第三章〜3

 到着すると詩絵留しえるが抱きついてきた。

「ごめんね。詩絵留……」

「ううん」

創斗そうとくんも心配かけたよね」

「うん……、それはいいけど……」

 ん? 創斗くんが指さした方向を見ると。

「おー、何かゲームみたいでワクワクするな!」

 え、え、な、何でマーキュリーがいるの!? 

「ひ……ヒポタン、マーキュリー!」

 その名を聞いた詩絵留しえるひとみかがやきき、ヒポタンは両前足を打ち合わせた。

「なんと素晴すばらしい! 攻撃こうげきを一人増やそうかなと思っていたところなんだよね!」

 ダンドリの悪いカバは、切り替えはめちゃくちゃ早い。

「えー、何で考える間もなくそんなこと言えるの!」

「ん? 何の話? 俺、何かやるの?」

 私の抗議こうぎ無視むしして、ヒポタンはマーキュリーに手早く説明した。

「あー、さっき二人が世界だの悪だのいってたのってこのことなんだ?」

 聞き終わったマーキュリーは二つ返事で頷いた。

「いいよ! 俺のとーちゃん、元警察けいさつだから! 俺も悪いやつらはたおさないといけない!」

「マーキュリー歌だけじゃなくて精神も至高しこう!」

「なんと素晴すばらしい! どこぞのデコボコ初期メンとは大違いだ!」

 威勢いせいのいいマーキュリーの言葉に、理由は違うけど目を輝かせる詩絵留とヒポタン。

 わたしも創斗くんも結果は出してるのに失礼な話だな!

「とりあえず、マーキュリーは準備が必要でしょ。わたしは先に行くよ」

「僕が支援しえんするよ。……詩絵留は今忙しいから」

 キラキラした表情の美少女は、マーキュリーにあれやこれや装備を身につけさせていた。

「もうすぐタスクも合流するから、ボクとマーキュリーはそれにあわせて行くよ」

 わたしはうなずきき変身する。

「ブートオン! チェンジ!」

 そして移動の体制に入った。

「トランスポート起動!」

 創斗くんの言葉と共に、わたしは移動した。


 到着とうちゃく後、前を見据みすえると、大きい黒い四角の箱があった。

『自作の物理サーバーなんだね。まあ、クラウドで犯罪はんざいはバレそうか』

「ねー、クラウドって何なの?」

仮想かそうサーバー。大きい企業きぎょうのサーバーの一部を借りて、ネットワークでつないで使うんだよ。必要な分だけ借りるから便利だけど、決まりは守らないといけないんだ』

「へぇ、創斗くんって本当に色々知ってるよね」

 浮かんだ疑問ぎもんを大体答えてくれる創斗くんはすごいと思う。

『詩絵留ほどじゃないけどね。詩絵留のお兄さん、明日希あすきくんが教えてくれただけだし』

 創斗くんは、いつもひかえめだなと思っていたら、詩絵留からの通信だ。

らんー、たすくが来た! あと十分くらいあれば、向かえると思うの』

「ありがとう詩絵留。じゃ、創斗くん、来るまで情報収集しよっか!」

 わたしは飛び上がった。


 上から見ても四角い箱。前後左右どこから見ても同様だ。

「ハクティビストJ、姿が見えないんだよね。どこにいるんだろう?」

『うーん、なにかはいる気がするけど。ヒポタン、今データ送ったけど分かる?』

『えー、ちょっと待ってヨ。今イイトコロでさー』

 何だかバタバタしているし、そのまま周囲しゅういを見ていたら突然とつぜん、創斗くんがさけんだ。

『右に飛んで蘭さん!』

 言われた通りに動くと、赤い幅広はばひろのビームがわたしの左腕ひだりうで間際まぎわを通る。

 わたしはステッキを持ち直して、後ろをり向く。

 小さな箱が距離きょりをとって二台、細かくビームをってきたのでシールドでふせぐ。

「えー、三手さんてに分かれるのか……」

 前の大きい箱はというと、小さな箱と同じ光をまといはじめた。

 ……もしかして大きいのも来ちゃう?

