第一章〜2

 それから、土日の空き時間に電脳でんのう世界せかい修行しゅぎょうをさせられ、翌日の月曜日げつようび

 登校途中とちゅう。歩道橋で、見慣みなれた水色のランドセルが見えた。

 なやんだけど、やっぱりることにする。

「は……はるちゃん! おはよう!」

 回り込むと、彼女はにっこりほほえんだ。

「あ、らんちゃんおはよう!」

 いつも通りの様子だ。わたしは言葉が続かない。

「蘭ちゃん、元気ない?」

「ううん。えと、この前の土曜日って……」

「え、土曜日? 相変あいかわらずじゅくだけど、夕方はBobloxボブロックス入ってチャットしたの!」

 ……チャットしたなぁ。

「十分間しかやれなかったし、もっとやりたいなぁ。時間取れたら連絡するねー」

 ご機嫌きげんはるちゃんを見てると確認しづらい。

 でも、一昨日おととい、黄緑色のよろいの子とは、十分間も会っていない。

 それに、わたしに暴言ぼうげんをはいたとしても、こんなにごまかすわけない。

 うん、人違ひとちがいだと、思うことにした。


 S市立K小学校。わたしは五年一組。晴ちゃんはわた廊下ろうかわたった五年三組だ。

 意識いしきしないと、下手したら全然会えない。

 わたしも修行しゅぎょうしたり、池田くんとゲームしたり、習い事のピアノの発表会だったりと、学校以外の時間がそこそこ充実じゅうじつしてた。

 ――だから、こんな事態じたいになっているなんて気づかなかったのだ。


 ファーストランドでの事件から二週間。今週木曜日の五限目は委員会の時間だ。

 美化委員の私は、五年三組の教室で集まっていた。

 机にかけてあるプリントの詰まった手提てさげは見覚えがある。晴ちゃんのつくえだ。

 でも、ずいぶんざつだ。優等生な晴ちゃんがそんな風にしていた記憶はない。

 り返ると。後ろの黒板には『欠席者:芳崎よしざきはる』と書かれている。

 他の人の名前は消した跡で白っぽいのに、『芳崎晴』という名前だけはきれいなまま。

 気になって、三組の委員の松本さんに話しかける。

「ねえ、芳崎さんって具合悪いの? 月曜日から休んでる?」

「あれ、岡崎おかざきさん、仲良いの?」

「うん。共通の趣味しゅみで……」

 松本さんの目が大きくなる。

「ひょっとしてBoblox?」

 れたその言葉におどろきつつ、うなずいた。

 わたしのクラスでは、まだ流行はやっていない。

 他校の男子&面倒くさい池田くんを誘わないといけないほどに、だれもやっていない。

「三組はやっている人いたりするの?」

「うん。三分の一くらいはやってるよ。私もちょっと前からやりはじめたの」

 だったら仲間になりたいけど、それは切り出せないテンションで、松本さんは続けた。

「……芳崎さん、Bobloxで突然見かけるようになって、ものすごくあばれてたの」

 わたしは、二週間前の出来事を思い出した。

「別人なのか、それともストレスなのかわかんないんだけどね。最近顔色悪かったし」

 聞いているうちに、背中がひんやりしてきた。

「先週はクラスで怒鳴どなってた。どうしたんだろと思ってたら、月曜日から休んでいるの」

 その内容で、わたしは委員会の会議の内容がすっかり入らなくなってしまったのだった。


 晴ちゃんの家は、学校をはさんでうちとは反対側のおしゃれな住宅地に位置する。

 お父さんがゲーム好きで、新旧しんきゅうたくさんのゲーム機が並んでた。

 そんなことを思い出しながら、わたしは白くておしゃれな家のインターフォンを押す。

 玄関に晴ちゃんのお母さんが出てくれた。仕事中かな。ヘッドセットをつけている。

 何だか、前見たときよりもやつれている晴ちゃんのお母さんは小さい声で言った。

「岡崎さん……」

「こんにちは! あの、晴ちゃんがずっと具合悪いって聞いて、お見舞みまいいを……」

 わたしは家にあったゼリー(わたしのお母さんには許可きょかをとった)のふくろを渡した。

「そんな、わざわざありがとう」

 疲れた表情の晴ちゃんのお母さんは、それでもわたしに笑いかけた。

「でもね、晴は今お友達に会えるかは分からなくて」

「あ、はい! もちろんです! 勝手に来ただけですし!」

「一応声かけてみるね。ちょっと待っててね」

 わたしがぶんぶんと頭を下げた後、晴ちゃんのお母さんは奥へと行った。

 まもなく、何かがぶつかる音がして、こんな言葉が届く。

「何なんだよ! 入ってくるんじゃねーよ!」

 声は聞き覚えがあるのに、聞いたことがない口調だった。

「今バトル中なんだから! ジャマすんなよ! 死ねよバカ!!」

 強い音がしたので、わたしは耳を押さえる。

 しばらくすると、蘭ちゃんのお母さんが戻ってきた。

「岡崎さん、ごめんね。やっぱり無理みたい……」

「あの、すみません。わたしのせいで」

「ううん、気にしないで。少し学校を休めば落ちつくと思うから、また宜しくね」

 わたしは、何回も「分かりました」と頷き、後にした。


 そして夕方。電脳でんのう空間くうかんったら、もう、池田くんとヒポタンがいた。

