第二章〜2

☆☆☆


 夏休み明け。S市立M小学校五年一組の教室は一つの話題で持ちきりだった。

 東京からの転校生。しかも女子。

 M小生にとって、東京はえんどおいほどではない。最寄もより駅から二十分弱電車に揺られていれば着くし、家族が通勤通学で行くことも多い。小学生が気軽に行ける距離きょりではないが。

 そういうことで「東京出身」という言葉は、生徒達には刺激的しげきてきな言葉だし、先生が連れてきた女子は、クラス全員の想像そうぞうえていた。

水野みずの詩絵留しえる です……」

 先生が黒板に書いた名前を、うつむきがちで小さな声で言う小柄な転校生。

 長いふわふわの焦げ茶色のかみに、色素がうすめのつぶらな瞳。上向きの長いまつげ。白いはだ。上品なペパーミントのフリルのワンピース。

 別世界べっせかいの住人をたすくはぼんやりと見つめた。

「……すっげーかわいい」

 日頃ひごろ大体の女性がかわいく見える丞だが、このたび人生で一番かわいい子が見つかった。

 しかも、日頃の行いが良かったのか、席替えで彼女の後ろに座ることになった!

 その幸運をみしめるべく、丞はその細い後ろ姿を熱い思いで見つめるのだった。


 休み時間。女子の転校生に対しては、まずは序列じょれつの高い女子が話しかけるものだ。

 第一位の金子かねこ梨羽りうは、二位と三位の女子と詩絵留の周りを囲っていた。

 丞はというと、その横で他の男子と鉛筆えんぴつを転がしながら、聞き耳を立てている。

「詩絵留ってかわいい名前だね! ねーねー、詩絵留って呼んでいい?」

「……は、はい」

「ねぇ、詩絵留はさ、何が好き? Yomtuberヨムチューバー? アイドル? それとも――」

 詩絵留は戸惑とまどう表情でうつむいた。

「……ごめんなさい。私、あまり芸能人げいのうじんとかくわしくなくて、答えられないです」

「へぇ。あれ? このたくさんの本はべん? 雑誌? 見せてよー」

 机にかかったずっしりした手提てさげの中身を取り出した梨羽は、表紙ひょうしの文字を読む。

「……ラズベリーパイ? 何これ、お菓子の本?」

 パラパラめくっても、レシピは出てこない。

「……機械の本です」

「えー、もしかして……水野さんってオタク?」

「……そうは呼ばれます」

「へぇ、そうなんだ。へぇ……」

 梨羽達がだまった頃、ちょうどチャイムが鳴り、三人は席に戻っていった。

「あ、あのさ、水野さん……」

 丞が話しかけると、詩絵留は振り向いた。ふんわりいい匂いがするので、ついニヤつく。

「あのさ、大丈夫? おれ、梨羽に注意しようか?」

「……何を?」

 軽く首をかしげる詩絵留に、丞は言いよどんだ。

「何ってえーと……」

「授業始まります……」

 詩絵留の後ろ姿を、丞はただ見つめることしかできなかった。


 ☆☆☆


 梨羽は教室の後ろから、詩絵留と丞、二人の様子を見ていた。丞は笑顔だった。

「……何よ」

 梨羽と丞は一年の時からずっと同じクラスで、結構仲が良いと思う。名前呼びだし。

 丞はサッカーだって、リレーだって一番だし、さわやかで格好良い!

 そんな男子のとなりに立つのは、梨羽に決まっているのに、かわいこぶって気に食わない。

『あの転校生さ、ちょっとカワイイからってムカつくよね』

 家に帰ってから、梨羽はLIMEライムのグループチャットでグチった。

 同意どういの言葉と一緒に、おこっているスタンプが返ってくる。

 そーそー。みんな言ってるし、りうがタダシイ。

 なのに、あいつが丞にちょっかいだすのを見ていなきゃいけないなんて、グチりたい!

 梨羽は、LIMEの友達一覧をタップしようとしたが、いきおあまって手がすべる。

 広告を押してしまったので、スライドして戻ろうとしたが、手がとまる。

『好きな人に振り向いてもらいたいアナタに!』

 何か変な広告かなと思ったけど、今の梨羽に当てはまりすぎ!

 画面を進んでみると、どうやら子供向けの相談そうだんサイトのようだった。変な広告もない。

 入口は色々あって、例えば勉強相談入口、学校生活相談入口に――恋愛れんあい相談入口。

 恋愛相談に入ってみる。相談や悩み、グチを書きあってお互い答えているようだ。

『両思いになりたい』

『彼氏とケンカしちゃった』

 梨羽は『彼氏』の言葉に目がとまる。

 丞は梨羽に優しいけど、全員に優しい。

 あんなに範囲はんいが広いと、梨羽も「ヌケガケ禁止」以上の言葉が言えない。

 丞の特別になりたい。彼女になりたい。あんな女なんていなくなればいい!

