第18話 凛と初めてのおつかい
「ふう……」
彼をいつものように見送ったのちに、私はゆっくりとしゃがみ込み、一つ大きく息を吐いた。足を抱えたままそのまま玄関にごろんと寝転がり、そのまま左右に動き回る。
「うがー!」
冷たい床がひんやりして気持ちがいい。そのまま衝動に任せて床を左右に転げまわるが、床によって冷えた体はそのまま私の頭も冷やしていく。次第に動き自体に疲れ、床の温度が私の体と同じ温度になった頃、私の回転は収まっていった。
「何やってんだろ、私……」
自問自答が、こんなことをした私にも理由は分からない。なんとなくむしゃくしゃして、ゴロゴロしたくなった。それだけだ。それだけなのに、どうも発散したくてしょうがなくなった。
「意外とストレスたまってるのかな……。」
まあ完全にストレスフリーな生活を送れているかと言われるとそうは言い切れない感じはある。なんとなく手足を動かし、ストレッチをして、疲れを体の物だと勘違いさせようと試みるも、上手くいかない。そしたら仕方ない、大人しくテレビでも見るか……。朝の情報番組が流れ始め、芸能人の不祥事について取りざたされる。不同意だったとか、未成年相手だったとか、MCの芸人さんが強い言葉で避難しているのをぼーっと聞く。
「やってることだけならうちも大概だけどなー。」
完全に巻き込んだ側が言っていいセリフではないが、そう思う。新田さん、会社で私の事話したりしてるのかな?まあ0から100まで喋ってるようなことは無いだろうけど、どういう風に説明してるんだろう。正直嘘が上手な人には見えない、そこだけはお互い生活する上での問題点だ。
私たちの関係がバレたらどうなるんだろう。とふと考える。いままでバレたことは全くなかったが、それは私の置かれてきた環境が環境だったからだ。こんな放牧してバレないとは限らない、その辺考えてるんだろうか。週刊誌の切り抜きなのか画面には問題を起こした芸能人と目線を隠されたお相手の写真があり、イメージで顔を入れ替えてみる。
「うわー、ばっちりじゃん。」
脳内に激写された写真は、私だけ嫌に馴染んでいた。
「今日のテーマは、ビタミン!健康を維持するためにいろんなビタミンの取り方を学んでいきましょ~~~~」
報道のコーナーは終わり、先ほどまでとは打って変わって明るいBGMが流れ始める。世の中にはビタミンがこんだけあって~と明るいトーンのナレーションが入り、先ほどまで人を糾弾していたMCは嬉しそうに番組が作ったビタミンたっぷりらしい野菜炒めに舌鼓を打っている。さっきの写真に自分を顔ハメしたせいか、なんとなく顔をしかめ、チャンネルを変えようとしたとき、ナレーターが「他にも!」と話し始めた。
「他にもビタミンDは、日光を浴びることでも産生されるんです!ほかにも日光浴には、セロトニンという物質の分泌を促し、精神バランスの乱れを防いでくれるんですよ~~」
いかにも日光浴びまくりな感じの健康そうなリポーターが快活に言う。日光なんてこんな生活してたら正直ほとんど浴びる機会なんてない……あっ、
「外出、してみるか……」
もっと早く思いついても良かったような、なんならさっき話したばかりな、そんなアイディアが思い浮かんできた。思い浮かんだも何も、さっき彼にそれを提案されたばかりだが、考えないようにしていた案でもある。
「今日行くって言っちゃったしなぁ。」
あらかじめ言っておくが、別に一人で外出するのが嫌なわけではない、なんならここで暮らすまでは何日か一人でいたし、そんなことは微塵もない。だがここで一人で出かけるのはなんかこう、なんか納得いかない。
だけど、新田さんが帰ってきて、私が外出していない事を知ると、彼は恐らく表には出さないが寂しそうにする気がする、これは傲慢ではない、と思う。
「まあ、出かけてみよっかな……。」
ここから始まる物語の転換点はどこかと言われれば、引き返せる場所はどこだったのかと言われれば、多分、ここだったんだと思う。
******
澄み渡った空は雲はほとんどないが、なんだかじっとりとした生暖かさが肌をなでる。本当にそんな季節なのか、それとももうすぐ梅雨になるという予報を聞いたせいなのかは分からないが。外に出るのはいつぞや彼とショッピングモールに行った以来だが、その時より日差しが肌を強く差してくる感じがする。なんか家を出ただけでじりじりと体力を吸われているように感じる、これが半引き籠りの成果か……
