第二章〜4

 その後、大荷物をかかえた池田くんがやって来て、ヒポタンと後始末あとしまつをし始めた。

「だから、何でそれ先に言ってくれないんだよ! 二度手間だよ!」

 池田くんの叫ぶ声も聞こえてくる。

 うん、ヒポタンは《あいか》相変わらずダンドリが最悪だ。

 じょうくんは遠慮えんりょがちにわたしに聞く。

「あのさ、梨羽りうってどうなるんだ?」

「今の姿すがた思念体しねんたいだから、もうすぐ消えるよ。現実世界でも正気に戻る」

 言っている間に、金子さんの姿は光のつぶのように消えていった。

「知らないから言えるけど、金子さんと話したら? 城くんじゃないと解決できないかも」

 城くんは顔も行動も格好かっこうい。こんな男子を好きになっちゃう子はいる。

 でも、だれにでもあんなふうだとえきれない子もいて、それが金子さんだ。

 金子さんは、城くんに告白するのが必要で、それが、今回の再発さいはつ防止ぼうしの一つだろう。

「わかった」

 城くんは力強くうなずいた後、首をひねった。

「でも、何でおれが?」

「本人に聞いて」

 池田くんのうわさ話がなくとも、わかったのにな、このイケメンにぶいんだな。

 後始末も落ちついた頃、池田くんが手を上げる。

「……えっと、帰りに水野みずの詩絵留しえるの様子も見ていいかな?」

「別にいいけど、ミズノシエルの環境かんきょう危険値きけんちではなかったヨ?」

異常いじょうじゃないのがおかしいよ。被害者ひがいしゃのはずなのに」

 そして大きくため息をつく。

「……あいつのことだし」

 もしかして知り合い? 確認したかったけど、池田くんはすぐに転移てんいし始めた。

 そして、池田くんが事前に調べていたらしい、水野さんのコンピューター内。

 目の前には映画の巨大スクリーン。つぶらなひとみと、長いまつげの美少女が映っていた。

「あれ? 知っている人が画面にうつっている?」

「え! 電脳でんのう世界せかいに自分で穴開あなあけが出来るなんて、もしや天才か!?」

 ヒポタンのおどろく声。

 池田くんはため息をついた。

「……僕がえらばれるくらいなら、あいつが選ばれないわけないと思ったんだよね」

 そうつぶやいていた。


 ヒポタンによって、水野さんは電脳世界にまねき入れられた。

 小さくて細くて、ふわふわお人形みたいな顔立ちだ。上品な薄紫うすむらさき花柄はながらフリルのワンピースを着た水野さんは、静かに話し始めた。

「わたし、下村さんが教えてくれたサイトに何か変なものを感じたんです」

「なりすましサイトってこと?」

 わたしの言葉に、水野さんは首を横にる。

「それもだけど、他に何かいやな感覚があって。調べたくて色々突んでみたら、ここにつながるメッセージが出て、試しにクリックしたら皆さんが見えました」

「て……天才か……」

 ヒポタンの声はふるえているけど、それよりも問題なことはある。

「水野さん、あんな記事見続けたってことだよね。平気?」

 水野さんはきょとんとする。

「実害はないですよ?」

「あるよ! 見ただけで辛くなるよ!」

「……確かに楽しくはなかったです」

「そうだよ! 助けるから言ってよ!」

 水野さんはにっこりわらった。

「ありがとうございます。岡崎おかざきさんは優しいんですね。でも、良いことの方が多くて」

「良いこと?」

「クラスにも、岡崎さんみたいに心配してくれた子が何人もいました」

 そして、城くんを見る。

「城くんも心配してくれて、ありがとうございます」

 言われた城くんは真っ赤になって、あーだかうーだか言葉にならない声を出す。

 そして、池田くんはわたしには決して見せない表情で、水野さんをにらんだ。

「ていうかさ、転校早々なんなんだよ」

「こっちとしては、そっちがここで何やってるのか分かんない」

 えっ、水野さんは突然声が低いし、池田くんは荒々あらあらしい。

「うるさいな!」

「ん、もしかして、そーちゃんの『電脳覚え書き』のノートを打ち込んだからこれた?」

 池田くんの名前は、池田いけだ創斗そうと

 話の内容よりもそーちゃん呼びが心に残る。

 そーちゃんのノートって、……ひょっとして、二人はものすごく親しい間柄あいだがら

 そー、じゃなかった、池田くんはこちらを何回か見た後、顔を真っ赤にしていた。

「か……勝手に見るな!」

「だって、調査もきちゃうからひまつぶし……」

「それに、そ、そーちゃんとか呼ぶな! しー……じゃなくて、詩絵留!」

 池田くんが抗議したら、水野さんは、ほおをふくらませる。

「えー、じゃあ、何? 創斗って呼ぶ?」

「なんでもいいよ! バカ!」

