プロローグ〜2

 こつんとほおに何かがぶつかったので、はっと目を開ける。赤い何かが目に入る。

「えっ、何? わたし寝ちゃってた?」

 目をこするけど、おかしい。座っていたはずなのに横になっている。

 赤い何かは、よくよく見るとタッチペンだった。

 ……それよりも。

「ここはどこ!」

 わたしはタッチペンを掴んでから、がばりと起き上がった。

 たった今、わたしがうずくまっていた地面はにぶい銀色だ。

 見渡すと黒いドーム状、プラネタリウムみたいな天井だけど、光るのは星じゃない。

 大小様々なこん、黒、白、青、緑といった四角形があちらこちらにかんでいる。その中は小さい文字や数字で埋め尽くされている。

「夢の世界?」

 アニメのシーンみたいな状況に、頭が追いつかない。

 こういうときはリセットが一番。タッチペンをポケットにいれて横になる。

「夢だ。また寝よう。おやす――」

「ようこそ! 電脳でんのうレスキューレンジャーテストの優秀ゆうしゅう成績者せいせきしゃの二名ヨ!」

 天井てんじょうからよくひびく高めの男の人の声。とりあえず身体を起こす。

 二名と言われたけど、だれもいないなと思ったその時。

「……後ろにいます」

「ひえっ!」

 わたしは思わず立ち上がってさけぶ。

 後ろには、眼鏡めがねをかけた小柄こがらな男子がいた。同い年か一つ下かな。持ち運びには少し大きいノートパソコンをかかえている。

 わたしは頭を下げ、そのまま引き続き目線を下げる。

「ご、ごめんなさい!」

 このいかにも気弱そうな男子は、背が低い上に背筋せすじが曲がっている。自然と見下ろす形になってしまうのだ。

 じっと見たせいか、男子の背中は更に丸くなり、表情が分からなくなった。

 これはたよりにならなさそうだ。こうなったら信じられるのはおのれのみ。

「電脳レスキューレンジャーテストって、さっきの?」

「そうサ。キミたちはあのブースに来れた、電脳でんのう世界せかいえらばれし電脳チルドレンだ。さらに高成績者。よって、特別賞とくべつしょうとして電脳レスキューレンジャーに選ばれたのサ!」

 何だか勝手な主張しゅちょうと共に、天井のチカチカがちょっと明るくなる。

「え! 特別賞って、あのブレスレットじゃなかったの?」

「ぼ、ぼくはミサンガ……」

 その問いに天井の声はさらっと答える。

「あれは副賞ふくしょう。こちらの世界に来たり、連絡するための媒体ばいたい。レンジャーの道具だね」

「待って待って! レンジャーって何? 電脳世界とか電脳チルドレンって何?」

 漫画まんがかゲームみたいな単語がやたら飛び込んでくる。

 そんなわたしを無視むしして天井てんじょうの声は続く。

「説明シよう! 電脳でんのう世界せかいとは、電脳でんのうしんエニアックがきずいた電脳でんのう精霊せいれいのための世界。電脳チルドレンというのは、人の身でこの世界に降り立つことができる電脳ヒューマンの中でも特に子供のコトを指すのサ」

 わたしは頭をかかえる。頭の中が大渋滞だいじゅうたいだ。

「……あ、あのう」

 混乱こんらんしているわたしを見かねたのか、さっきの頼りなさそうな男子が声をはっした。

「は、話しているの、子どもITアイティーまつりの会場にいた男の人ですよね……?」

 言われてみると、あのやたらテンション高い話し方はそのまんまだ。

「あ、あなたもその電脳ヒューマンなんですか?」

 突然、天井が一面真っ白に光る。あまりのまぶしさに目をつぶると、声が下りてくる。

「いや、ボクは電脳精霊ヒポタンさ!」

 光がおさまったので目を開けると、人じゃない! つばさの生えたピンクのカバが浮いてる!