「とりあえず、近くのスーパーに行こっか」
自分に今回の目的を言い聞かせ、外出継続の意思を固める。
「いらっしゃいませー」
大学生くらいの若い女性の店員さんがにこやかにこちらに向かって挨拶してくる。目が合って拙く笑顔を作り、すぐに目をそらしてしまう。良い人なんだろうが、自分の行いのせいか、あまり正視できない気持ちになる。さて、どこのコーナーに行こうかな……。そこまで考えてふと気づく。
(「やばい、買うもの何も決めてない……。」)
買うものを決めてないどころか、どこに何があるのかすらわからない。行ったことのないスーパーに行くくらい、普通に生きていればある話なのだろうが、こちとら半引き籠りのJK、さして広い空間ではないものの、頼れる存在もおらず、流れる人の中で、孤独に波を止められない防波堤の様になっている。以前モールに行ったときは、事前にシミュレーションしていたため、客観的に行動できていたが、今は違う。
うだうだ言ったが、要は……
「完っ然に、迷子だ……」
最低限迷惑にならないように端の方に寄り、カゴだけとってぼーっと近くのトマトを見つめる……。
「あの、」
私に向かってくる、声が聞こえた。
********
「ありがとうございました~。」
「あの、本当に助かりました、ありがとうございます……。」
「いえ、またのご利用をお待ちしています。」
私を助けてくれたのは、他でもない私に挨拶してくれたお姉さんだった。
丁度休憩に入るタイミングだったらしく、店内に入ってきたのに完全に立ち止まってしまった私を見かねて助けてくれたのだ。話しかけられて私も正気を取り戻し、近くに人がいる安心感からか、買わなければいけないものも、すらすらと出てきた。お姉さんは休憩時間だというのに、その後も私の買い物に付き合ってくれて、おかげですらすらと買い物ができた。もう一度ぺこりとあいさつすると、お姉さんは「そんな大したことはしてませんから」と言い、バックルームへと戻っていった。あなたにとっては大したことじゃなくても、間違いなくあなたは今日一人救ったんだと、胸を張ってほしいなと思った。
スーパーを出て、特に他に寄るところもないのでそのまま家路につく。レジ袋の重みは、実際の物の重さよりもずっしりと感じた。
「私、一人じゃ何もできないなぁ。」
人の少ない住宅街で、誰にも聞こえないくらいの声量でつぶやく。今回のスーパーでも、モールでナンパされかけた時も、私は一人の時、いつも誰かに助けてもらってばかりだ。そんなことを考えていると、私の視界には見慣れたコンビニが入ってきた。忘れるはずもない、新田さんと出会ったコンビニだ。
「っていうか、新田さんが一番助けてくれてるのか……。」
ここ最近、あまりに近くにいてくれすぎて感覚が麻痺しているのかもしれない。こんな生活は当たり前じゃない。だけど、店頭にはあの時の様に首からプラカードを掛けた少女はもういない。その事や、誰かが私を助けてくれるという事実が、私の気を少し大きくしているのかも知れない。プラカードの代わりにたくさんの食べ物が入ったレジ袋を持った少女は、少し大股で店内へと入っていった。
「あっしゃーせー。」
先ほどの店員さんとは正反対、気の抜けた挨拶の男の人が出迎えてくれる、
店内の人の入りはまばらで、年齢もばらばらだった。空いた店内をゆっくりとした足取りで回り、雑誌、弁当、ドリンク、スイーツと外周から攻めていく。
(「あ、これ、新田さんがこの間食べてみたいって言ってたやつだ。」)
新商品のスイーツらしく、テレビで見ていたよりは小さいが、印刷されている商品イメージは確かにおいしそうだった。味はどうやら3種類あるらしい。
(「どれがいいって言ってたっけ……、流石に全部買うのはな……」)
お財布と記憶力を戦わせつつ考えていると、また私に声がかかる。やばい、今度はここで悩みすぎたかもしれない、
「あ、すみません、どれにしようか迷っちゃって……。」
顔を声のする方向へと向け返事をしようとするも、私の体はそこで全機能を停止した。
「あれ?さくらじゃん。こんなとこで何してんの?」
金髪にコンビニの制服をまとい、業務時間中なのに客に話しかけるその男は、過去の名前で私を呼んでいた。
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