 ふてくされた池田くんはヒポタンのところに走って行った。

 その後ろ姿を見ていたら、城くんが話しかけてきた。

「えーと、岡崎さん」

「何」

「……池田は」

「ヒポタンと何か作業するんじゃないの」

「いや、そうじゃなくて」

「じゃあ、何?」

 わたしがにらむと、城くんは右手を細かく振って一歩下がる。

 そして、そのまま立ったまんまの水野さんに話しかける。

「……池田と仲良いの?」

「え? そーちゃ……じゃなくて、創斗?」

 水野さんは腕を組んで考え始めた。

「うーん、仲良くせざるをない関係といいますか。近くて深くはあるので……」

 その答えに、わたしの息が止まった。何とか息をしている城くんがおそるおそるたずねる。

「えーと、それはつまり――」

 ヒポタンが両前足で拍手しながらやってきた。ん? 足って拍手って言うの?

「ミズノシエル! キミも電脳レスキューレンジャーに入らないカイ?」

「え? 何ですかそれ」

 そこでヒポタンは、さっき城くんに説明したことと似たような内容を話し始めた。

 ちょっとだけ違うことというと。

Idemyアイデミーの有料プランと、生成せいせいAIエーアイの有料プラン……」

 水野さんは目をかがかせている。

 池田くんと、近くて深い関係? だからか、魅力的みりょくてきに思う内容がかぶっているみたい。

「バカ詩絵留! 興味きょうみもつな!」

 文句を言う池田くんに、水野さんはにやりと微笑ほほえんだ。

「創斗もいるなら安心だし、とりあえず入ってみようかな」

 そして、笑いかけられる。

「リーダーの岡崎さん、優しいしかわいいし……すてき」

「岡崎さんに近づくな!」

「えー、いいですよね? 岡崎さん。」

 思わず頷いてしまう。アイドルばりのかわいさは強い。

「あ、おれも! 池田と岡崎さんだけじゃなくておれもいるから!」

 城くんもアピールすると、水野さんは頷く。

 ヒポタンは高く飛び上がった。

「電脳レスキューレンジャーS市北部支部へようこそシエル! ひとまず戻ろう!」

 わたしたちは事務所へ向かった。


 新しいメンバーとなった水野さんに対して、ヒポタンは衣装いしょう合わせをしていた。

 黒い服に、わたしは赤、池田くんは青、城くんは緑がし色だけど、水野さんは黒一色。

 げ茶色の長いウェーブの髪に、真っ黒のフリル。武器ぶきはデスクトップパソコンだ。

「水野さん! すてきすぎる!」

「ありがとうございます。岡崎さんも赤が似合ってすてきです」

 いやいや、キュロットパンツで走り回る私とはちがう。確かに池田くんも近くて深い仲になりた――じゃなくて!

「た、タメ口でいいよ! 同い年だし!」

「……そうですか?」

「うん、仲間だよ! 仲良くしようよ!」

 ザツネンはおいといて、わたしがこの子と仲良くしたいのは本音だ。

 ぱあっと水野さんの表情が明るくなった。

「うん、うれしい! 岡崎さん!」

 すると、城くんが割り込んでくる。

「なんならさ! 詩絵留って呼んでもいい? 、たすくって呼んでよ!」

「いいね! わたしも詩絵留、丞って呼ぶから、らんって呼んで!」

 丞とわたし、みょうに息が合ってしまったので、顔を見合わしてうなずき合う。

 わたしたちの剣幕けんまくにびっくりしたのかな。水野さんは目を大きく開いた後、頷いた。

「丞と蘭……。よろしくね!」

 にこりと笑った彼女はふんわりと笑った。

 ああ、こんなにカワイイなんて池――やだやだ!

 丞は、後ろでどうでも良さそうにながめていた池田くんにも主張していた。

「池田は創斗だ! いいな創斗!」

「……いいけど。じゃあ、丞って呼べばいいの?」

「そうだ!」

「……岡崎さんも?」

 池田くんがこっちを見たので、わたしは試しに口を開く。

「え……、そ……」

 創斗。無理無理! 恥ずかしい!

 そーちゃん……ハードル高すぎ! 無難ぶなんなところにするべきだ。

「そ、創斗……くん……って呼んでいい?」

 わたしが必死に見つけた妥協点だきょうてんなのに、池田くんはあっさり頷く。

「うん。だったら、僕も呼び方かえた方がいい?」

「お、お気になさらず!」

 池田くんは口元に手を当てて、考える。

「えーと……、合わせるなら、蘭……さん?」

 蘭。

 毎日当たり前のように聞きまくっている自分の名前なのに、身体中をめぐった。

「は、はい!」

「……どうしたの? 蘭さん」

「な、何でもない!」

 そ……創斗くん! に呼ばれた名前は、何だかとてつもなく特別に聞こえるのだった。

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