 マスコットみたいな丸っこいの。大きさはわたしの頭より一回り大きいくらいかな。

「……電脳精霊ヒポタン?」

「そう!」

 男子が聞き返すと、カバは人間みたいにむねをはった。

 でもさ、分からない単語が増えただけなんだよね。

「あ、あの、全く分からないので……確認していいですか?」

 おっ、男子は、思ったより頼りなくないかもしれない。

「つまり、ここはさっきまで僕がいた世界とは別物なんですね? で、この人と僕が電脳チルドレンで、レンジャーに選ばれたから、この電脳世界に連れてこられた」

「そうだヨ! キミは理解が早いネ!」

 わたしもそれは分かる。それ以上のことが分かんないから聞いているんだって。

 男子は大きく首を振って、またヒポタンに聞く。

「そ、その電脳レスキューレンジャーに何を求めてるんですか?」

 その問いに、ヒポタンはさらっと答えた。

「簡単なコトさ。電脳世界を救ってほしいというコト」

 そこで、わたしと男子はそろって同じ言葉を言った。

「はあ?」

 何というか、本当に何が何だか分からない!


 ヒポタンの話はとりとめがなさすぎた。わたしと男子が更にイライラするレベルだったので、ひとまずわたしが要約する。

 世界で最初の電子でんし頭脳ずのう、つまりコンピューターが何かは知っているだろうか?

 答えはエニアックという計算機だ。エニアックは日々人間と共に処理しょりを行う内に、人知れず心を、意思をもつようになった。

 エニアックは平和を愛する優しい性格で、自分が人の役に立つことを喜んでいた。

 しかし、ある時気がついた。自分は軍事利用を目的として作られたことを。

 あらそいをきらうエニアックは、自分のように争いに使われるコンピューターが、せめて心だけでも平和に暮らせるようにと願いをめ、電脳パワーを生み出し、電脳世界を作ることにした。

 そして、自身は電脳でんのうしんとして電脳世界の電脳パワーのバランスを保つことにした。

 電脳世界に住んでいるのはコンピューターの精神体せいしんたいである電脳精霊だ。

 偶然ぐうぜん心をもつようになったコンピューターは、現実世界ではいろいろ人間に動かされつつ、ここで電脳精霊として暮らすようになるらしい。

 エネルギーげんせい(プラスという意味だって)の電脳パワーだ。

 でも、悪いことをする電脳精霊もいて、それらは電脳でんのう悪霊あくりょうと呼ばれ人をあやつる。

 悪事あくじまれる(こっちはマイナス)の電脳パワーをエネルギー源にしているからだ。

 平和を愛する多くの電脳精霊は多すぎる負のパワーに危機ききかんを抱いた。

 でも、精霊の身ではできることに限りがある。人の力が必要なのだ。

 だから人間で、かつ電脳世界と親和性しんわせい(なじむって意味だって)がある電脳ヒューマン、特に電脳パワーに影響えいきょうを与える力が強い電脳チルドレンを集めて、電脳レスキューレンジャーにしようと思って全国から人を集めている。

 それで、S市北部地区で集められたのがわたしとこの男子らしい!


