第一章〜3

 その空間は、わたし達が普段ふだんいる電脳でんのう世界せかいと見た目は同じだった。

 プラネタリウムみたいな黒くて半球体はんきゅうたい天井てんじょうに、白や緑のアルファベットや数字、たまに赤とか緑とか黄色とかピンクの四角や丸がチカチカと映し出されている。

 すぐさま池田くんの声が耳に届く。

『ついた? 大丈夫? 岡崎おかざきさん。一緒に行けないのは悪いけど気をつけてね』

「役割だからね。しょうがないよ」

 池田くんは今はここには来ない。

 いつもの事務所じむしょで、ホストコンピューターにつなげたノートパソコンを、わたしがわざを使えるように操作そうさしてくれる。

 わたしじゃないと攻撃こうげきできないけど、池田くんがいないとパワーの調節ができない。

 電脳レスキューレンジャーとして、それぞれ自分の役目を果たさないといけないのだ。

「二人とも、くっちゃべるナ。攻撃こうげきがくるゾ!」

 赤黒いもやが立ちこめて、強風が吹き、わたしは思わず目をつぶってしまう。

「ラン、ステッキを前に出して! ソウト防御壁ぼうぎょへき起動!」

 言われるがまま、ステッキを前に出すと、風がやむ。

 目を開けると、身長くらいの赤い六角形の光が私の前に輝いていた。

 ……シールドすごい。練習したことはあるけど、効果を実感した。

「じゃあ、池田くん、相手をひるませるための」

「あ、ステッキのこっちの赤のボタンで小規模な衝撃波しょうげきはを出せるヨ」

 初めて知った。

「えーと、じゃあ、池」

「それカラこっちの黒は直接攻撃が」

 それも初めて知った……わたしはキレた。

「……突然とつぜんそんなこと言われて分かるか! 先に言ってよ!」

「えー、だって技の習得が終わらないしー」

「全体で考えて、予定組みなよ! こういうのは技の前! 計画性なさ過ぎ!」

 ハラはたつけど、さすがにここでヒポタンに衝撃波をぶつけるヒマはない。

「池田くん! 必殺技ひっさつわざ準備して! 重いやつ!」

『分かった!』

「ヒポタンはてきの情報を教えて」

「ハイハーイ。アルファしゅだね。ネットトラブル、主にゲームを好んでいて、それきっかけできずついた子供の心に巣食すくおうとする。見た目はゲームらしくスライム」

 なら、ザコてき? と、思ったら、赤黒いもやがおさまり、言葉の通りのものが現れた。

「うわっ! 空飛ぶゼリー!」

ねるスライムだって」

 今までの強風は攻撃こうげきじゃなくて、飛び上がった時の衝撃しょうげきだと分かった。

 わたしは高く飛び上がる。

 さっきまでいた場所に、ベタベタとする何かがまとわりつく。

 ヒポタンは言う。

「で、攻撃手段は押しつぶしと、口から出る粘液ねんえき。これを受けると結構――」

「今言わないでよ!」

 わたしがとりあえず赤いボタンを押そうとすると、池田くんにさえぎられる。

『待って岡崎さん! スライムの下の部分!』

 池田くんは、攻撃が当たらない分、冷静だ。

 素直にそちらを見ると。

「え……?」

 スライムの中に、見覚えのある黄緑色のよろいを着た女の子がいる。

「晴ちゃん!」

