第三章〜2

 わたしは目がめた。

 体の節々ふしぶしが痛いし、動かない。手がしばられているみたいだ……。

「うーん……え、あれ?」

 男の子の声がするけど、姿は見えないから呼びかける。

「マーキュリー、聞こえる?」

「……ああ、……ここは一体なんだ?」

「分かんない。何か白っぽいね……」

 わたしは部屋を見渡みわたす。

 正面には扉。右と左と後ろには大きな白いキャビネットが並んでいる。マーキュリーはこの向こうかな。見えないけど、近くにいると思う。

誘拐ゆうかいされたのかな。わたしたち」

 マーキュリーは声を張り上げた。

「本当に申し訳ない! 確かに君の言うとおりだった!」

「え?」

「俺のせいだ。おれ居場所いばしょを細かくブログに書いたから、君も連れてこられたんだ……」

「ううん。マーキュリーを追って来ちゃったわたしも自業自得じごうじとくだよ」

 話しつつ、縛られているなりに、左腕ひだりうでをほんのちょっとだけ動かしてみる。

 うん、ブレスレットはついているから、連絡が取れるはず。

 まず、詩絵留しえるに念を送ろうと――あれ?

「反応しない……」

「え、どうしたの?」

 どういうことだ? どんな圏外けんがいでも大丈夫だって言ってたのに。電池切れ?

 悩んでいたら、ゆっくりと扉が開き、男の人が入ってきた。

 大人だと思うけど、多分若い人。明るい茶髪ちゃぱつでひょろっとしている。

 男の人は最初キャビネットの向こうまで行った。マーキュリーを確認したのかな。

 そしてわたしのところでにやりと笑った。

「マーキュリーを捉えようと思ったが、まさか電脳でんのうレスキューレンジャーもいるとはな」

 その言葉を聞いて、背筋せすぎこおる。

「……何の話」

「とぼけても無駄むださ。電脳精霊でんのうせいれいの犬め。俺たちのことを嗅ぎ回ろうとしているだろう?」

 わたしは現実世界の人間なんて相手にしたことない。相手にできない。

 でも、昨日の会話を思い出す。もしかしてこれをヒポタンと創斗くんは調べてる?

「まあ、電脳世界と通信ができないなら、ただのガキか」

 男はそうわらって壁を指さした。

「このマシン室の壁は通信を遮断しゃだんできる。電脳世界への通信もな」

「……何者なの?」

「ペトヤと呼ばれている。お前らと同じく、電脳世界へ行くことができる。Yahhooヤッホー子どもなんでも相談室と、Yahhoo子どもなんでもニュースのサイトを運営している」

 わたしの表情に、ペトヤはにやりと笑う。

「おや、メンバーかい? ご利用ありがとう。結構人気なんだ」

 Yahhoo子どもなんでもニュースの名前ははっきり覚えている。

 詩絵留のウソのニュース記事の出典元しゅってんもとだった。

のパワーのたねをみつけるために、色々な相談室を開いている。大人ならSNSえすえぬえすをやっているが、小学生は親に制限せいげんされていることが多いからな」

 はるちゃんの言葉を思い出した。……もしかして、ここに相談した?

 ネットで見つけた、子ども相談コーナーに質問はしたけど、変なことを書かれて、それで、どんどんこわくなって、余裕よゆうがなくなっていったと言っていたはず。

「よりの電脳パワーを生み出せそうな子供はニュースサイトに誘導ゆうどうしている。無知むちな子供がメディアにったと思ったときの高揚感こうようかんはすさまじい」

 どう考えてもおかしかったあのニュースサイト。そういうことだったのか。

「ハクティビスト・ジョンドゥの思想の名のもとに力を集めている」

「……何それ」

「電脳ヒューマンで構成されている集団さ。通称はハクティビストジェイ電脳悪霊でんのうあくりょうたちと結託けったくし、極上ごくじょうの電脳パワーを作り出そうとしている」

「どういうこと? 電脳世界の|バランスをとって、せいのパワーにもどす必要があるのに」

 そこでペトヤはわらった。

「そんなことをする必要はどこにある? 人は無意識に悪さをする。電脳世界なんて何をしなくても負のパワーにかたむく。だったら、後押あとおしした方が効率こうりつが良くないか?」

 ペトヤは両手を広げて主張しゅちょうする。 

「負のパワーがあれば電脳悪霊を使える。最終的には全ての電脳精霊、コンピューターをあやつることだって可能だろう。電脳世界だけじゃない、全てを手中しゅちゅうにできるのだ」

