アラサーとJKの選択肢
第19話 私は、貰ってばっかりだ
「あれ?さくらちゃん俺のこと忘れちゃった?」
私の目の前に立っていた人物は、私を硬直させるには十分で、私は自分の行動がうかつだったと後悔する暇もないままいた。最後に見た時は金色だったその髪の毛は、今は黒に戻っていたが、その軽薄そうな表情は忘れた記憶がない。その男はおーいと市がみ私に目線を合わせ手を振ってくるが、私は胸元をじっと見つめ、そこに書かれている名前を読み上げる他できなかった。
「
「なんだ、名前覚えてくれてたんじゃん。」
「いや、別に……」
別に覚えていたわけじゃないし、正直、思い出したくもなかった。今の生活を手に入れてから彼らの名前を思い出すことは無かったし、こんなタイミングで、思い出すことになるとは思わなかった。
大宮敦、何番目の相手だったかは覚えていないし、どんな出会い方を、別れ方をしたかも忘れた。覚えてないという事はどうせ大したことは無かったのだろうが、今まであった男の中では随分マシだった。
「ちょっと、大宮君。何してるの?」
眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな店長がレジに立ったまま声をかけてくる。大宮の背中に隠れて、私の表情は見えていないらしい。
「ああ、すみません。この子昔の知り合いで。」
「とはいえ、今勤務時間内だよ。」
「いや、店長、どうせ今人いませんし、ちょっとくらいいいじゃないですか。」
私が固まっている間に、店にいた人たちは買い物を済ませ、軒並み出て行ってしまったらしい。
「でもそうは言ってもね……」
店長が窘めているうちに逃げようかと思うが、出口に近い側の通路が塞がれており、出れそうにもないし、そもそも足がすくみ、体が震えて動けない。
「ちょっと、怖がりすぎだよ。別に取って食おうって訳じゃないし。」
バイト中になんかするわけないでしょ、と言った彼の態度は案外柔らかく、私も呼吸を落ち着かせる。
「俺、丁度さくらちゃんと話したい事あったんだよね~。」
当時使っていた偽名で呼ばれ続け、何となく心臓がグルグルする。
「さくらちゃん、今時間ある?」
そう聞いてくる大宮には害や敵意といったものは感じられない。ここで断ったら何をされるか分からない。恐る恐る頷くと、大宮はにこりと笑う。そしてしゃがんだままレジを見やる。
「店長、ちょっとバックヤード借りてもいいですか?すぐ終わるし、お客さん来たら戻るんで。」
「まあ、いいけど。あの部屋カメラ付いてるからね。」
「大丈夫ですって、変な事なんてしないですよ。」
俺を信じてくださいと、どや顔で言うと、店長は大きくため息をつき、呆れつつもバックヤードを指さした。
「あの部屋、カメラ付いてるからね。」
短く放たれたその一言は、私をリラックスさせるには十分だった。
「大丈夫ですよ、俺を誰だと思ってんすか。」
どや顔でサムズアップする大宮、私は彼に連れられてバックヤードへと連れられて行った。
「散らかってるけど、取り敢えずそこの椅子に座って。」
彼はそう言ったが、初めて入ったコンビニの裏側は、思ったより整理されていた。段ボールは大量に置かれてあったが、自分たちの過ごすスペースはある程度整理整頓されていた。眼鏡店長の性格だろうか。6人掛けテーブルの奥に彼が座り、私が手前の角に座った。
「そこ……、まあいいや。」
「話って、何ですか。」
そのままの姿勢で目を合わせない無いように気を付けて話す。この男は相当マシな部類だったが、時間も経っている、あの頃と同じとは限らない、用心しておくに越したことは無い。
「単刀直入に言うんだけど。」
体が少し強張る。
「さくらちゃん、俺と一緒に暮らさない?」
特に驚きはなかった。なんとなく、そんなとこだろうと思っていた。
「いやです。」
「今もこの辺にいるってことは、まだあんな暮らししてるんでしょ?」
「何でそう言い切れるんですか。」
「だってさくらちゃん、実家この辺じゃないんでしょ?しかもその荷物、一人暮らしって量じゃないし。」
机に置いたレジ袋を指さし、妙に鋭い指摘をする大宮。何か言い訳をしようかと思ったが、言ったところで信じてはもらえないだろうと思い、黙る。私の沈黙を肯定と受け取り、気分良く話し出す。
「俺、さくらちゃんと別れちゃったこと、後悔しててさ……。彼女とのよりを戻せそうだからって、目先の事を優先して、本当は何が大事か、分かってなかった。」