 体育座りでコントローラーをにぎっている女の子がじっとディスプレイを見ている。

 その顔は現実世界のものだったけど、見たことのない鬼気ききせまった表情だ。

「何で!」

「悪霊精霊の仕業しわざサ。思ったよりも時間がナイようだ」

 後から追ってきたヒポタンが言う。

とらわれた子供は、負のパワーを生み出すあやつり人形とシテ、心を電脳世界に連れてこられる。現実世界にいるのは電脳悪霊が作った人格だネ」

「わたしが晴ちゃんの家できいたのも?」

「うん」

「どうやったら助けられるの?」

「スライムのコアをクラッシュさせて無効化むこうかするんだ。ほらアソコ!」

 示したのは左の真ん中のあたり。そこは何だかうすピンクだ。

「分かった!」

 そのままコアに向かってステッキの衝撃波を当てようとしたとき、ヒポタンが言う。

「ダメだ! コアが薄ピンクの時に攻撃するとキケンなんだ!」

 確かに今は薄ピンクだなと思ったほんの一瞬だけ、水色がちらつく。

「あんなの無理だよ!」

「なーに、相手は電脳悪霊。つまり機械。やりかたによっては大丈夫サ」

 ヒポタンが示す。

「てっぺんに解除キーがのってる。その色の順番にコアに衝撃弾を打てばいいのサっ」

「……どうやって?」

「そのステッキの赤いボタンは、衝撃弾が三色出せる。それをためて、一度に放出すればイイ」

 そんな機能初めて聞いた。

「あ、ステッキはスタック方式だから、後入れ先出しでヨロ!」

「……スタック? 後が先? どういうこと?」

 わたしの困った声に、池田くんがためいきをつく。

『それじゃ分からないよヒポタン……』

「じゃあ、ソウトが説明したまえ」

『……じゃあ、スタックから。岡崎さん。つくえに三枚お皿積み重ねたとき、普通、最初に手に取るのは一番上? 一番下?』

 唐突とうとつな質問だけど、頭に1、2、3と書いたお皿を並べてみる。

「一番上?」

『そう。で、それって、何番目においたお皿?』

 1、2、3の順番で上に重ねていって、一番上のお皿は何番目かというと。

「三番……あ、なるほど!」

 理解できた!

「ありがとう池田くん! つまり、見える色の順番とぎゃくに並べればいいんだね」

『うん。僕が設定するから、岡崎さんは読み上げて』

 スライムの出す粘液ねんえきをよけながら、わたしはてっぺんを確認する。

「えっと、赤、緑、緑、赤、赤、白、緑、白!」

 池田くんも繰り返す。

『白、緑、白、赤、赤、緑、緑、赤! 大丈夫、岡崎さん!」

 わたしは赤いボタンを押して、杖を振る。

「えーい!」 

 三色の何層なんそうにもなった衝撃弾が、コアにぶつかる!

 よし、コアが水色だ!

 わたしはもうステッキを振り上げる。

「いっけー! フリーズフラッシュ!」

 光がコアに一直線だ。

「グオオォオオオオ!!」

 スライムの絶叫ぜっきょうと同じタイミングで、コアから光があふれ出てきた。

「晴ちゃん!」

 わたしは、晴ちゃんを助けるべく、むにゅっとするスライムに飛び込んだ。

 動かなくなった彼女の両脇りょうわきに、わたしの腕を通して引っ張った。

 よし、動かせる!