 そんな時に、さわやかサッカー少年と歌うまな小五、あとピンクのカバがやってきた。

おくれて悪い、蘭!」

「あー、なんで今! げる場所逃げる場所!」

 ヤバイよ大きいビーム今パワー溜めてるよ。

「え、何なに?」

 見回すと……ん? 地面にとびら

 わたしは飛び込んで扉を開き、二人の腕とヒポタンの尻尾しっぽをつかんで飛び降りた。

 間もなくドーンという音が頭上にひびく。

「ふー、あぶなかったね!」

「悪いなー。蘭」

『痛いヨ! ラン!』

 抗議の声はとりあえず無視だ。

「前は、こういうところに電脳悪霊でんのうあくりょうを弱める装置そうちがあったよね。今回もかな?」

 おくは、ちょっとした広間になっていた。かべにはLEDエルイーディーのように光る文字がある。


[お]→[ん]→[に]→[す]→[る]


「つまり、あのビームがオン、つまり今の状況じょうきょうなのか!」

「そうだね」

「では、『おふ』にしなきゃいけないということか!」

「そうそう。マーキュリー理解が早いねー」

 試しに手で『ん』をこすってみたら、横に光が出た。

“ただし、『文字』も『矢印』も消せません”

 困っていたら詩絵留が教えてくれた。

『リストでいけると思う』

「りすと?」

『データ構造こうぞうの一つなの。消すのがだめでも、付け替えるのと、足すのはありでしょう?』

「そっか! だったら『ふ』を書いて、そっちに矢印を書いてみるね!」

 わたしはためしにステッキを壁に当ててみた。元々タッチペンだし。

 おっ、他の文字より暗いけど、思った通りに文字がかけた!

 

[お]→[ん]→[に]→[す]→[る]

    [ふ]

 

「……蘭って字あまり上手くないんだな」

「言わないで!」

 それから、矢印を動か……せない。丞も手伝ったけど無理。

「マーキュリーは……ちょっと狭いよね」

 この矢印を動かすスペースがちょっと狭くて、マーキュリーには辛そうなんだよね。

 マーキュリーは静かに言った。

「二人とも、俺に考えがある。ヒポタン、やってみたい」

「おっ、ヨロシクマーキュリー」

 かた背負せおっていたキーボードを前に回し、勇ましいコードを弾き始めた。

「スムース! スムース!」

 ロックバンドのコールみたいな状況じょうきょう呆然ぼうぜんとするわたしと丞。

 終わったマーキュリーはこういった。

「さあ、動かしてみたまえ!」

 うたがい99パーセントで矢印をさわってみたら、なんとスルッと回るようになった。

「どういうこと?」

「さっき、ヒポタンが俺の力を測ったときに分かったんだ。俺の歌は電脳世界に影響えいきょうを与えることができるんだって」

「あ……、もしかして、さっきブレスレットが通信できるようになったのも」

「そうさ! 君は何かが使えなかったんだろう! 歌の力で動かせたんだ!」

「そっか、だからハクティビストJはマーキュリーを誘拐ゆうかいしようとしたんだ」

「そういうコトになるネ。こういう能力はウワサではきいてたケド、夢物語かと思ってたヨ。詳細はまだ分からないケド、こうして目の前にいるとはネ」

 夢物語っぽい存在ヒポタンはうんうんとうなずく。

「俺の歌で心が動くと言ってくれる人はいたけれど、まさか、人だけではなく、機械の心まで動かせるなんてな! サイコー!」

 マーキュリーはグッと親指を突き出した。

「機械の心を動かして『ん』は消せないの?」

「無理だな。俺はそのものが持っている力を後押しすることしかできないんだ」

「そっかぁ」

 それと、分かっている質問だけど、聞いてみる。

「……で、ヒポタンは何でそれ先に言ってくれないの?」

『えー、バタバタして忘れちゃっタ!』

 だろうね。


 あらためて考えよう。

 今こうだ。


[お]→[ん]→[に]→[す]→[る]

    [ふ]


 これを、クルッと。


[お] [ん]→[に]→[す]→[る]

  ↓

    [ふ]


 今まで光ってた五文字が、「ふ」と同じ暗さになる。最後までつながらないからかな?

 わたしは「ん」の横の矢印もクルッと動かそうとしたけれど、動かない……。

 丞も手伝ってガシガシやろうと思ったとき、また何か出てきた。

“ただし、『文字』も『矢印』も消せません”

「後で説明って、ヒポタンか!」

「そのツッコミは若干じゃっかんきずつくよネー」

 ヒポタンを無視して考える。

「矢印二つ動かさないでできるのかな?」

 そこに、困ったときの創斗くんだ。

『さっきの詩絵留の言葉を借りると、矢印を足すのはいいんじゃないの? 蘭さん』

『パクるのか、バカ創斗め』

 でも[ん]が残る。

「矢印残ったままなのはいいの?」

『だって最初から最後まで繋がるルートじゃないと光らないんでしょ。途中とちゅうから始まる[ん]は光らないんじゃないかな』

「そういうものなの?」

『リストだったらね』

 できたのはこうだ。


[お] [ん]→[に]→[す]→[る]

  ↓     ↑

    [ふ]


 これでいいのかなと思う瞬間しゅんかんに[ん]以外の全ての文字が光った。

“おふにする”

 ブオンという音が聞こえて、外のすさまじさは消えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る