉を選び、みっともなく窮状を訴えるしかなかった。だが、あの人の良い大賢者様ならきっと力になってくれるだろう。


 ヘイゼルは出立の準備を行ってくれていた。この騎士団長、結構な財産持ちだった。服やら装飾品やらを大量に持っていて、それらを見るにただの騎士ではなく、貴族であろうことがわかる。ヘイゼルは下男たちを使って荷物を準備させていた。何か手伝おうか――と彼女へ声をかけると、驚いた顔をして――大丈夫ですよ。ゆっくりしていてください――と座らされた。



 ◇◇◇◇◇



 準備は結局夕方まで続いた。俺は何をするでもなく、寛いでいるよう言われるが、ヘイゼルを働かせて自分は何もしないでいるのが酷く落ち着かなかったし、彼女を伴わずに部屋を出ることもできなかった。片づけを終えると、ヘイゼルはせわしなく夕食の準備を始めた。調理場から運ばれてきた夕食のワゴンを受け取り、テーブルを整える。


「いつもこんななの? 騎士見習いなんだよね。自分のこととかは?」

「わたくしの荷物は少ないので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


「あ、いや、そうじゃなくて、いつも一人でこんなたくさん仕事をしているの?」

「はい?」


「す、すまない。こいつが……俺がさせているんだよね。手伝えることがあればやるから、もう少しゆっくりしていいよ」

「今日はとてもお優しいのですね……」


 感慨深げに言う彼女。


「俺、普段は優しくない?」

「い、いえっ、そういうわけでは! 申し訳ございませんっ」


「や、そうじゃなくてさ、おれはこいつの中身と……ぐぶっ」


 駄目だ! 誰かに現状を伝えようとすると、喉の奥から込み上げてきて喋れなくなる。その度にヘイゼルが背中を擦ってくれるのが余計に申し訳ない。


「おつらいことが続いたのですね……」



 ◇◇◇◇◇



 夜になるとヘイゼルは従者の部屋へと戻っていった。俺も明日に備えて眠ろう。現状、大賢者様だけが頼りだが、それも確実ではない。ルシャが明日もアオのところへ通ってくるならどこかで会えるかもしれない。アオは聞く耳を持たなかったが、ハルなら少しは話を聞いてくれるかもしれない。あいつは人がいいから押しには弱いはずだ。


 眠ろうとするとノックの音が。まだ何か?――声をかけるとヘイゼルが入ってきた。入ってきたのだが……薄手の服と下着のようなものしか纏っていない。


「こちらに控えさせていただきます」


 彼女はベッドから少し離れたところの壁際で立っている。


「え……っと、あの……」

「はい」


「こいつ……俺っていつもそんなことをさせているの?」

「はい?」


「ちょ、ちょっと記憶が混乱していてね。……そうだ、いつも俺はどうしていた?」

「このまま立っているか、枕にしていただくか、……夜のお相手を務めさせていただいておりました」


 なんだって? このクソ騎士団長、従者に何をさせているんだ!


「立ってるって一晩中ずっと!?」

「はい。ですが、それは余程エイリュース様のお機嫌が悪いときでなければ――」


「いや、おかしいからそれ。そんなことしなくていいよ」

「今晩はお相手を務めさせていただけるのですか?」


「それもおかしいから。なんてクソ野郎なんだこいつ……いや俺は」

「そのようなことはございませんよ」


「今日からは自分の部屋で寝ていいよ」

「そんな……何かお気に障るようなことを」


 ヘイゼルはどうしてか悲しそうな顔をする。


「いや、従者に夜の相手とかおかしいから。部屋に戻ってゆっくりしな」


 ヘイゼルは困惑していたが、やがて悲しそうに部屋へ戻っていこうとする。が――


「待って!! それ何? ちょっと見せて」


 俺は彼女を呼び止める。彼女の背中から腰に掛けて、痛ましいほどの傷がたくさんあった。新しいものではないが、たくさんの傷痕があった。


「それは……」

「…………」



「――覚えていらっしゃらないのですか?」


 ガツン――と、俺は頭を殴られたような感覚に陥った。なんだコイツ。何やってるんだ? こんな従順な子に何をやってるんだ? 意味が分からない。どうしてこんな……。


「…………なんて酷い。ヘイゼルはどうして逃げないんだ? こんなひどい扱いを受けて――」


「……あの、お忘れですか? 公爵様が亡くなられてからあと、わたくしにはもう行き場はございませんでした。エイリュース様が引き取って従騎士スクワイアとして置いてくださったのではございませんか」


「すまない……。すまなかった……。本当にすまなかった……」


 俺に責任があるわけではない。だが、この体の今の持ち主として何らかの謝罪をしたかった。

 ヘイゼルを抱きしめて俺は涙した。俺はずっと自分のことで手いっぱいだったのに、目の前にはもっとずっと酷い目にあってきた少女が居て、それなのに彼女は俺の心配ばかりして…………そんな彼女を俺はほとんど無視するように扱ってしまっていたのだ。


「俺はその……なんというか……昨日までの記憶がほとんどないんだ。だから助けて欲しい。そして君を助けて幸せにしてあげたい」


「承知いたしました。大丈夫です。わたくしは十分幸せですよ。その、今日は特に……」


 できれば夜のお相手をと言ってきたが、丁寧にお断りした。君にはもっとちゃんと大事な人が現れるからと。ただ、どうしても離れようとしないので、彼女のベッドまで送り届け、寝かせて頭を撫でてやったら漸く落ち着いた。



 ◇◇◇◇◇



 部屋へ戻り、ベッドへ腰かけた俺は自分の両手、両足、身体をねめつけた。


「こいつほんま……」


 騎士団長の腹を殴ってやったが、俺が痛いだけ。

 ただそれでも、許せない自分をいくらかでも戒めたかった。







--

 従騎士=騎士見習いは主人である騎士の身の回りの世話から、武器・鎧の整備、鎧を着脱の手伝いまで何でもこなします。戦場では騎士と同じ装備を身に着けて騎乗し、槍持ちや盾持ちを兼ねます。槍や盾は消耗品ですからね。槍は折れもしますし、盾は割れたり、投槍が貫通して使い物にならなくなることもあります。


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