第一章〜4

 はるちゃんからチャットが来たのは、金曜日の夜だった。

 翌日の土曜日。わたしがインターフォンを押すと、とびらが開いた。

らんちゃん……」

「晴ちゃん! 久しぶり!」

 髪を下ろして、シンプルな水色のワンピースを着た晴ちゃんは、少しやせていた。

 一昨日おととい荒々あらあらしい言葉が聞こえてきた部屋に、今日は入ることができる。

 晴ちゃんはずかしそうに言う。

「片付いていなくてごめんね……」

「何を言ってるの?」

 これで片付いていなかったら、わたしの部屋はただのゴミためだ。

 晴ちゃんは学習机がくしゅうづくえ椅子いす、わたしはベッドに座る。彼女は少しまよいながら話し始めた。

「あのね……、蘭ちゃん」

「うん、晴ちゃん」

「わたしね……、みんなにひどいこと言って……。でも、自分ではよく覚えていないこともあって……、でも、知らない間にわたし、みんなを傷つけてしまって……」

「大丈夫だよ。晴ちゃん」

 立ち上がって、晴ちゃんを抱きしめた。

「わたしは晴ちゃんの味方だから」

 こちらにすがりついて、少し彼女はいた。

 しばらくすると、晴ちゃんはつぶやいた。

「……あのね、夢の中で蘭ちゃんが助けてくれたの」

「え?」

 聞き返すと、慌てたように早口になった。

「ゆ、夢の話なのにごめんね! わたし、蘭ちゃんが、悪いやつをやっつける夢を見て」

 おどろいた。何となく、電脳世界のことは記憶に残らないんじゃないかと思っていた。

 ヒポタンからは例に同じく全く聞いていない。

「だから、私、蘭ちゃんに会えば、ちゃんと学校に行ける気がして……ごめんね!」

 あわあわとする晴ちゃんに、わたしは笑いかけた。

「うん。たよってくれて、うれしい。ありがとう!」


 月曜日の朝、わたしは家から反対側の学区を走っていた。

 本当はもっと早く家を出るべきだったんだろうだけど、ねむいしそれはちょっと無理!

「おはよ! 晴ちゃん!」

 学校から走って五分ぐらいのところで、何とか会うことができた。

 水色のランドセルと晴ちゃんの目はゆれている。

「蘭ちゃん……」

「約束したでしょ! いっしょに学校行こう!」

 差し出した手を、晴ちゃんはにぎってくれた。

 晴ちゃんは、両親と話をして、自分のアカウントが乗っ取られたというのを理解した。

「よく分かんなくなった時、親に相談してれば良かった……」

 勉強の合間あいまにこっそりやっていたから、バレたら怒られると思っていたらしい。

 ネットで見つけた、子ども相談そうだんコーナーみたいのに質問はしてたみたいだけど、変なことを書かれたらしい。それで、余裕よゆうがなくなっていった。

 お父さんとお母さんも、週七で勉強づけの晴ちゃんに、ほんのスキマ時間の遊びまでガマンさせるようなことをしてごめんとあやまってくれたらしい。

 ため息をつく晴ちゃんの手を、わたしは思いっきりる。

ぎたことはしょうがないよ。こうやって元気になったんだから、それが一番!」

「ありがとう……」

「あと、乗っ取られるのを防ぐには『二段階にだんかい認証にんしょう』というのがあるんだよ」

 昨日の修行しゅぎょうの時、ヒポタンに教えてもらったことを伝える。

「ログインするとき、通知がくるんだ。それに暗証あんしょう番号ばんごうを入力しないと入れなくなる。そうすれば、晴ちゃん以外の人が入れないし、入ってもすぐに気づくよ!」

「そういうのがあるんだ……」

面倒めんどうくさいけど、乗っ取られないよ。専用アプリもあるみたい。やりやすい方でやるといいと思う」

「うん、お母さんにお願いしてみる!」

 そうやって話していたら、学校に着いた。

 一人、こちらに手を振っている。

「二人とも、おはよう」

 校門で待っていた小柄こがらな子は松本まつもとさんだ。

 今、晴ちゃんが仲良い子を知らなかったので、松本さんに確認してみた。

 そしたら、関わりなかった自分が連れて行くのは逆にアリかもと言ってくれたのだ。

岡崎おかざきさんに聞いたよ。アカウントのっとりと、じゅくや勉強のストレスが重なっちゃって気分悪くなったんでしょ?」

 うそではないので、そういう説明にしている。

「岡崎さんは別クラスだし、教室には私と行こう」

「うん……ありがとう」

「大丈夫。芳崎よしざきさん日頃の行いがいいから、大体の女子は『らしくない』って心配してた」

 おとなしくて真面目な優等生ゆうとうせい

 今まで必死でがんばってきたおかげで、晴ちゃんは何とかなりそうだ。

 松本さんは声を小さくする。

「……でも、あんなにれるなんて、PMSピーエムエス うたがった方が良くない?」

 知らないアルファベットに首をひねる。

「知らないの? コドモだね」

 松本さんは両手を広げる。

「アレの前くらいの時期に、ものすごく体調が悪くなって、くるうことを言うんだよ」

「アレって……ま、毎月のっ?」

 わたしはまだ授業で聞いただけだ。

「うん。うちのおねーちゃんひどいんだ。芳崎さんストレスたまってそうだもの。PMSは疲労ひろうとストレスで酷くなるから、気をつけて」

「あ……ありがとう」

 思ってもないアドバイスにとまどう晴ちゃん。

「女はホルモンに左右さゆうされる生き物だから、つらくなる前にレディースクリニックね」

 お姉さんのウケウリだろうけど、何だかオトナな松本さんを尊敬そんけいのまなざしで見ながら、五年生の下駄箱げたばこに行く。

「芳崎さん! 元気になったんだ!」

 三組の何人かの子が話しかけてきた。

 うん。大丈夫だ。

 わたしは晴ちゃんを後ろからぴょんと押した。

「きゃっ」

「がんばってね。いってらっしゃい晴ちゃん」

 わたしは右手の親指を立てて、晴ちゃんに向けた。

「うん……、ありがとう! 蘭ちゃん」

 そう言って、晴ちゃんは松本さんやクラスの他の子に囲まれて三組へ向かう。わたしは一つ頷いて一組の教室に向かうのだった。

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