 そこまで言うと、ペトヤはわたしに何歩か近づき、にやりと笑う。

「どうだ? 電脳レスキューレンジャー。電脳世界へ行ける選ばれし者よ。協力きょうりょくしないか? どうせ、電脳精霊にいいようにされているのだろう?」

 わたしはくちびるをかむ。

「……たしかに、いいようにされてる。突然とつぜんやらされるハメになったし、ダンドリ悪いし」

「そうだ。俺たちはちがう。電脳悪霊を使う立場なんだ」

「……それはとても楽そうだ」

「ずいぶん物わかりがいいじゃないか」

 相手が油断ゆだんしている中、晴ちゃん、金子さんを思い出した。

 電脳悪霊にとらわれた二人は、苦しんでいた。やりたくもないことをやらされ、無理矢理負の電脳パワーを作らされていた。

 そんな状況の後押しをして得られるものなんて。

 これからどうなるか正直分からない。でも、だから、助かったときのことを考える。

「……考える時間をくれない? これから、どう動けばいいか考えたい」

「いい答えを期待しているよ」

 もう一度マーキュリーの方を見た後、ペトヤはまた部屋の外へ出た。


 いなくなった直後、キャビネットの向こうから、マーキュリーが声をかけてきた。

「あいつ、マヌケだぞー。俺がたふりをしたら、本当に寝たと思ってた」

 なるほど。ずいぶん突っ込んだ話だったのはだからか。

「大丈夫か? 事情はさっぱり分からないけど、君も何だか色々抱かかえているようだな」

「ご、ごめんなさい。自分が何者なのかうまく説明できない……」

 電脳世界に電脳レスキューレンジャー。そこにさっき色々加わって説明しきれない。

「そうか。じゃあ」

 ペトヤは、マーキュリーにも何かがあるような言い方をしていたから説明してくれたり?

「とりあえず歌う!」

「え、え、どういうこと?」

「俺のかーちゃん歌手なんだけど、よく言うんだ! 笑顔えがおで歌うと心がおだやかになる。心がプラスになったらいい考えも思い浮かぶってさ!」

 ……すごい人って普通ふつうの人とは発想が違う。

 わたしはおとなしく好きに歌ってもらうことにした。

 マーキュリーが歌い始めたのはオリジナルではない、昔の童謡どうようだった。小さい頃、ピアノの発表会でみんなで歌ったことがあったっけ。

 昔の言葉の歌詞だけど、意味は教えてもらった。大好きな我が家わがやという意味らしい。

「おお わが宿よ たのしとも たのもしや」

 やわららかいマーキュリーの歌声。

 聞いてると、頭の中にちょっとごちゃっとした我が家、岡崎家が浮かんでくる。

 いつもいそがしそうにパソコンに向かっているけど、とてもやさしいお母さん。朝早く家のことをしてから出て、夜遅く帰ってくるから、休日にしか満足まんぞくに会えないお父さん。

 ……またもどれるのかな。

 詩絵留も、わたしが突然いなくなって気にしているよなぁ。楽しみにしてたのに。

 たすくはサッカーの試合で知らないだろうし、ヒポタンはまあどうでもいい。

 創斗そうとくんは詩絵留から聞いてるよね? ……心配してるかな。

 なんて思うと、顔と手首が熱くなった気がするけど、へ、変な意味じゃない!

 ……いや? 左手首があたたかいのは気のせいじゃない?

『……さん』

 あれ?

らんさん!』

 空耳そらみみと思ったけど、違う。

「創斗くん!」

『良かった! やっと繋がった!』

『おお、ラン! ランの声だ!』

 確かに繋がらなかったのに、え? どういうこと?

『蘭ー!』

 詩絵留も泣きながら話しかけてきた。

『大丈夫? 大丈夫? 蘭!』

『痛い! やめろ詩絵留!』

「うん、ちょっと縛られているけどケガはないよ」

『し、縛られてるって何! 蘭!』

『痛いって!』

 二人+一匹の声にものすごく安心したし冷静になった。うん、わたしは大丈夫。

 大騒おおさわぎの詩絵留にはちょっと口を閉じてもらった後、聞く。

「ねえ、確認したいことがあるんだ」

『何だネ? ラン』

「今日二人が調べると言ってたのってハクティビストJ?」

 どちらか分からない。でも、息を大きく飲み込んだ音がした。

 最初に口を開いたのは創斗くん。

『この前の変なサイト、それを管理している集団の名前だよ。ヒポタンはずっと調べていて、今日はぼくも手伝って、さっき辿り着いたんだ』

『ラン、接触せっしょくがあったのカイ?』

 わたしは状況を説明する。

 ハクティビスト・ジョンドゥ、通称ハクティビストJという集団に誘拐ゆうかいされたこと。ハクティビストJは電脳ヒューマンで、電脳悪霊と手を組んでいること。電脳世界と通信できない部屋に閉じ込められていたけど、突然繋がるようになったこと。

