第一章~初出動! ゲーム仲間を救え!

第一章〜1

 ここは電脳でんのう世界せかい。電脳レスキューレンジャーS市北部支部の事務所じむしょだ。

 事務所といっても、プラネタリウムみたいな広くて黒い半球はんきゅうの空間だけど。

 わたしの三メートルくらい離れた場所にあるのは、目標物もくひょうぶつ

 左手を沿えて、赤いタッチペンの形をしたステッキを右手で突き出した。

「フリーズスマッシュ!」

「はい。ランがおくれるからソウトが入れない。もう一度」

「フリーズスマッ……」

 右手から青い光があふれた。

「うわっ!」

 わたしが慌てて手を引っ込めると、ヒポタンが静かに言う。

「ソウト、電脳パワーの供給きょうきゅうのタイミングが早すぎる」

「ご、ごめんなさい……」

 私の後ろのつくえで、ノートパソコンのキーボードを叩いている池田くんがうつむいた。

 その後もヒポタンの指示しじを、わたしと池田くんはひたすらり返し続けた。

 これは、電脳レスキューレンジャーの必殺技ひっさつわざの練習だ。

 動きに併せて電脳パワーの入出力にゅうしゅつりょくを切り替える池田くんと、それを使って必殺技を出すわたし。それぞれが力を合わせないといけないのだ。

 ヒポタンの言う通り、必殺技を出す練習をしているけど、やっていられない!

 わたしはヒポタンに向かってステッキを突き出した。

「もー、腹立はらたつ!」

「あ……」

 池田くんのつぶやきと同時に、ヒポタンに向かって青い光が飛んでいく。

「うわー!」

 青い光の球の中心で、甲高かんだか悲鳴ひめいが聞こえる。

 わたしは後ろを振り返って、右親指をぐっと上げた。

「やったよ池田くん! 初めての目的物もくてきぶつ撃破げきは!」

「……う、うん」

 つぶらなひとみ(ちょっと羨ましい)を大きくした池田くんが、言葉を続けた。

「あのさ、岡崎さんの気持ちはものすごく分かる。ぼくもいい気味だとは思うよ」

 小柄こがらでおどおどして声が小さい割に、池田くんって案外カゲキだと思う。

「でもさ……、ヒポタンいなくて、僕たちって元の世界に戻れるのかな……?」

 そのごもっともな意見に対して、わたしの口はあいたまんまになった。

 わ・す・れ・て・た!

 電脳世界に思念体しねんたいとしてきているわたしと池田くん。

 現実世界では、ヒポタンいわく、電脳精霊たちの力で何かいい感じにつかえない行動をとっている。

 親は「読書してた」「ゲームしていた」とは言っていて、その記憶もたしかにあるし。

 でも、ずっと差し支えない行動をとっているわけにはいかないのだ!

「ヒポタン! ヒポタン! 大丈夫?」

 丸まっているピンクのカバにわたしはった。やった! ぴくぴく動いてる!

 池田くんはノートパソコンをおいてこちらに寄ってきた。

「お、岡崎おかざきさん……、ヒポタン息してる……?」

「電脳精霊って息するの?」

「……分かんないけど起こそう。ヒポタン!」

「ヒポターンー!」

 わたしと池田くんは、とにかくヒポタンを起こすことに専念するのだった。


 ヒポタンは一分後には無事起きた。

「まったく最近の若い者ときたら」

 わたしは頭を下げた。

「ごめん。ヒポタン。ついイラッとして。どうせ失敗するからいいかなぁって」

 まさか、当たるとは思っていなかったよね!

