第三部 従騎士

第1話 断罪

「――よって、北の辺境領への転属を命じる」


 突然言い渡された言葉。


 俺に告げたように聞こえた。いや、確かに俺に向かって言った。朦朧とした意識の中、そんなことを考えていた。頭が混乱してふらつくが、従者に支えらえる。――ここはどこだ? 何故こんなところに立たされている? 豪華な部屋の装飾から、王城のどこかだということはわかる。周囲には人が大勢居たが、どうして誰もが非難するような目を向けてくる?


「記録には残らないが、これは実質、王都からの追放にあたる。心するように」


 壇上の大臣が付け加える。大臣? ああ、大叔父か。公の場では大臣閣下と呼ばないとな。――追放? 追放だって? 誰が? 俺が? なぜ?



 ◇◇◇◇◇



「どうかお気を確かにお持ちください」


 退出する俺を従者が支える。男の格好をさせているが、この従者は実は女だ。いろいろと便利なので連れている騎士見習いだ。――便利? 何が便利なんだ?



 ◇◇◇◇◇



「団長閣下! 私の立場は守ってくださると仰ったではございませんか! 閣下!」


 しつこく付きまとう女が居る。地位を上げてやると何でも言うことを聞いていた女だ。無視していると、その女が俺を非難してくる。その言い草は何だ。鎧を着たままヤられるのが好きな変態が! 騒ぐな! 耳障りだ!――なんだって? 俺はそんなことをしていたのか?


「うるさい。入ってくるな、吐き気がする」


 俺はその女を部屋から締め出した。従者にも入れるなと告げる。――いや、必死に訴えているんだ、少しくらい話を聞いてやれよ…………あれ?



 ◇◇◇◇◇



「リュース様、王都から左遷されると伺いました。わたくしは付いて行くつもりはございません。リュース様責で婚約は解消させていただきますがよろしいか?」


 婚約だって? あんたは誰だ? 俺の婚約者じゃない――そう漏らすと女と連れの一団は俺をひと睨みし、去っていった。


「俺の婚約者は……」


 部屋にかかる小さな鏡が目に入る。


「俺は……」


 目の前の鏡に映ったのは俺とは見間違いようのないイケメンの顔だった。整った顔立ちに高い鼻筋、青い瞳に眉や髪はまばゆい金で、長い金髪を後ろでまとめていた。それは明らかにの顔だった。恋人のアリアを始め、同じパーティだったルシャ、キリカを俺から引き離し、名声のため利用し、彼女たちを襲おうとまでした。執拗な嫌がらせを続けてきたあのクソ野郎の名は――


 騎士団長エイリュース――だがどう考えても、鏡の前に立つのはこの俺、ユーキ――篠原 祐樹しのはら ゆうきのはずだった。


 徐々にだが意識がはっきりしてくる。ゆっくりと夢から覚めていくような気分だった。さっきまでは自分自身を何故か騎士団長だと思い込んでいた。それが今では違うことがわかる。


