第22話 私達の、正しい在り方
「ただいまー」
家に帰り、声をかける。どたどたという音と共に人影がドアに近づいてくる。凛はリビングにいたみたいだが、いつものようにテレビの音は聞こえてこない。
「新田さん、」
ドアを開けて、黒髪の少女が出迎えてくれる。昔より少し伸びたが綺麗に整えられている黒髪が、彼女の動きに合わせて揺れる。急いで出てきたせいか、少し言葉に詰まっている。
「今日は、早かったんだね。」
「そうか?普段通りの時間だと思うけどな。」
「え?ホントだもうこんな時間。」
何言ってんだろ、と、リビングの時計を覗いて凛は苦笑いをする。そんな凛も微笑ましく見える。
「どうした?リビングで寝てたか?」
「あー、うん。大体、そんなところ。」
今日は凛も出かけていたから、疲れてしまったのだろう。その辺は食事の時にでも追々聞くとしよう。
「で、今日の晩飯はなんだ?俺もう腹ペコペコだよ。」
「あ、ごめん、まだ準備できてないんだけど……。一応、オムライスで、どうかな?」
「おお、いいじゃん!オムライス。」
「ほ、ほんと……?嫌いじゃない?オムライス。」
何がそんなに心配なのか、凛はおずおずと聞いてくる。
「俺が凛の作ってくれる飯に文句付けたことがあるか?好きだよ、なんなら大好きなくらいだ。」
「そっか、よかった……。」
準備が出来ていなかったことを気に病んでいたのか、凛はほっと胸をなでおろす。
「じゃあ、俺着替えてくるから。」
「うん。」
そのまま俺は手洗い場に、凛はキッチンへと、それぞれ向かって行った。
********
「「いただきます。」」
お互いに向かい合い、出来上がったオムライスにお互い手を合わせる。目を伏せて手を合わせる所作はやはり育ちの良さを感じさせる。しかし、今日はその美しい所作にも陰りが見える。
凛の方を少し気にしつつも、スプーンですくう。やはり旨い。
「うん、美味しいな。」
「ホント、良かった~。」
凛もスプーンでオムライスをよそったが、すぐは食べずに、俺の反応に喜ぶ。
「今日結構お米いい感じに炊けたから、自信あったんだ~。」
そのままスプーンを口に運んで、「おいし~」と言う凛。普段より大げさなリアクションに、俺の意識は嫌でもテーブルの下に隠れた左手に行く。
「……痛くないか?」
「あ、ああこれ?別に大したこと無いよ。包丁で切るのなんて久しぶりだけど。」
左手を顔近くに持ってきてひらひらと手を振る。本人は大丈夫だと言うが、中指に巻かれた少し赤色のにじむ絆創膏がなんとも痛々しい。
「そんな不安そうな顔しないでよ、ホントに大丈夫だって!」
少し焦ったように言う凛。本人が大丈夫だと言っている手前、俺もこれ以上指摘しずらい。なんだか凛も複雑そうな顔をしている。マズイ、ここは何か話題を変えなければ……。
「にしても、オムライスだなんてあの日を思い出すな。」
「……うん、懐かしいね。っていうか、覚えててくれてたんだ。」
「当たり前だろ?凛と初めて食った飯なんだし。」
「まあ、正確にはチキンライスだったけど。」
「それは言わないお約束。」
あははと笑う凛、
「あれ、何か涙出てきた。」
「いくらなんでも笑いすぎだぞ。」
ごめんごめん、と言いながら、凛は左手で涙をぬぐう。凛が笑っているのを見て、俺もついついつられて笑う。ひとしきり笑って、俺達は顔を見合わせる。
「は~あ、何かツボっちゃった。」
「とりあえず食べるか、折角のオムライスが冷めちまう。」
俺達はゆっくりとしたペースでオムライスを食べていく。やはり旨い、これは食材だけが理由ではないだろうな。食材と言えば……。
「そういえば凛、今日買い物行ったんだろ、どうだった?」
「あーうん、別に、特に何もなかったよ。」
想定とは少し違った凛の反応に、俺も困惑する、てっきり楽しかったとか、いい気晴らしになったとか……。
「何もないってことは無いだろ。買い物してきたんだろ?気晴らしにならなかったのか?」