「ランもだけどさ、ソウトもキャンセルしなかったよね?」

「う……、ごめんなさい。何だかいける気がしてつい……」

 池田くんって、まともそうでいて、案外あんがい何かがこわれている気もするんだよね。

 ヒポタンはパタパタと背中のつばさをはためかせてから、地面に降りた。

不満ふまんは分かるヨ。配られたトランプで勝負するっきゃナイとはいえ、二人じゃ力不足。仲間を集めナイと」

「じゃあ、早く集めてよ!」

「集めたいんだケドさ。この前、ブースに来たのはキミたちだけだったしナ」

「……ぼ、僕たち、テストで優秀な成績を上げた二人じゃなかったの?」

 池田くんがじろりとヒポタンをにらむ。

「もちろん、二人とも合格点さ。初期メンバーに不合格者は起用できないからネ!」

「……つまり、初期じゃなきゃいいと?」

「いやー、こんなに出会えないとなると、妥協だきょうは必要だよネ!」

 じっとりとした池田くんにヒポタンが慌ててきた。

 いい気味とはいえ、何の解決にもならないことをグダグダやっていてもしょうがない。

「まあ、とりあえず目標物もくひょうぶつに当てたんだから休憩きゅうけいでもさせてよ」

 提案したら、その意見は採用され、わたしと池田くんは休憩することにした。

 思念体の電脳世界じゃ座ってしゃべることしか出来ないんだけど、心を休ませるの大切。

「疲れたー」

「お、お疲れ様……」

 労ってくれる池田くんに、さっきの仕返しでちょっと八つ当たりしたい。

「何だか、池田くんは座っているから楽そうに見える」

「えぇっ、そんなことないよ……」

 池田くんはうつむいて首をふる。

「僕、動かないけど、覚えることが多すぎて、家でノートみて打ち込んでるんだ……」

 ため息をつく池田くん。

「せっかくIdemyアイデミー 使いたい放題なのに、練習ばかりで何もできないよ……」

「そっかぁ。変なこといって、ごめん」

 自分のことしか考えていないのがもうわけなくなって、わたしはあやまった。

「でも、何を勉強してるの? Idemyって大人用じゃないの?」

 Idemy。この前CMで見かけたので、お母さんに教えてもらった。

 色々な技術、特にITアイティー技術を勉強するための講座がたくさんある動画サイトらしい。

「子供用もあるんだ。Bobloxボブロックスのゲームの作り方とか、Yomtubeヨムチューブよりくわしいし」

「え、池田くんBobloxやっているの? わたしもやってる!」

 Boblox。ボブロックス。

 最近小学生に流行はやり始めているオンラインのゲームサービスだ。自分のアバターを作って、Bobloxの世界にある数え切れないほどのゲームを楽しめる。

 一番の特徴とくちょうは、簡単にゲームが作れて、全世界の人に公開できること。

 簡単といっても、わたしは作ったことはない。だから、池田くんはすごいと思う。

「どんなゲームつくってるの?」

「え……、あ、アクションゲーム……」

「やらせてよー」

「……い、いやだ。見せたくない」

 ちょっと残念だけど、嫌がっていることを無理矢理はダメか。

「じゃあ、ゲーム一緒にやろうよ。今やってる友達いなくて、知り合いとやりたい!」

「い……、いやだ。暴言ぼうげん怖い」

 ことわり続ける池田くんだけど、わたしは今ちょうどゲーム仲間を作りたいところなんだ。

「大丈夫だよ! 変な人は通報つうほうする! 明日土曜だし、16時に遊ぼうよ!」

「うぅ、分かったよ……」

 そういうことで、二人ともプレイ経験けいけんのあるゲームで待ち合わせをすることにした。


 そのゲームの名はファーストランド。

 ファンタジーなゲームの世界で散歩したり、チャットしたり、友達と組んで敵と戦いにいったりできるアクションRPGアールピージーだ。

 最近はリアルのゲーム友達がいなくて、池田くんが付き合ってくれるのはうれしい。

「これだけで、レンジャーになって良かったかもー」

 わたしは待ちきれなくて、約束の一時間前にお古のパソコンの電源を入れた。

 戦うのは二人組の方がいいけど、散歩なら一人でもできるしね!