 そんな思いのたけを書いて、送信ボタンをおしたら、すぐさま反応が来た。

『分かる! ちょっと仲良くしたからってつけあがる女むかつくよね!』

『切なすぎる! そんなヤバイ女いなくなればいいのに!』

 仲間を見つけた梨羽は夢中でやりとりを続けた。

 やりとりを続けるには、アカウント作成をした方が楽なため、LIMEライムとも連携れんけいした。

 相談仲間たちとひたすらやりとりしていたら、こんなメッセージがきた。

『あなたの気持ちをさらに解放してみませんか? メディアに広めましょう!』

 メディア。もしかして取材が来るかもしれないということに、梨羽は浮かれた。


 ☆☆☆


『話があります。放課後ほうかご、トマト畑まで来てくれないでしょうか』

 丞の下駄げたばこに、こんな内容のカワイイ文字の手紙が入っていた。

 あこがれの呼び出し告白に、喜びいさんでトマト畑に向かうと、同じ園芸えんげい委員の下村しもむらあかねがいた。

 植物を育てるのが好きな子だ。園芸が好きで、勉強できるかと委員になった丞としては仲良くなりたい相手だが、事務じむ連絡れんらく以外はない。

 茜は丞の様子にはっとした後、大慌おおあわてで手を振った。

「あ! まぎらわしかった! ひとがないからここにしただけ。愛の告白じゃないの!」

「えぇっ! 初めての告白だと思ったのに!」

 すると、茜は目を大きくする。

「へー。じょうってモテるのに意外。みんなヌケガケしないのね」

「……おれモテるの?」

「そーよ。だから城と事務じむ連絡れんらく以外話したくないのよ。まれたくないもん」

 茜はランドセルからクリアファイルにはさんだ紙を取り出した。

「城に見てほしい」

 スマホかタブレットの画面を白黒印刷しているようだ。

「三組女子のグループチャット。LIMEやってる子少ないし、私も入ってるだけだけど」

 そこには、ただひたすら、ひどい言葉が並んでいた。

『水野ムカツク。男たらし』

『あんなやつのどこがいいの?』

『男で問題起こしたから、転校したに決まってる!』

 延々えんえんと、水野詩絵留についての暴言ぼうげんが書かれている。

「全部金子さんね。水野さんは知らないし、グチってるだけならほうってたんだけど」

 茜はもう一枚紙を渡してきた。

 ぱっと見、ネットニュースみたいなデザインだが、書かれている内容に目をうたがった。

『S市M区の小学校での出来事だ。東京から来た転校生女子(五年生)が、クラス中の男子に色目を使っている。一見上品な見かけだが、実は彼女は前の学校で男性問題を起こしたらしく、それが理由で転校することになった』

 まるで事実のように書かれているニュースサイトだ。

 しかも、近くの人なら確実に分かる近所の情報や、詩絵留の容姿ようしも書かれている。

 動揺して、左上をみると、Yahhooヤッホーのロゴが書いてある。丞も検索けんさくやニュースをみるのによく使っているけど、これは子供向けのニュースコーナーのようだ。

「この記事は危険きけんでしょ。だから、二軍女子で水野さん守ろうって話になったの」

 今日は詩絵留と同じ方角の女子が二人、一緒に帰る話はしたらしい。

「モリセンは一軍好きだからあてにならないし、スクールカウンセラーは最短来週だし」

 担任の森先生モリセンは……確かに梨羽をお気に入りにしている。

「だからまず、城から金子さんに言ってくれない?」

「え、お、おれが?」

「だって、金子さんは……、……ええと、城と仲良いでしょ?」

 何でか、ちょっとだけ茜は悩んだそぶりをした。

「お願い。城が無理なら親に言う。でもそれだと金子さん犯罪者はんざいしゃになっちゃうでしょ?」

「……そうだよな。うん、分かった。俺から明日梨羽に言うよ」

「ありがとう、城」

 少しだけ、茜は笑ってくれた。かわいい。

「でもさ、何で下村が言ってくれたんだ?」

 いつもない茜が丞にたのむのは意外だった。

 伝えたいことを言えてほっとしたのか、茜は笑顔で言う。

「え? 城と話す機会があって、恋愛的に興味きょうみないのが私だったから」

 下村茜。かわいいし、趣味しゅみも一緒だし、実はちょっと興味があったのに。丞の気も知らず、茜は続ける。

「水野さん、前の席なのと可愛いだけで逆恨さかうらみされて、かわいそう。城と無関係なのに」

 傍目はためから見ても、詩絵留に興味を持たれていないのか。

「……あのさ、おれ、本当にモテてるの?」

「学年トップクラスじゃないの? あこがれている女子多いよ。だから、一軍が知らないここに呼び出した。ただでさえ同じ園芸委員だと絡まれるもん!」

 話を終わらせた茜はささっといなくなり、丞はとりあえずトマトのひろった。


 帰宅した丞はタブレットの前に座る。

 何だかちょっと悲しかったけど、それどころじゃない! 梨羽への言い方を考える。

 Yahhooのトップページから「クラス 女子 ネットいじめ 解決」と検索する。

 ……子供向けの記事が出てこない。親や先生が解決する方法ばかり出てくる。

 それは最終手段。明日、梨羽の反応を見てからとして、次はChatGPTEチャットジーピーテー だけど。

『クラスメイトがいじめにあっている場合は、被害者ひがいしゃをサポートしましょう。教師や大人に相談しましょう』

「そんなの分かっているって!」

 丞は茜から受けとった紙に書いていたURLを、入力にゅうりょくらんに一文字ずつ打つ。

「それより、このサイトについて、おれだからやれることとか、言えることないわけ!」

 思わず叫ぶと、送信を押してないのにChatGPTEは読み込み始めた。白黒の文字で返ってくるはずの回答が、なぜかピンク色に染まっている。

『このメッセージが見れたアナタ! アナタなら自分で解決できますヨ!』

 ……めちゃくちゃ怪しいけど、自分で解決できるって?

 思わず画面にかぶりつくと、自分の周りが突然とつぜん暗くなってきた。

 え? 停電ていでん? でも、電源がついているはずのタブレットも見えない?

 おどろいている内にチカチカと明かりが見えてきた。

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