第三章~覆面シンガーソングライター マーキュリー

第三章〜1

何度なんどいてもステキ……」

 花もじらう美少女が目をうるませて、両手をほおにそえている。

「男性視点の歌詞かしが多いマーキュリーが、星々ほしすた希良里きらりに曲を提供したと知ったときはおどろいたんだけど、持ち味である向こう見ずさが希良里のアイドル性とうまくマッチして――」

 早口でぶつぶつつぶやく詩絵留しえる戸惑とまどいながら聞いているのはたすくだ。お疲れ様。

 わたしと創斗そうどくんは何歩か引いたところで様子を見ている。 

「詩絵留、家でもずっと語ってるの?」

「朝から晩までね」

 創斗くんはため息をつく。

 わたしも好きだけど、ここまでの熱量をぶっ続けはちょっと困る……。

「でも、創斗くん、この前知らなかったよね。詩絵留いつからハマってるの?」

 レンジャーが二人きりだった時、変なの扱いされたような。

「先週だよ。仲良くなったクラスの子に教えてもらったんだって」

「……最近すぎ」

「下手に器用で頭がいいから、ハマったら一直線なんだよね」

 創斗くんは苦笑いした後、ぽつりと言う。

「まあ……、あいつはぼくみたいな普通なのと違って天才だから、変わってるんだよ」

 創斗くんが普通かというと違う気もするけど、彼にもいろいろ思うことはあるようだ。

らんー」

 詩絵留がくっついてきた。

「ねぇねぇ、蘭、明日の土曜ひま? Z駅に行かない?」

「Z駅なら問題ないけど、何かあるの?」

「マーキュリーがストリートライブやるって初告知はつこくちが来たの! 一緒いっしょに行かない?」

「え、いいけど――」

 わたしは丞を見る。

「おれはサッカーの試合だから行けないんだよ!」

 せっかくのデートのおさそいだったのに。残念だね。

 ……ん? デート。

「そ、創斗くんは行くの?」

いやだよ。休みの日に詩絵留と一緒なんてうんざりだ。蘭さんお守りよろしく」

 ちょっと残念……いやいやいや! わたしは首を振る。

「じゃ、詩絵留、女子二人で行こっか!」

「うん! 蘭とデート! マーキュリーのライブ! うれしい!」

 詩絵留はわたしに抱きついたまま飛び跳ねた。

 そんな中、ヒポタンが話しかけてくる。

「あ、ソウト。週末ヒマならちょっと手伝ってほしいことがあるんだケド」

「えー、何なの」

「最近の電脳悪霊の動きについて、ずっと上と調査してるんだけど、手が足りなくて」

 そういえば最近キナ臭いって言ってたっけ。

「いいけど、それ絶対、詩絵留のが向いてそうだ……」

 創斗くんは、休みが休みじゃなくなりそうだね。かわいそうに。


 Z駅。駅から出てすぐのペデストリアンデッキは、あちこちから音楽が聞こえてくる。

 市の音楽の発展を促進そくしんするという理由で、ストリートミュージシャンの規制きせいが弱いまちだ。聖地せいちと呼ばれていると聞いたことがある。

 詩絵留との待ち合わせは十二時。フードコートでごはんを食べて、ちょっと街をうろうろしてから、十四時半に始まるストリートライブを聴く予定。

 小学五年生としてはかなり気合いの入ったお出かけなのだ。

 デッキの時計を見ると、ただいま十一時。散歩しようと思って早めに来た。

「マーキュリーはどのあたりでライブするのかなぁ」

 マーキュリーはYomtubeヨムチューブ以外のSNSエスエヌエスはやっていない。わたしはタブレットでマーキュリーのブログを確認することにした。

 遠出だから、お母さんが一日だけ外につながるようにしてくれたのだ。

『Z駅に到着とうちゃく! 今日は楽しみです! これから、楽器屋に寄ろうと思います』

 ついさっきの投稿とうこう。いつもよりも短い文章と、キーボードのケースがっていた。

 辺りを見回した。当たり前だけど、そう簡単に見つかるわけがない。

 でも、昔楽譜がくふを買ってもらったから、楽器屋の場所は知っている。

 待ち合わせの時間もまだまだだ! わたしはミーハー心で、デッキをけ下りた。

 しかし楽器屋にはもういない。わたしはもう一度ブログを見てみると、更新されている!

『スーパーで食事を買いました』

 菓子パンが二つと紙パックのコーヒー牛乳が写っている。大きい半球のパンと、細長い生地きじ渦巻うずまきになった砂糖さとうのかかっているパン。どちらも結構おなかにたまるパンだ。

『これから近くの神社で練習しようと思います』

 神社。昔、おじいちゃんおばあちゃんにお祭りに連れて行ってもらったし、行ける。

 でも……、電脳でんのうレスキューレンジャーリーダーとしては不安だ。

「こんなに細かくリアルな情報を出しちゃいけない。あぶない。だから――」

 わたしはブレスレットから詩絵留にメッセージを送った。

『マーキュリー個人情報出しまくって危ないから、会って、注意してくる!』

 そう! これは電脳レスキューレンジャーの使命しめいで、ミーハーなだけじゃないから!