 ログインボタンを押したら、次はサーバー(この場合は一緒の空間でゲームするグループみたいな意味かな)の選択画面だ。

 眺めていると、見覚えのあるアカウントのアイコンがある。

「やった晴ちゃんだ!」

 晴ちゃんこと芳崎よしざきはるは、中学年のときにクラスが一緒だったゲーム仲間だ。

 最初はとても勉強のできる優等生という印象だった。でも、同じ班で話している内に、ゲーム好きと知り、数少ない(というかただ一人の)ゲーム仲間として仲良くなった。

 ファーストランドも一緒に遊んでいたけど、晴ちゃんは今年になってからじゅくに行く回数を増やして、土日も大体勉強だ。

 だからスキマ時間で遊んでいるときに、ちょっとだけチャットする感じだ。

「まさか、ファーストランド復帰ふっきなんて!」

 ゲームしているのは親に内緒ないしょで、時間のかかるファーストランドにいることは珍しい。

 今日時間があるなら、池田くんが来るまで、晴ちゃんとチャットしたい!

 そう思って、わたしは晴ちゃんがいるサーバーをクリックした。

 ファーストランドにわたしのアバターが降り立つ。

 水色のよろい、青いミニワンピース、茶色のげブーツ。ツインテールは緑色。

 お小遣こづかいで買った水色のよろいは、晴ちゃんと同じデザインの色違いだ。お互い初めての課金かきんで、二人で悩みながら選んだ。

 しばらく町を歩いていると、黄緑の鎧が見えてきた。

「いた!」

 わたしは晴ちゃんに向けて、チャットを送ることにした。

『sunnyyzちゃん! 今日は時間あるんだね! ここで会えて良かった!』

 ゲームの世界は危ないから本名を使っちゃいけない。わたしがチャットで送ったsunnyyzはハルちゃんの名前だ。

 ちなみにわたしはcream707。クリームが好きなのと、誕生日が由来だ。

 ウキウキしながら話しかけたその返信は予想外のものだった。

『話しかけんな。死ねバカ』

 ……へ?

『死ね。近づくな。死ねよバカ。まじ死ねよ!』

 わたしはそのアバターの名前を確認した。sunnyyzで間違まちがいない。

 その間にも私あてのチャットらんが『バカ』とか『死ね』で埋め尽くされていく。

 ネットで変なこと言う人がいるとは聞いてたけど、会ったことがなかった。

 そのまま動けなくなって、パソコンの画面をしばらく見つめる。

 すると、画面の右下にメールの受信通知が来た。池田くんだ。

 お互いSNSエスエヌエスはやってないからゲーム用に作ってたメールを交換こうかんしてた。

『あいつ、岡崎おかざきさんあてだろうけど、メッセージ全体公開になってる。ヤバいやつだしはなれようよ。取りあえずこっち来て』

 言われるがまま、池田くんが教えるリンク先をクリックしたら、青い空間だった。

『ん? ここは何のゲーム?』

『非公開の作り途中とちゅうのゲーム。レンジャーの機能使うとヒポタン何か言いそうだし』

 ブレスレットはくるっと石を回すと、画面が浮かんでスマホみたいにチャットできる。でも、ヒポタンが中身を読む可能性かのうせいは高い。

 想定そうていがいだったけど、あんなにいやがっていた彼の世界を見ることができるのはうれしいな。

招待しょうたいしてくれてありがとう。遊べるの?』

『作り途中だし嫌だ』

『えー、遊ばせてはくれないんだ』

『うん。もちろん』

『もちろんって、ゲーム作る人はやってもらいたくて作るものかと思ってたんだけど』

『いや、僕が作ったゲームより、面白いものはたくさんあるよ。そっちの方がいい』

 池田くんは多分親切にしてくれているし、多分優しくしてくれてもいるけど。

『池田くんって、思ったよりもフクザツな性格だよね……』

『え? そう? 僕は自分のことを分かりやすい性格だと思ってたけど』

 池田くんの表情を思い浮かべると、何だか気持ちが落ちついた。

 だから、親指を立てたスタンプを送り、画面のこっち側でくすりと笑うことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る