「その彼女と別れたから、今私に声をかけてきたんですか。」
「いや、彼女がいるのに、さくらちゃんを呼ぶわけにもいかないでしょ?」
偶然見つけたくせに、紳士ぶらないでほしい。あくまでも目を合わせずに、会話を続ける。
「ていうか、私今の生活に満足してますから。大宮さんの所には行くつもりありません。」
あくまで毅然として話すと、大宮は語眉を上げてふーんと息を吐く。
「そっか。今の生活に不満とかないの?」
「全くないです、こうして自由に外出させてもらえてるので。」
袋を持ち上げ、見せつけるようにする。
「みたいだね、金も時間も自由に使わせるなんて、不用心なんだね。」
「新田さんは、不用心なんかじゃない……!」
私と彼の信頼をそんな風に言うなと思い、思わず机をたたき席を立ち、詰め寄る。
この男どうしてくれようか……。
「へえ、新田さんって言うんだ。仲良さそうじゃん。」
「っ……!」
ニマっとした笑みを見て、自分が何をしでかしたか自覚し、席に戻る。
「社会人?」
「はい……」
そりゃそうか、と納得するも、彼の質問は止まらない。
「社会人だったら、結構残業とか大変なんじゃない?」
「少ないですけど……もしかして、特定するつもり、なんですか……。」
「あー違う違う、そんなに珍しい苗字でもないし、別に特定しようとか無いよ。ただ気になっただけ。」
「……お願いしますよ。」
私が頼める立場なのかは分からないが、頭をぐぐっと下げる。
「にしてもその新田さん、随分いい人なんだろうね。」
「ええ、私の事を信頼してくれてる、とってもいい人です。料理とかも私に任せてくれてるんです。」
「そっか、大変だね。」
「何言ってるんですか、料理なんて、大したことないですから。」
この男は料理はしていなかった記憶がある。コンビニ飯か冷食ばっかり食べていたような気がする。
「何言ってんの?大変なのは新田さんの方だよ。」
「え?」
初めて彼の表情を正視する。彼は冷たい目をしており、私は芯から冷えていく感覚があった。
「なんか勘違いしてるみたいだから言っとくけど、さくらちゃんがそうしている裏で、それだけ新田さんが苦労してるのか、考えたことある?」
「それは……もちろん……。」
「本当に?料理をしてるからって、それで誤魔化してない?」
「……」
「君がいるせいで、同棲はおろか、新田さんは彼女とかを作れないんじゃない?残業が少ないのも君のために早く帰ってるって考えれないの?自分が新田さんのいろんなチャンスをつぶしてるかもしれないって、心配したこと無いの?」
「それは……それは……!」
正直、考えたことは無かった、というより、わざと考えないようにしていたのかもしれない。私に自由が与えられれば与えられるほど、新田さんから自由は失われる。うつむき拳を強く握っても、一度生じたもやもやは握りつぶせない。しかし大宮は追撃の手を止めない。
「結局、君は若いんだよ。自分の体に価値があったりしたから、大人たちと渡り合えてるって思ってるのかもしれないけど、今の君たちって、ちゃんと対等なの?」
私の頭には今までの彼との暮らしがフラッシュバックする、一緒にご飯を食べたり、一緒に出掛けたり……すごく、すごく楽しかったけど……
私は、貰ってばっかりだ。
「だけど、もし君が俺の所へ来てくれるなら、そんな思いはさせない。ある程度は自由にさせてあげるし、好きなものも買ってあげる。だけど、ちゃんと対等な見返りは貰うよ。」
一つ間をおいて、大宮は話す。
「だって、その方がお互い幸せだろ?」
私は彼に返す言葉も見つからない、ただ荒い呼吸をして、そうしているだけで事態が好転しないか考えて、ただ息を吸って吐いていた。
「まあ、俺から言いたいのはそんだけ、呼吸落ち着いたら出て行って。俺は水曜以外、基本は夜勤で、月曜は昼勤もしてるから、覚悟決まったらおいで。」
そういって彼は私一人残して、店内へと戻っていき、私も彼の言う通り呼吸が落ち着いてから、お店を出て行った。店長の心配する声が聞こえたが、反応する余裕はなかった。店をでて、空を見上げる。
異様なまぶしさに目をそらし、手に食い込んだビニール袋を見ると、下が少し裂けているのに気づいた。
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