第17話 アラサーと新プロジェクト

 今日も仕事でパソコンを叩くわけだが、今日は打鍵の音が一段と高い気がする。

 凛が自分から外に出たいと言ってくれるとはな、自発的に何かしたいと思ってくれるのはいい傾向だ。


「先輩、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、今時間良いですか?」

「おう、いいぞ。何でも聞いてくれ。」

 普段はたまに鬱陶しく思わない日が無いわけではない後輩みずはらへの対応も、今日は広い心で対応してあげようという気分になる。


「何ですかその対応。普段と違いますけど……なんかいいことありました?」

「うん?別に何もないが?」

「その感じで何でもないことは無いと思うんですけど……」

「っていうか聞きたい事あるんだろ?そっちの席に行けばいいか?。」

「あ、はい。ありがとうございます。」

 不満そうな顔をしつつも、スタスタと自分の席へと戻っていく水原。俺もゆったりと水原の席まで行き、近くにしゃがみ込む。


「……やっぱり何かいい事ありました?」

「だから何でだよ。」

「いや、今日の先輩妙に余裕があるというか、自信に満ちてるというか……。」

 何?普段の俺、そんなに余裕と自信ない?それはそれでショックだな。地味に俺が傷ついている中、水原はそのままパソコンを操作しつつ本題に入る。


「これについてなんですけど……。」

 そう言われて覗き込んだ資料には、最近新規で始まったとかいう、大き目のプロジェクトに関する話が書かれていた。


「ああ、水原これ参加してるんだ。」

「はい、就職してから一番大きな仕事なんで、全部心配になってきちゃって……。」

「分かる分かる。俺も初めてはそんな感じだったし。」

「先輩もなんですか!」

「みんな初めは新人なんだから、お前も気負わずやればいいよ。」

 まあ、不安になったときにちゃんと誰かを頼れるのはいい事だな。しかしアドバイスをしすぎても成長につながらない。ちょこちょこアドバイスをして、好きな時に頼っていいと伝え、そのまま自分の席に戻る……。


「お、戻ったか。」

 俺の席には既に先客がいた。

「どうしたんですか、三ツ谷の席ならあっちですけど。」

「いや、君に用事があるに決まってるでしょ。」

 朱鷺野先輩が、俺の席に座っていた。

「ちょっと今いい?部長が呼んでる。」

「はぁ……」

 何か怒られるようなことでもしただろうか。

「悪い話じゃないから、いいからおいで。」


 ******


 失礼しましたといい、俺たち二人は部長室から出て行った。

「どう?悪い話じゃなかったでしょ?」

「いや、まあ、モチロン悪い話じゃなかったですけど……。」

「何?自分には荷が重いって?」

「分かってるじゃないですか……」

 俺達に告げられたのは、今度朱鷺野先輩が主導するプロジェクトに俺も参加することが決まったという事だった。しかし問題はそこではなく……。

「さっき水島さんに偉そうなこと言ってたくせに。」

 どこまで聞いてるんだこの人は……。


「ま、まあそれはそれとして、俺に務まりますかね……誰かまとめるのとか正直向いてる気はしないんですけど……。」

 このプロジェクトでは初めて一部門のチーフを任されることとなった。正直俺はこの会社の中では若い方だ。朱鷺野先輩主導という事もあり、全体的に若い人が多いが、それとこれとはわけが違う。


「なんだ?私の推薦が不満か?」

「いえ、推薦してくダサったことはありがたいんですけど……。」

 正直今は凛との事もあり、生活に既に変化が多く、バタバタしている現状、仕事が忙しくなると……という気持ちもある。だが折角先輩が推薦してくれたのだ、気持ちには応えたいし、自分でもやってみたくはある。そんな俺の様子を見かねたのか、先輩はふふっと優しく笑った。


「まあ、まだプロジェクトが始まったわけじゃないし、君にだって都合はある。一度よく考えてみて、それでも自分には荷が重いと思うのであれば、その時教えてくれ。」

 まだ断ったわけではないが、推薦してくれた先輩に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。先輩の顔をみれず、ぺこりと顔を下げる。


「すみません、ありがとうございます……。」

「ううん、大丈夫。でも、私は、君と仕事をしてみたいと思ってるから、それだけ伝えとく。」


 先輩の言葉に今度は深くお辞儀をして、俺は自分の席へと戻っていった。


「先輩!おめでとうございます!」

 席に戻ると、今度は別の女子が座っていた。


「水原、お前さっきやってた仕事は?」

「それどころじゃないんで、出てきちゃいました!」

 ウキウキとした目でこちらを見てくる水原。


「三ツ谷先輩からちょこっと聞きましたけど、先輩、朱鷺野先輩のプロジェクト参加するんですよね?しかも役職付き!」

 自分の事の様に、身振り手振り付きで喜びをあらわにする水原。本当にできた後輩だ。だが彼女の期待には応えられないかもしれない。



「まだやると決まったわけじゃない、取り敢えず保留にしてもらってる。」

「え!なんでですか?折角先輩の実力が見てもらえるいい機会じゃないですか!」

 まるで自分の事の様に喜び、残念がる水原。


「まあ、ちょっと今仕事以外でも色々と忙しくてな。」

「そうなんですか……。」

 しばらく考え込んだ後、拳を強く握り、水原はぱっと立ちあがる。


「あの、部外者の私がこんなこと言うのはあれなんですけど、もし何か心残りがあるんだったら、ちゃんと解決させてから考えた方が、いいと思います。」

「そうだな……。」

 同意したが、それでも水原は止まらない。


「昔私が入社したばっかりの頃、先輩言ってたじゃないですか。もしやるかどうか悩む事があったら、それ以外の懸念を全部取っ払って、フラットにそれ自体がやりたい事かどうか考えるべきだって。」


言い切ってから、水原は一呼吸入れる。


「……今の先輩はフラットじゃないです。事情は何も知らないですけど、プロジェクト以外の事が先輩の決断を鈍らせているんなら、それは排除すべきです!……じゃないと、先輩の事を信じて誘ってくれた朱鷺野主任と、今まで頑張ってきた先輩に失礼です……」


 そこまで言い切ると、失礼しますと言い、内に秘めていたエネルギーを使い果たしたように、水原は俯きながら帰っていった。


「とりあえず、帰ったら凛に相談してみるか……。」

 期待されている喜びともつかないふわふわした感覚が、俺の体を満たしていた。

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