「わたしはついでで、マーキュリーが何かあるらしくて狙われてた。ヒポタン検討けんとうつく?」

『うーん、分からナイな。調べてみないと』

「そっか」

 ずっと黙っていた詩絵留が耐えかねて主張した。

『ヒポタン、まずは蘭を助けに行きたい!』

『それはモチのロン。でも、正直なところ、ハクティビストJを叩きたい』

「電脳世界に連れて行くことはできないの? 現実世界じゃ子供は負けちゃうもの」

 その案は採用され、ヒポタンはやり方の説明をしてくれた。

 うん。理解したので通信を切る。

 何で繋がったのか分からないけど、仲間と繋がるというのはとても安心することだった。

 そして白いキャビネットが目に入って、思い出した!

 ブレスレットの会話は他の人には聞こえない。マーキュリーにとって完全に不審者ふしんしゃだ。

「とりゃあ!」

 ぶちっと音がして、自由になったマーキュリーが走ってくる。

 手早く足の縄も外した彼は、わたしのなわもほどいてくれた。

「ありがとう!」

「何か会話してたし、待っている間に縄切ってみたぞ! こするのがコツ!」

 マーキュリーはカラカラ笑う。

「いやぁ、歌うと元気になって何でもできるんだよな!」

 前向きになるってコト? 十歳で大人気の匿名とくめいシンガーソングライターはすごいなぁ。

「そういえばさ、なんで埴生はにゅう宿やどうたったの?」

 わたしはピアノでやったから知ってるけど、昔の曲だし、そんな有名じゃなくないかな。

「え? 誘拐されたんだし、家に帰りたいだろ! 家を愛する歌が一番だ!」

「うーん。そんなもの?」

 今まであったことのないタイプに、戸惑とまどう私だった。


 これからの動きをマーキュリーに説明する。

「えーとね、何とかあいつのすきをつきたいんだよね。だから」

 また歌ってくれないかな? 突然歌ったらびっくりすると思うし。

 そう言おうとしたら。

まかせてくれ! 俺、気を引いてくれたら、あのひょろいのならどうにかできる!」

「え? どうやって……」

 確認しようと思ったとき、向こうから靴音くつおとがしてきた。

 わたしたちはあわてて縛られていた場所へ戻る。

「フン。おとなしくしていたようだな」

 ペトヤはキャビネットの向こうを確認した後、わたしをじろりと見た。

「考えろと言ったのはそっちでしょ」

 まあ、考えているのは、別のことだけど。

「さっき言ってたことね、とても魅力的みりょくてきだとは思うよ」

 男の表情が少しゆるやかになった。

「だって、今、毎日練習だし、ヒポタンはダンドリ最悪さいあくな上に人使いあらいし。こんな危険な目にもわす。ハクティビストJになったら、毎日練習しなくてもいいでしょ?」

「ふん。ずいぶんな理由だな」

 男がわたしの言葉にニヤニヤする間、その背後はいごを確かめる。

「だって、別にやりたくてやりはじめたわけじゃないし、わたしはらくしたいんだ」

 そして、風を切る音がした。

「とりゃあ!」

 ドッとにぶい音が何回かする。

「うっ……」

 男はうずくまった瞬間しゅんかん、マーキュリーが背中に飛び乗った。

「でえい! 確保かくほ!」

 腕を縛り上げた。

「ほら、君! 何かやるんでしょ!」

「あ、うん!」

 言われたその勢いのままに、わたしは左腕をかかげた。

「マイグレーション!」

 ヒポタンに教えてもらった通り、わたしが無理矢理電脳世界に連れて行く。

 といっても、わたしの未熟みじゅくな力では、電脳世界に連れて行けるだけだ。

 ハクティビストJは、電脳世界の中でも自分がしたしんでいる場所に飛ぶらしい。それは相談サイトを動かすためのコンピューター、サーバーだと思う。

 そのサーバーは、現実世界では多分わたしたちがいたマシン室のことだ。そちらの対処たいしょと、わたしたちの救出きゅうしゅつ一般社団法人いっぱんしゃだんほうじんエニアックが行うとは言っていた。

 わたしは電脳世界でてきたおすことに専念せんねんすればいい。

 だから、すっかり忘れていた。

 男を電脳世界で倒すことだけを考えていて、マーキュリーはどうするのかということを。

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