「どうしたんだい? ラン。何か悪いものでも食べたのかい?」

「……もうちょっと言葉選んでくれない?」

 じろりとにらむと、ヒポタンは手足をバタバタさせた。

「いやいや、ラン! キミは元気がとりえじゃないか!」

 その短い四本をむぎゅっとつかむ。

「フリーズスラッシュ、ゼロ距離きょりなら当たるよ?」

「な、何言ってるんだいラン!」

「……僕は準備できてるから、岡崎さんのタイミングに合わせられる」

「やめろソウト!」

 慌てるピンクのカバに、わたしの怒りにのろうとする男子。

 わたしは何だか突然とつぜん冷めて、手をぱっと放した。ヒポタンは大急ぎで逃げる。

「池田くん、何があったの?」

「え? いつも通りにダメ出しされただけだよ……頑張がんばってるのに……」

「そうなんだ。大丈夫だよ。家で練習しているほどだし」

 わたしがはげますと、池田くんはおっとりと笑った。

「うん、ありがとう。ぼくも岡崎さんが頑張っているのは知っているよ」

「……あ、ありがとう」

 思ったよりも、まっすぐ返事を返してくれた池田くんにちょっととまどった。

「キミたち、団結するのは良いことだけど、仮想敵かそうてきがボクになってないかい?」

 ブツブツ文句を言うヒポタン。

 わたしはヒポタンをなだめてから、晴ちゃんとの出来事を相談することにした。


 ヒポタンは即答だった。

間違まちがいない! それは電脳でんのう悪霊あくりょうの仕業だ!」

 池田くんは静かに問う。

「な、流れで言っていない? 適当てきとうなのは岡崎さんとその友達に失礼だと……」

「ボクに失礼なこと言うナ!」

 ヒポタンは池田くんの頭にどさっと飛び降りた。いきおいよく首がれて、いったそー。

「いいかい。ちょっと説明しようじゃないか」

 最初、わたしと池田くんを集めたときにヒポタンは説明していた。

 悪の電脳でんのう精霊せいれい、その名も電脳悪霊はの電脳パワーをエネルギーげんとしている。

 負の電脳パワーは、コンピューターが原因のトラブルが起きたときに発生する。

 だから、電脳悪霊は子供がITアイティー機器ききを使っているときにトラブルを起こさせる。

 なんで子供かというと、大人よりも感情の振れ幅が大きくて、電脳悪霊にとっては大量の質の良いパワーが得られるから。

 あと、大人よりも知らないことが多いし、トラブルを起こすのが簡単だから。

 つまり、晴ちゃんのBobloxのアカウントは電脳悪霊に乗っ取られたと考えられる。

 あまりプレイできない晴ちゃんが気がつかない間に、電脳悪霊は他のユーザーを傷つけて、晴ちゃんからみんなを遠ざけ、孤立させる。

 こういう心に負担がかかる出来事で、負の電脳パワーは貯まっていく。

 心が弱っていくのにつけこんで、電脳悪霊は晴ちゃんの心も乗っ取ろうとする。

 最後は負の電脳パワーを生み出す機械きかいのように、ゲームとか、SNSエスエヌエスとか、そういう場所で悪いことをさせられ続けるらしい。

「そんな、晴ちゃんがかわいそう!」

「でもさ、岡崎さん。原因が分かってるから、助けてあげられるかも……」

「そう。ソウトの言うとおりダ」

 ヒポタンは静かに言った。

「ラン、ソウト。初陣ういじんだ。ヨシザキハルを助けてあげられるうちに解決シよう」

 わたしと池田くんは頷き、いつも修行でやる時と同じように左手を挙げた。

「ブ-トオン! チェンジ!」

 それぞれ赤いブレスレットと青いミサンガから、光のうずが出て、体をつつみ込む。

 そして、わたしたちは電脳レスキューレンジャーの格好かっこうになった。

 銀色のラインが入った黒地くろじの長袖シャツに、赤いスカーフと赤いミニキュロット。その下に黒いレギンスと赤色のショートブーツ。これがわたしの戦闘服せんとうふくだ。

 横にいた池田くんは、いろは赤じゃなくて青。ハーフパンツとハイソックスとスニーカーを身につけている。

 池田くんは事務所じむしょすみっこに走って行く。そこにはホストコンピューターという、大きな機械がある。池田くんはホストにつながったノートパソコンを開く。

 そして、普通の眼鏡めがねから、機械のついた薄水色の変なサングラスをかけかえる。

「池田くん! 晴ちゃんの居場所いばしょは見つかりそう?」

「うん、大丈夫。ヒポタンがデータくれたから座標ざひょうはわかる。三分後には出発できるよ」

「フフンッ。説明しつつ、大急ぎで調べたのサ」

「ありがとう!」

 いつも腹立たしくてしかたないピンクのカバに、感謝する。

「じゃあ、ヒポタン」

「あいヨ」

 わたしはヒポタンを肩に乗せ、赤いヘッドセットを耳に合わせる。

『岡崎さん、声聞こえる?』

「うん! 聞こえる、大丈夫!」

 耳元から聞こえる声に返事をする。

「じゃあ、岡崎蘭とヒポタン行ってきます!」

『うん。トランスポート発動!』

 その声で、わたしの目の前はキラキラした光に包まれた。

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