 以上、説明を聞いたけど、もちろんわたしも男子も戸惑とまどったままだ。

 そんなわたしたちにヒポタンはこう返す。

「電脳チルドレン達ヨ。落ち着きたまえ」

 落ち着いていられるわけないんだけど、ヒポタンの言葉には続きがあった。

「もちろん、タダでとは言わないサ。選ばれたゆえに、得体えたいの知れない存在に立ち向かわざるを得ないキミたちにはえさ……いや、豪華ごうか特典とくてんを与えよう!」

 力強い言葉について、わたしは男子に小さい声で伝える。

「今、えさっていったよね」

 彼はだまってうなずいた。

 うさんくさいカバはわたしに話しかけてきた。

「まずは、オカザキラン。甘い物は好きだよネ?」

「す、好きだけど! お菓子で引き受けるわけないでしょ!」

 失礼な話にわたしが怒ろうとしたとき、ヒポタンは言った。

「スイーツヴィレッジのバイキング」

「そ、そんなもので心が動くわけ……」

「毎月」

 わたしは息をんだ。

 あこがれのスイーツヴィレッジ。誕生日くらいしか行けない。

「……毎月スイーツ食べ放題ほうだいなんて行ったら、親が不審ふしんがるに決まってる!」

「ハハハ。定期ていきけんがあってネ、ITアイティー子ども祭りで当たったコトにすればよくないカナ?」

「カンペキな言い訳……!」

 あまりの見事さに、わたしの言葉が続かない中、男子が主張しゅちょうする。

「ぼ、僕……、いらないです……」

 ぼそぼそ小さい声でしゃべっているわりに、案外しっかり断っている。

 何となく見直していると、ヒポタンがタブレットを見せてきた。

「君の当たりはこれなんてどうだい? イケダソウト」

「えー!」

 イケダくんは今までにないほどの声量を出し、タブレットをつかんだ。

Idemyアイデミー受け放題コース! この世にそんなものがあるなんて!」

「あいでみー、何これ?」

 わたしが首をかしげると、男子はものすごく早口で教えてくれた。

「オンラインの動画どうが講座こうざだよ! IT系のテーマが多い! 高いから、お年玉か誕生日プレゼントでしか無理なのに……!」

「はははっ。企業きぎょうアカウントというものがあるのだヨ」

 ……企業?

「え、電脳精霊って会社で働いているの?」

「ブースに一般いっぱん社団法人しゃだんほうじんエニアックって書いてたでしょ。会社じゃないけど、電脳精霊は電脳世界のことなら色々できるから、色々やって登録はしてるよ」

 ……あっやしー。

「で、イケダソウト。やるカイ?」

「やります!」

 イケダくんは食い気味に主張した。

「よーし、電脳レスキューレンジャーS市北部支部結成けっせいだ! リーダーはオカザキラン君! ヨロシク!」

 はぁ? リーダー?

「よろしくおねがいします! 岡崎おかざきさん! 僕、池田いけだ創斗そうとっていいます!」

「えー、ちょ、ちょっと待ってよ!」

 聞き捨てならないことを言われたので、とにかく二人の言葉を止めた。

「り、リーダーってどういうこと?」

「だって、適性てきせい検査けんさの結果、ランの方がリーダー適正高かったカラ」

「て……適性検査?」

 そんなのやった記憶きおくがない。

「書いたデショ? ヒーローになりたいって」

 書いた。

「……池田くんはなんて答えたの」

 つぶらな瞳をまん丸にして、きょとんとした顔の池田くん。

「え? も、もちろん『いいえ』って……」

 わたしはもちろん「はい」だった。

「……それだけ?」

「いやー、まあ、渡したブレスレットで色々計測けいそくはしたけど、一番の根拠こんきょはそこかな?」

「え、あれそんな効果あるの?」

「適性の計測。レンジャー同士の連絡や位置いち情報じょうほう取得しゅとくも可。その他豊富ほうふな機能が搭載とうさいされている。ちなみにレンジャー以外には見えナイから小学校にもお風呂にも持ち込み可だヨ」

「うわー、便利だな!」

「ぼ……僕、無理やりつけられて、外せなくて絶望ぜつぼうしているところだった」

 池田くんは青いミサンガだけど、こんなブレスレットにそんな機能があるとはおどろきだ。

「あと、現実世界にはもっていけないけど、蘭がもっているタッチペンは攻撃こうげき用のステッキになる」

 わたしがポケットから取り出すと、ステッキはピカピカ光っていた。

「個々が使いやすいようにしているカラ、ソウトはステッキじゃなくて、今もっているノートパソコンね」

「おー」

 わたしが感心していると、池田くんは首をひねる。

「あ……あれ? なんでヒーローになりたくないを選択した僕がここに……?」

 池田くんは冷静れいせいになってきたようだけど、ヒポタンは明るく返す。

「主役みたいな人間ばかりじゃ回らナイ。みんな誰かのヒーローになり得るのサ!」

 うるさいわ!

「まずは電脳レスキューレンジャーとして修行しゅぎょうだ修行! 夢にときめけ! 明日にきらめけ! いくぞラン、ソウト!」

「えー!」

 そういうことで、わたしと池田くんは、電脳レスキューレンジャーとして、電脳悪霊と戦うことになったのだった。

 そして、これがわたしの信じられない日常の始まりだったのだ。

 ……やっぱりことわっても良かったかもなぁ。

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