「あ、あー、そういう意味ね!うん!なったなった。」
「そ、そうか……なら良いんだが……。」
特にこちらに視線を合わせることなく、凛は答えてくる。その明るいトーンにどこか作り物めいたものを感じ、俺もそれ以上聞けなかった。元々は一人でいたとはいえ、一緒に暮らす時間が長くなったから、凛も一人だと心細さを感じたのだろうか……。よし、ここは一つ大人として、いいところを見せてやらないとな。
「じゃあ凛、今度の週末、一緒にどっか出かけるか。」
「え?いいの?」
「ああ、こないだみたいにデパートでもいいし、他のレジャー施設でも、どこでも連れて行ってやるよ。」
でも、あんまり混みすぎるところだと予約とかしなくちゃいけないのかもな。週半ばだけど、今からでも間に合うかな……。
そう考えながら凛の方を見ると、なんだか浮かない顔をしている。
「どうした、また何か遠慮してるのか?そういうのは無しだって言ったろ?」
そう言うと、凛は少し顔を曇らせたかと思うと、すぐに表情を明るくする。
「うん、じゃあ考えとくね。」
「おう、思いついたら言ってくれ。」
凛の表情に違和感を覚えないでもなかったが、凛はごちそうさまをして俺のと自分の皿を片付けに行ってしまう。そのまま凛は食器を付け置きに行った。俺も少し休んで風呂にでも入るか……。
*********
「さっきの私、絶対変だったよね……。」
シャワーの音が鳴りだしたのを確認して、私は一人ぼやく。今日のお出かけについて聞かれるのは避けられないと思っていたが、流石にあの返事は感じが良くなかったかもしれない。それ以上聞いては来なかったが、結局気を遣わせて心配させるだけに終わってしまった。
「私、どうしたらいいんだろう。」
あれだけ新田さんの負担にはなりたくないとか言いながら、今週末一緒に出掛けるかと聞かれたとき、すごく嬉しかった。頭でどれだけ考えていても、心は馬鹿みたいに正直だ。今まではちゃんと、考えた通りに動けていたはずなのに、私はどこかおかしくなってしまったのかもしれない。
晩御飯はオムライスだったため、考えもまとまらないうちに洗い物が終わってしまう。思考によってほったらかされた体は、食器洗いの次を求め始める。目に着いたのは、玄関に置かれっぱなしの新田さんの通勤鞄だった。
「一応片付けとこっか。」
人の鞄に触るのはあまりマナーの良くないことだとは分かってはいるが、放置に気付いているのに立ち去るのも違う気がする。分かりやすいように彼の部屋の前にでも持って行こうかな。
しかし、食器を洗った後ちゃんと手が拭けていなかったのか、それとも今日の疲れが出たのか、私は鞄を無事に部屋まで届けることが出来なかった。つまり、
どたーん!
私は、派手に転んでしまった。
「凛、大丈夫か!」
すごい音がしたからか、風呂場の方から声だけが聞こえてくる。しかし、彼の心配とは裏腹に、私の体はほとんど傷がなかった。というのも、丁度鞄が私と床の間に挟まり衝撃を吸収してくれたのだ。
「大丈夫!」
端的にそれだけ伝えて、私は守ってくれた鞄の方を見る。閉まりが悪かったのか、中身が一部飛び出してしまっていた。それらを拾っていく。
「あなたにも、あなたの持ち主にも私は助けられちゃったね……。ほんとありがとう、感謝しなくちゃ。」
鞄が痛んでないことを確認して、拾った書類をトントンとまとめる。そのとき、一枚の紙が目に入る。他の書類と違い、それだけは手書きの付箋が張られているせいで、少しまとめにくかった。その紙を一番前にして揃えようとした際、つい付箋の文字が目に入ってしまう。付箋は丁寧な文字と丸文字の2種類で書かれていた。
<プロジェクトに参加したくなったら、今週中に連絡をください。>
<新田先輩がしたいようにしてください、それがどんな形でも、私は応援します。>
ああ、そっか。
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