 そうして、光の爆発ばくはつの直前に、わたしは何とか助け出すことができたのだった。


 光がおさまった頃、わたしはきかかえていた晴ちゃんをそっとかせた。

「大丈夫かな……」

「そんなときのためのソウトさ」

 ブワンと音が聞こえ、池田くんが大きなリュックを背負せおってやってきた。

「お疲れ様。岡崎さん。後は僕ががんばる」

 リュックをおろし、いつものノートパソコンと、小さい四角い箱(ぱっと見、録画ろくがとかを保存するハードディスク)をいくつか取り出す。

 ヒポタンは池田くんの近くにやってくる。

「じゃあ、やるよ。ソウト」

 ヒポタンはぐにゃりと潰れ、床にはいつくばると、背中に穴が開いた。

 インターネットをつなぐためのLANランケーブルの差し込み口みたいだ。

「わたしも手伝う?」

「大丈夫だよ。疲れたでしょ。お友達ももうすぐ戻るし側にいてあげて……」

 あっちもずっと働いているような気がするけど、その言葉を受け取ろう。

 池田くんの言うとおり、晴ちゃんはすぐに金色の光につつまれ、消えていった。

 これで元気になるといいな……。

 池田くんは箱とノートパソコン、ヒポタンの背中にもケーブルをさす。ちょっとグロい。

「えーと、修復しゅうふくパッチは」

 池田くんは薄水色のサングラス越しに、画面を見つめている。

「……ヒポタン。アルファ種向けは、三種類あるんだけど」

 ヒポタンが首だけキリンみたいに伸ばして画面を見る。

「ああ、今回のケースだと、これだねぇ」

 右腕も伸ばす。何だかチューインガムみたいでこわい。

「あの……、ディレクトリの中に、さらに五種類あるんだけど……」

「これこれ、これが実行ファイル」

「……へえ」

「そもそもさ、このハードディスク全部は要らないんだよネ。ジャマすぎる」

「ど、どれか聞いてないから全部もってきたんだけど……」

 そんな感じでやがて画面が切り替わった。

「おつかれ。ソウト。待ちだ」

 池田くんは大きなため息をつき、腕をだらりと下げた。

 うでと首が元通りになったヒポタンはそのままぺったんこだ。

「ねー、ヒポタン」

 わたしはヒポタンに話しかける。

「何だい? ラン」

「あのさ、晴ちゃんのアカウントを乗っ取って、あばれまくったのは電脳悪霊でしょ?」

「ああ、そうさ」

「で、家とかクラスとかで変だったのは電脳悪霊が取り憑いたせいでしょ?」

「そうさ」

「だったら、晴ちゃんは被害者でしょ? 他の人を傷つけたのは悪いけど、このままじゃ学校もBobloxボブロックスも戻れないよ。助けられないの?」

 へしゃげたまんまのヒポタンは言う。

「残念ながら、完全には無理だヨ」

「そんな!」

「だってさ、Bobloxボブロックスはデータ流出りゅうしゅつ事故じこは起こっていナイ。例えばパスワードが簡単とか、そういう油断ゆだんがヨシザキハルにはあって、そのめは負わないとイケナイ」

「……そう、なんだ」

 ヒポタンはさらに言う。

「だってランは、パスワードは複雑ふくざつにするって知ってるよネ?」

 わたしはうなずいた。この前のテストでも、わかりやすいものはダメだと答えた。

「インターネットは結局けっきょく匿名とくめいサ。個人情報を書いても本人が書いたという証拠しょうこすらナイ。正体しょうたいが分からない分、大人も子供も公平なのサ。子供も自分を守らナイとネ」

 公平だから、子供だなんて分からないから、自分で守らないといけない。

 ……でも。

 すると、池田くんが立ち上がった。

「だ、だいじょうぶだよ岡崎さん!」

 珍しく大きい声の池田くん。

「で、電脳世界に関係がある部分で、電脳精霊が手を加えたところだけは記録きろくを消せるから! 友達のアカウントが悪さをやったってことは残らない! アカウントは新しくなっちゃうけど、また遊ぶことはできるよ!」

 あわあわと両手を振る池田くん。

「だ、だからさ! また友達と一緒に遊べばいいよ。リアルでもゲームでも」

 ……彼はきっとわたしをはげましてくれている。だから、わたしはうなずいた。

「うん、ありがとう、池田くん」

 そしてわたしはにやりとする。

「だったらさ、池田くんも遊ぼうよ!」

「え、いやだ。知らない人こわい……」

 なんとなく想像ついた答えと表情だった。

「池田くんってさ、ネット向いていないんじゃないの?」

「そ、そんなことないと思うけど……」

「いや、ソウトの意識いしきは大切サ。おそれを持って、当事者とうじしゃ意識いしきを大切に、きちんと準備した上でいどむのは大切なことだからネ!」

 その、得意とくいげなヒポタンの言葉を聞いて、わたしと池田くんはだまって見つめ合った。

 うん。気持ちは一つ。

「ヒポタン」

 二人の言葉は見事に合わさった。

「ん? 何だい?」

 ヒポタンの脳天気のうてんきな声。

 池田くんは言う。

「と……当事者意識を大切に、きちんと準備ってさ……」

 このための残り一発いっぱつ

 安全を確認した後、わたしは叫んだ。

「ヒポタンがしっかりやれー! 時間がない時に突然言うな-!」

「ちょ……、ら、ラン!」

 池田くんはすごい。

 この前ヒポタンが一分後に復活できたちょうど同じ出力値しゅつりょくちで、わたしのフリーズショットをピンクのカバにぶつけることができた。

 やっぱり準備って大切だよね!

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