 そうして、神社の鳥居とりいをくぐると、境内けいだいに男の人。横にはキーボード。

 絶対そうだ!

「ま、マーキュリーさんですよね?」

「あ、はい」

 歌でいたのと同じ声の持ち主は、わたしよりも年上の男の子だ。ちょっとコワモテ。

「と、突然とつぜんごめんなさい! わたし、ファンなんです!」

「あ、そうなんだ。わざわざありがとうな!」

 マーキュリーさんはにっこりと笑った。コワモテの顔がすっかり柔らかくなる。

「マーキュリーさんって、若いんですね。中学生? 高校生?」

 すると、首を振る。

「違う。小学五年。十一歳だ」

「同い年? えー!」

 おっきい! 中学生の男の人とか、大人の女の人くらいの身長あるんじゃないかな。

 マーキュリーさんはにこにこ笑う。

「何か俺、いつも間違えられるんだよな。電車料金も注意されるし」

「ああ、それはしょうがないかもしれないです……」

「あとさ、同い年ならさ、タメ口でいいって」

 そこから話を始めたら、結構り上がってしまった。同い年だからかな。

 電車で三つ目の駅に住んでいるらしい。祖父母と同じだ。T区だって。

 SNS《エスエヌエス》やらないのは子供だから。Yomtube《ヨムチューブ》もブログも親が投稿とうこうしてるらしい。

 いつと親が仕事でいない間にライブして、夕方ぐらいにZ駅で落ち合うんだって。

 今日はふと思い立って、初めて告知してみたらしい。

宮司ぐうじさんが練習してもいいって言ってたから、ここでたまにやっているんだ」

 マーキュリーはキーボードを取り出した。

「せっかく来てくれたし、聴いていってよ。練習だけどさ」

「いいの?」

 それから わたしはマーキュリーの歌を何曲かきいた。もちろん全然退屈たいくつしない!

 わたしもピアノは習っているけど、あんなにけない。手が大きくてうらやましい。

「あー、会いに来て良かった!」

「それは良かったな!」

「でも、わたしが言うのもなんだけど、リアルタイムで細かく居場所いばしょを教えちゃダメだよ」

 マーキュリーはきょとんとする。

「え? 何で? みんないいねのボタンおしてくれるよ」

「だって、みんなここにたどり着いちゃうよ!」

「えー、でも、来るの俺のファンでしょ?」

「いやいや、悪い人も見るよ! ひと気もないし、変な人にねらわわれるかもしれな――」

 言っている間に頭にゴンという音がひびく。力がけ、わたしの意識はなくなった。

 ……個人情報出すのは本当にキケン。


☆☆☆


 詩絵留は誰もいない神社の鳥居の前でたたずんでいた。

 ブログはここで最後なのに……いない。

 黒い石のブレスレットに声をかける。いとこはヒポタンと電脳世界にいるはずだ。

「創斗どうしよう!」

『……えー、何。蘭さんと遊んでるんでしょ?』

 ものすごくやる気のない返事が返ってきた。

「待ち合わせに蘭がいないの! マーキュリー探すって言ってたのに」

『えー、トイレじゃないの?』

「バカ! 蘭にレンジャーの通信も送れないの! このヘンタイ!」

 ブレスレットにむけて叫ぶ。

 そう言うと、やっと創斗は声を正した。

『え……、通信が届かない場所にいる? ヒポタン! もしかして!』

 ごそごそと聞こえてからしばらくすると、甲高かんだかい声がブレスレットから聞こえた。

『シエル、蘭のブレスレットを調べてみたケド、確かに通信が遮断しゃだんされている』

 詩絵留は以前ヒポタンから聞いた。電脳レスキューレンジャーが連絡に使っているのは特殊とくしゅ通信網つうしんもうだと。火の中水の中どこでも問題なくやりとりできると。

「蘭に……蘭に何かあったの?」

『その可能性が高いナ。まずは集まるか。駅のロータリーで待ち合わせよう』

 電脳世界へはどこからでもいける。しかし、問題は本体である身体からだの方だ。『何かいい感じ』に過ごすとはいえ、本体が普段ふだんいない場所にいるというのは危険きけんだ。

「分かった! ……でも、私と創斗じゃ何もできなくない?」

 創斗も詩絵留も直接ちょくせつ攻撃こうげきする手段しゅだんを持たない。

『あー、試合しあいは終わってるはずだから連絡してみる。ぼくらができることをまずやろうよ』

 その言葉に、詩絵留はうなずいた。


 ☆☆☆

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