 ああ!――これあれだ。悪役令嬢とかに転生するやつ。それでそういう断罪イベ――やや、そうじゃない。ゲームじゃないんだ。最近まで目の前に居たやつに転生してどうする。



 ◇◇◇◇◇



「ああ、その、えっと……従者さんの名前はなんだっけ……」


 慣れない部屋のベッドに座り、なるべく落ち着こうと傍に居る従者さんへ話しかける。幸い、部屋には他に誰も居ないからややこしいことにはならないだろう。


 大丈夫、俺が召喚されたこの世界は異世界だ。元居た世界とは違う。体が別人になるなんてファンタジーなことが起こっていたとしても、何かしら解決手段はあるはずだ。


「はい?」


「従者だということはわかるんだが、名前を……」


 は使わないことにしていた。女性に使うには、あまりに失礼な力だったからだ。名前くらいは普通に聞けばいい。


「ああ!」


 彼女は両手をポンと打ち合わせる。


「――ですね。どなた様のお名前をお名乗りすればよろしいでしょう。聖女様ですか? ルシャ様でしたか? 何なりと仰せのままに」


「……いや、ルシャは俺の婚約者だよね」


 ルシャは俺を救うために将来を誓ってくれた女の子。

 少し前に国王陛下の前でアリアと共に正式に婚約者となった。


「はい! わたくしはエイリュース様の婚約者です!」


「……いや、そうじゃなくて……」


 どういうことだこれ!? えっ、ちょっとまって。騎士団長って従者にをさせていたの!? ようやく覚めかけていた頭の中が、彼女の反応で再び混乱に陥れられた。


「――頭が痛くなってきた……少し寝る……」


「承知いたしました。いつものようにルシャの胸でお眠りください」


 だめだこいつ――おれは全てを諦めてベッドへ突っ伏した。







 ◇◇◇◇◇



 目が覚める。目の前にはお胸がふたつ。なんだまたリーメか。アリアに怒られるぞ――体が重い。髪がまとわりついて気持ち悪い。昨日はおかしな夢を――体を起こしてみると、ベッドに寝ていたのはダークブラウンのベリーショートの女性だった。


「ひっ……」


 ――えっ、だれこれ、なんで?


 昨日の記憶があやふやではっきり思い出せない。とにかく、目の前の知らない女性が裸で居るのはいろいろマズい。彼女をシーツで隠してベッドから立ち上がる。長い金髪がたらりと顔の前にかかる。――金髪?


 長い金髪は俺のものだった。両手の平の上に髪を載せ、まじまじと見る。手の震えが止まらない。昨日の記憶が蘇ってくる。俺は途中までだった。でもはっきり言える。今の中身は俺だ。大臣のことを大叔父とか言っていた気がする。あの女騎士と令嬢は誰だっけ。そして後ろで寝ているのは……。


「おはようございます、エイリュース様。えっと、今朝は……お優しいのですね……」


 シーツに身をくるんだ彼女が、頬を染め、恥ずかしそうに顔を斜めに逸らしながら俺に声をかける。間違いなく俺に対してだ。そして彼女が呼んだ名はエイリュース。あの騎士団長の名だった。


「俺はエイリュースなの? あの騎士団長に見える?」


「はい……あ、ですが申し訳ございません。大臣様より団長の座は降りるようにとお達しが……」


 疑問とも肯定とも取れるような――はい――を返した彼女。


「北の辺境へ?」


「はい……」


「……昨日、なんか女性が二人来なかった?」


「はい、騎士団のアイネス様と……ご婚約者のユネ様がお越しになられましたが……」


「君の名前は?」


「えっと……昨日の続きでしょうか?」


「いや、そうじゃなく君の本当の名前」


「ヘイゼルです。普段はヘイムと呼んでおられて……」


 ブルネットの少女は少し寂しそうな顔をしてそう言った。


「あ、ああ、そういえばが男の格好をさせてるとか。すまない」


「い、いえ、とんでもございません。わたくしの役目ですから」


「君に申し訳ないし、これからはでいいよ。あと服を着て。女の格好でいいからね。向こう向いてるから」


「よろしいのですか? 承知いたしました!」


 彼女の事よりもまずは現状の把握だ。

 昨日、俺は何をしていた? 朝からの記憶がない。その前の日は? 夕食は下宿でみんなと一緒にとったはずだ。夜はアリアと一緒に居た。キリカがギルドで人気があって、腕利きの冒険者が腕試ししているだとか、言い寄られてるだとかいう話をしていた。アリアは――嫉妬した?――とか聞いていたな。


 じゃあ、その後は? 朝、目が覚めて………………どこかへ出かけた気がする。アリアに支度させられて、窮屈な服を着た覚えがある。ああ、孤児院で馬車に乗ったということは城か?


「お加減が悪いようですが、朝食はいかがされます?」


「いや、それよりも……」


 俺は簡単に身支度を済ませて――というよりはヘイゼルさんに手伝ってもらって服を着た。


「ヘイゼルさんは『陽光の泉』の――」


 名前が出てこない。喉の奥に何かが詰まって吐きそうになる。慌てて彼女が駆け寄る。


「――『陽光の泉』……の、リーダーの男を知ってるかい?」


「いえ、存じません。ただ、エイリュース様が……嫌っておられたことは存じています」


「そうか。ありがとう」


「そんな、お礼など……。それに、わたくしめに敬称など必要ございません」


「そんなことはないよ。今までにこき使われてたんだろ」


 ヘイゼルは従者だとしてもちょっとへりくだり過ぎだと思う。どうせが原因なんだろうけど。彼女は俺の様子がおかしいことに気付いてはいるが、あまり突っ込んでは来なかった。もちろん俺はそれどころじゃなかったが。







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 悪役令息に転生(?)したユーキの未来や如何に!

 第三部開幕です。ご感想頂けると張り切ります!


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