第5話

教会に戻ると奇妙な光景がそこにあった。

真ん中の通路を挟んで左の長椅子にシオンが、右の長椅子にアイラと同じくらいの齢の女性が座っている。隣に座っていたらそれはそれでおかしいけれど、この距離感もなんだか奇妙だ。

アイラよりも少し年上だろう女性は眉尻を下げた不安そうな面持ちで、肩ほどまである茶の髪を指先で弄っていた。たまにちらりとシオンの方を見ては、おずおずと逸らしている。


「お待たせいたしました」


シオン以外では久々のお客さん。愛想よさを意識して声を掛ければ、女性はぱっと、シオンはゆったりと、アイラの方を振り向いた。

アイラは女性の方ににっこりと微笑みかける。と、女性は短く息を呑み、髪色と似た茶の瞳をまあるく見開き、今にも泣きそうな面持ちでアイラの方に駆け寄ってきた。


「聖女様、お助けください……!」

「へ」


女性はアイラの前で跪き、祈りを捧げるように両手をかたく組み合わせる。

ただならぬ様子に困惑しながら、アイラは膝を折って女性と視線を合わせた。彼女の肩にそっと手を置く。


「どうか、落ち着いてください。ええっと、まず、お名前をお伺いしてもよろしいですか」

「私はシルヴァと申します。聖女様、弟が、弟のルボルがもう何日も帰ってこないのです」

「迷子探しは聖女の仕事じゃないだろ」


いつの間にやら近づいていたシオンがアイラとシルヴァを見下ろし、言う。

困っている人に対してなんて冷たい物言いか、とも思って彼を睨みそうになるが、客人の前だと堪える。それに、彼の言葉にも一理あった。


「自警団にはご相談されたのですか」

「……相談は、しました」

「含みのある言い方だな。アネモの自警団は信用できないような団体なのか」


シオンは嘲るように鼻を鳴らす。


「じ……シオン。なぜそのような態度をとるのですか。邪魔をするなら席を外してください」


むっすりと咎めたのに、シオンはなぜか表情をやわらかく緩める……アイラが彼の名前を呼んだのはこれが二、三度目。アイラの慣れない発音が、彼の揶揄心を刺激したのかもしれない。アイラは内心でため息をひとつ吐いた。


気のせいかもしれないけれど——シオンは大抵にこにこというかへらへらしているし、アイラを揶揄しているときは楽しそうだ。だが、アネモの町でのことを話すときは今みたいにちょっぴり冷たい雰囲気になる、気がする。それに、彼はアネモの町中には姿を見せない。アネモの町に対して因縁や苦手意識でもあるのだろうか。


「……信用されていないのは、私たちなんです」

「シルヴァさんたちが、ですか?」


シルヴァが躊躇いがちに、小さく頷く。


「ルボルが何日も帰ってい来ないというのは、これがはじめてではないんです。あの子は自由奔放で少し抜けたところがあって……何日も帰ってこないと思ったら、森の動物たちと時間を忘れて遊んでいただけだったり。公園の遊具の中で寝ていただけだったり。最初の頃は自警団の皆さんも頑張ってルボルを探してくれていたのですが、だんだん、どうせまたふらっと帰ってくるとあしらわれるようになってしまって……」


でも、とシルヴァは両手で顔を覆ってうなだれる。


「私にとっては、たった一人の家族なんです。だから、私はいつも心配で、たまらなくて……あの子、ウェルの町に友達がいるから、たまにひとりで遊びに行くんです……いま、ウェルの町の方で子ども攫いも起きているでしょう……だから、もしかしたらって思ったら」

「——都合がいいな」


切なく肩を震わせる彼女にアイラが声を掛けるより先に、シオンが口を開く。


「日頃こいつのことを舐め腐っているくせに、どうしようもなくなったときだけはあてにするのか」

「そんなこと」

「ならお前は教会への礼拝に来ているのか、町でこいつを見たときに目を逸らさないのか」

「そ、れは」

「こいつのことを、〝疫病聖女〟と一度も呼んだことはないのか」


シルヴァの顔がさっと青褪める。


「俺の言ったことが間違いならそういうといい。アイラに真偽の儀式を依頼するから」

「シオン!」


先に叱咤したばかりだというのに懲りないどころか、ずいぶんと苛烈に突っかかってくる。

きっと睨みつければ、シオンはわざとらしく肩を竦め、舌を見せた。反省の様子はちっともない。だが、それ以上は口を開かず、アイラに背を向けると、こつりこつりと靴を鳴らし長椅子の方へ行って座った。

アイラはため息を吐き、気まずげなシルヴァの手を、自分の手で包み込む。


「彼の言うことは気にしないでください。私の方でも、ルボルさんを探してみますから」

「聖女様……」

「シルヴァさんも心配かと思いますが、あまり夜遅くまで探しに出歩かないようにしてください。もしかしたら、帰ってくるかもしれませんから」


シルヴァは茶の瞳から大きな雫をぽろぽろと溢れる。彼女は何度も「ごめんなさい」と口にしてから、アイラが止めるまでひたすら「ありがとうございます」を繰り返した。


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